第162話 映像記録・1号の端末より抜粋
「──被害件数の報告はもう結構。それより、実験結果は?例のデータは回収出来ましたか?」
上品に調えられた室内。広々とした室内に並ぶ棚には様々な書類とダンジョンに関する書籍が置かれ、窓からは夜の帳が降りた街を一望出来る。奥に鎮座するやや大きめのデスクには、パソコンとタブレットが置かれている。
そのデスクで、長身の男性がパソコンと向き合っていた。
年は五十代前後だろうか。七三分けにした髪に眼鏡を掛けている姿は、気品のあるビジネスマンといった印象を与える。
仕事の手を止めずに、彼は口を開いた。
「出来る訳ねーだろー。あんな大混乱の中でよー」
画面外から、間延びした別の男の声が聞こえる。目の前に映る男性よりも近い位置から聞こえる事から、この映像はその声の主が撮影しているのだろう。
「27から35号までの牙は全員死んだよー。オメーの命令で、福平のダンジョンに《《あんなの》》連れ込んだんだから自業自得だけどなー」
「そうですか。では新たに補充しておきましょう。ああ、素材はどうでしたか?何か新たな物は?」
「確認中だが、多分ねー。てかさー、公式の発表どうすんだー?さっさと自白すんのかー?」
「何を言っているのか理解出来ません。今回のスタンピードは、《《不幸な偶然》》ですが」
「……ほーん、あくまでそのスタンスでいくっつう事かー」
「今日は随分口数が多いようで。私は、貴方の何も聞いてこない部分は評価していたのですが」
パソコンから目を離し、初めて男性がこちらを見る。その瞳に温度は感じられず、氷の様な冷徹さを宿していた。
しかしそれを意に介さず、男は続ける。
「《《アレ》》を唯の天災っつうのは無理あんだろー。どんな言い訳するつもりだー?」
「今回の事例は初めて観測されたものです。まるで肉体の免疫反応の様に、内部に侵入してきた異物を除去しようとするシステム……我々は、これを『ダンジョンの防衛機能』と名付ける事にしました」
「……チッ。そうじゃねーだろー?何で、モンスターが、別のダンジョンに入ったか。その説明を求められたらどうすんだって聞いてんだよ」
「その様な質問は飛んできません」
「……あ?」
怒気の混じる声に動じる事なく、目の前の男性は淡々とした口調で話す。
「各メディアには、既に明日話す内容を周知してあります。『ダンジョンの防衛機能について』『被災者への支援』『インフラの復興について』の三点です。資源の浪費から、原因の究明は現状厳しいと判断し、まずは先に挙げた事項から行っていきます。それ以外の質問はしない事を言い含めてあります」
「それで被災者が納得すると思ってんのかー?」
「正義感溢れるフリーライターの事でしょうか。彼らには、事の原因を調査しない様に《《お願い》》してあります。それでも調査する場合、貴方方の出番でしょう」
「……おい。論点をすり替えてんじゃねー。今回のスタンピードに《《殺された》》奴の遺族は、原因を捜索させるに決まってんだろーがよー。市民の嘆願を無視する気かオメーは」
「その為の『勇者』でしょう?最前線で誰よりも活躍し続けた彼が『対応中だ』と頭を下げるだけで、その様な意見を駆逐出来ます。丁度いい《《見せしめ》》です。とはいえそれだけでは足りないでしょうから、心ばかりのものを提供します」
男性の口から、感情の乗らない事務的な言葉の数々が、息をする様に出てくる。
一歩、男が詰め寄る。
「何言ってんだオメーは」
「相応以上の金銭を払いましょう。それでも不満が出るのなら、現状の生活水準以上の待遇を与えましょう。不満の矛先は消え、数ヶ月もすればその様な声は無くなります。支援を行った我々への感謝に変わるでしょう」
「…………人の不幸を金で買うっつう事かー?」
「はい、そうですが。それでも納得出来ない方は、福平の惨状に絶望して《《自殺》》してしまうでしょうね」
白刃が閃き、目の前の男の首に殺到する。しかし刃は皮膚に触れる直前で止まり、遅れて突風が室内を吹き荒れる。
「道具が人に意見する事は許されてませんよ」
「道具でも使い方を間違えれば、簡単にオメーの首も飛ぶんだぜー?」
「ではその様な不良品は交換しましょうか。貴方の《《元ご友人》》などどうでしょう?」
「……っ」
その言葉に、白刃がブレる。
やがて刃が引かれ、男性は仕方がないという風に肩をすくめてパソコンに向き直った。
「切れた窓の修理代は貴方の給与から天引きしておきます。道具なら道具らしく、早く次の仕事に取り掛かりなさい」
「……良いよー」
音を立てずに、視界が移動する。
部屋を出て暫くした後、男が口を開いた。
「あーあー……早く死んでくんねーかなー……俺」
その言葉を最後に、映像は途切れた。
◇
これは、DAG上層部の本格的な掃討が行われる前の出来事である。
「消去されたメモリに、これが残ってて良かったよ」
ガーランドウェポンズ本社内。伽藍堂結城は、数多のスマホから復元されたこの映像を、いつもの笑みを浮かべながら繰り返し繰り返し流していた。
全ての瞬間を目に焼き付けようと、その瞳は瞬き一つしない。
彼は既に辿り着いていた。D災を引き起こした張本人、全ての悲劇の元凶に。
「……ご主人様」
鏑矢を従僕にし、彼の側仕えをする様になっていた亜継が声を上げる。その顔には結城の漏れ出す殺気で冷や汗が流れているが、それ以上に不愉快そうに眉根を寄せている。
「本当にこちらの映像を彼らに見せるのですか?私は既に不快ですが」
「勿論。どんな情報でも共有しないとね」
映像を止め、画面の男性がこちらを向いた状態で静止する。
「ふふ。まさか僕が人質扱いされてたなんてね、面白いと思わない?」
「……」
「ましてやコウ……僕の友人から、『死にたい』なんて言葉を出させるなんてね。この人はどれだけの事をさせたんだろう」
普段なら見惚れてしまう様な美しい笑みが、今は唯怖い。
言葉は怒っているのに、そこに感情は一切表れない。笑っているのに、こちらが上手く笑えなくなる。
いつも通りの笑みで《《何の感情も伺えない》》結城に、亜継は側仕えを申し出た事に後悔を覚えていた。
「……やっぱり情報共有は止めようか」
「は?」
「これを見せたら、皆と取り合いになってしまうからね。他の獲物はあげる代わりに、この男だけは僕が貰う」
「畏まりました。その様に計らいます」
逆らえば死ぬ。その本能が、亜継に他の言葉を出させなかった。
彼女はそのまま、テレビを消して仄暗くなった部屋を後にする。表向きは指示された仕事を全うする為、本音はこれ以上この部屋にいてはならないと察したが故に。
残された結城は、人がいなくなった室内でゆっくり息を吐く。そして自らの怨敵の名を、抑えていた殺意と共に小さく吐き出した。
「ダンジョン省事務次官、神名見児、か……」
テレビが己の役目を果たす事は、二度と出来なかった。
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