第161話 無間
今話は、『スレ主がダンジョンアタックする話』1巻の外伝「終わりから始まるプロローグ」をお読みいただいた後に読むと、より理解が深まります。
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走る。走る。走る。
『耐えろ!まだリーダーが戦ってくれてんだ!踏ん張ぎ、ぐぐビァ……ッ!!』
『ああああああああ来るなああぁぁあ、ゴビ……ッッ!?』
(…………)
『まだよ!三鶴城さんはきっと助けてくれる!皆、ここが踏ん張り所よ!!』
『聞いてない!聞いてない!!も、モンスターがゔぁッ──』
『何でこうなんだよ!?これ、ぁあ……嫌だ嫌だ!!死にたくねえ゛え゛ア゛……!』
(……もう)
『こっちには勇者様がいんだ!負けるかあああああああああああ!!』
『頼む!誰でも良い!こっちに来てくれ!!頼む頼むた──』
(もう、やめてくれ……)
仲間達の声が届く度、心が釘を打ち込まれた様に痛む。無線からの声が聞こえなくなる程、身体から力が抜けていく。
どれだけ脚を動かしても間に合わない絶望が、三鶴城の心を蝕んでいく。
走る。走る。走る。
「ポーションが足りない!もっと無いのか!?」
「もうやだ……」
「いだい゛……ぐるじ、誰か……」
マトモに走れる人はもういない。出来る限りの人数を背負い、悲鳴や嗚咽しか聞こえない仮設救護所に届ける。それを何十往復と繰り返す。
どれ程身体を動かしても、彼らをこれ以上救う事は出来ないと自分の中の誰かが囁いている。
走る。走る。走る。
(早く……)
信じれば信じる程に強くなる、三鶴城のエクストラスキル。
だが仲間や街の人々、皆の期待を悉く裏切ってしまっている今、三鶴城はもう自分を信じれなくなっていた。
そして、弱くなった力では大きな被害を防ぐ事が叶わず、更に被害が広がってしまう。完全な悪循環だった。
はしる。はしる。はしる。
(早く、終わってくれ……!)
彼は伽藍堂達の様な、生まれながらの超人ではない。その感覚はどこまでも一般的で、だからこそ人の痛みに敏感過ぎた。
かつて、あれほど嬉しく頼もしかった『仲間からの信頼』は、そのまま刃となって三鶴城の魂をズタズタに切り裂いていた。
既に三鶴城の心は折れている。自分の力で悲劇を食い止めるのを諦め、この地獄が終わってくれる事を誰かに縋ってしまいながら、それでも。
はしる。はしる。はしる。
『こちら伽藍堂結城です。最後のダンジョンのスタンピードを終えました。福平に溢れたモンスターはどうですか?』
《《その時》》は、唐突に訪れた。
「…………?」
地面が《《均され》》、地平線が見える荒野。
文明の跡が根刮ぎ消され、かつてに街並みすら見出せない。
そんな場所に独り立ち、三鶴城は鳴り止まなかった咆哮や悲鳴が聞こえなくなった事に、ようやく気付いた。
『しゅ、終結しました……スタンピードは、終わっています……』
「……お、わっ……た?」
『こ、こちらも確認しました……!本当に……本当に、モンスターはいなくなっています……』
「……そう、か。皆、ありがとう。スタンピードは終了したんだ。お疲れ様」
無線は何も発さないは。喜びの音も、啜り泣く声も、何一つ届いてこない。
「……終わったんだ」
『り、リーダー……』
三鶴城の呼びかけに唯一人弱々しく応えてくれたのは、犀党だけだった。
「陸虎……百々馬…………秋鹿」
『お疲れ様でした、三鶴城さん。対外的な対応として、政府とDAGは今回のスタンピードに勝利したと、報道させていただきます。その際、「至強」だけでなく、伽藍堂さん等の多くのダンジョンアタッカーの活躍を特集して……』
突然無線が切り替わり、事務的で無機質な男の声が聞こえる。
(何だコイツは……何を言っている)
まるでこの災害を遠くから眺める第三者の様な話し方に、感情が逆撫でされる。
「……何が」
目の前に広がる、荒野と化した街だった場所。
どの様な形だったか想像すら出来ない、瓦礫とすら呼べない建物の残骸。
腐乱臭が漂い、死体とそうじゃない者の区別すら難しい、復興などとても望めない仮設救護所の人々。
そして、耐え難い傷を無数に受けたダンジョンアタッカー達。
(これが、勝者が見る景色だとしても言うのか?)
「何が、勝利なものか……!」
その言葉は、空虚な空に響くだけだった。
◇
暗い室内に、幾つも空き瓶が転がる。
度数の高い酒を何本も空け、しかしダンジョンアタッカーとして得た強さ故に酔う事が出来ない。
思考は明瞭なまま、眠れない苦悶の時を過ごす。
「……」
机に突っ伏したまま動けない。
目を閉じれば、目の前で死んでいった人達の悲痛な顔が鮮明に浮かび上がる。耳を塞げば、皆の絶叫や断末魔がずっと響いている。
友も、信頼も、矜持も失い、僅かに残ったのは、自分の五体と雀の涙程もない下らない名誉のみ。
三鶴城礼司を三鶴城礼司たらしめる全てが、この三日で全て奪われてしまった。
そんな彼を、DAGは《《最も多くの人を救った》》英雄と称え、五つ星から更にランクの高い銅星へ昇格させるらしい。
(笑わせてくれる。何が救っただ。本当の意味で救えた者などいないというのに)
自嘲しながら、酒瓶に口を付ける。しかし中身は既に無く、その辺に投げ捨てられた空き瓶と合流する。
(……いっそ、このまま逃げてしまえたら、どれだけ楽だろうか)
酩酊も出来ない思考の中、そんな考えが頭の中でもたげてしまう。
それでも、世界はそんな彼の《《甘え》》を許してはくれない。
彼のスマホに、幾つもメールが届く。死んだ様な瞳で見れば、DAGからの嘆願に近い指示だった。
『今回のスタンピード災害における被災者の慰霊碑を建てるので、三鶴城さんにも参列とスピーチを……』
『ダンジョンアタッカーがダンジョンアタックに怯え切ってしまい、三鶴城さんの協力で……』
『新規ダンジョンアタッカーのパーティ受け入れについて相談が』
「…………わたしが」
疲れと絶望が支配する身体を無理矢理動かす。
「まだ、『至強』は終わっていない……」
ゆっくりとした足取りで、三鶴城は再び動き始める。
誰もが彼に救いを求めている。如何に本人の心が折れていようと、彼らにとっては関係無いのだ。それが、かつて自分が憧れた道を行く者達なら尚更に。
こんな時だからこそ彼は、希望の象徴として立っていなければならない。逃げる事は許されない。
(……ければ)
何故なら。
「文明を……後輩を……皆を」
(私が、護らなければ)
彼は生贄なのだから。
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