第160話 地獄
今話は、『スレ主がダンジョンアタックする話』1巻の外伝「終わりから始まるプロローグ」をお読みいただいた後に読むと、より理解が深まります。
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「どういうことだ……!?」
スタンピードは全く衰える兆しが無かった。それどころか街の崩壊は酷くなっており、多くの支援を要請する無線が引っ切りなしに舞い込んでくる。
「二手に分かれる!皆は他の者の救援へ!」
「おう!」
「了解」
三鶴城達がダンジョンアタックしていたのは、一時間と少し。それだけで前線が崩壊している事が信じられず、近くの『至強』のメンバーの元へ急行する。
『こちらE!こちらE班!お願いします!救援を!』
「私が行く!それまで耐えてくれ!」
無線から届いてくる悲痛な声。その後ろからモンスターの咆哮や人の悲鳴、何かが砕ける音が聞こえてきて、焦りは加速する。
まだ無事な建物群を抜けて三鶴城が見たのは、大型のモンスターが『至強』のメンバーの肩を食い千切る瞬間だった。
「ぎぃぃあああああああああああああああ!!!」
「安西!」
そこにいたのは、巨大な顎が特徴のコアモンスター、ディアレックス。興奮しているその姿に、どこか違和感を覚える。数多くのモンスターを屠ってきた三鶴城の直感がそう告げるが、そんな事を気にする余裕は無かった。
ディアレックスが安西を上に放り、肩だけでなく全てを丸呑みにしようと、その巨大な顎を開いた。
それを見て、咄嗟に己の持つ剣を投げる。幅広のロングソードはディアレックスに正確に飛んでいき、その首を跳ね飛ばした。残った胴体に蹴りを放ち、その巨躯が木っ端微塵に吹き飛ぶ。
宙に投げられた安西を受け止め、ライフポーションを食われた右肩にかける。
「安西!無事か!?」
「ヒィッ、ヒッ……!いてぇ、でえええええええ……!」
「大丈夫だ。私が来た。もう大丈夫だ……」
痛みに呻く彼が落ち着くまで、側で宥める。
「り、リーダー……すいません」
「気にするな。何があった?何故ここまで……」
「さっきまで、モンスターに追われながら皆と避難所に逃げてて……そしたら急にボロボロのディアレックスが、モンスターとと、共食いを……!そしたら……!アイツ、身体が治ったと思ったら、見た事無い身体になってて!俺達のマジックスキルが……!皆が……!」
「……何だと?」
(言われてみればあのディアレックス……確かに、身体に羽毛の様なモノが生えていた。普通の個体には鱗しか無かった筈。まさか……)
「モンスターが進化……いや、レベルアップした?」
その最悪の想定に愕然とする。
これまでモンスターがレベルアップした事例など無かった。そもそも、モンスターはダンジョン内では人が立ち入った時にしか戦わないのだから当然だ。唯一の例外として、『魑魅魍魎の巣窟』というモンスター同士が常に争い合っているダンジョンが存在するが、そのダンジョンでさえモンスターのレベルアップは起こり得なかった。
だからこそ、モンスターがレベルアップしながら襲いくる現状は、彼らにとってまるで未知のモンスターと戦うに相応しい最悪な事態だった。
何より最悪なのは、その《《餌》》が未だ沸き続け、止まる気配が見えない事だ。
選ばなければならない。人を助けるのが先決か、ダンジョンアタックしてモンスターの湧き潰しを行うべきか。
(決まっている)
たとえスタンピードを抑えても、守るべきものを失っては意味が無い。
一欠片も迷う素振りを見せず、市民の救助を選ぶ。
「安西、ありがとう。お前は精一杯やってくれた。後は私が引き継ごう。救護班の位置は覚えているな?」
「はい……すいません、お願いします……!」
泣きながらひたすら謝る安西が、ヨロヨロと歩いて行く。
本当は最後まで付いて行ってやりたかったが、福平のスタンピードは続いている。踵を返し、三鶴城は再び救援の為に走り出した。
◇
「きゃああああああ!!!?」
遠くから聞こえる悲鳴に、焦燥感を駆られる。
地面を蹴り民家を飛び越えると、大量のモンスターが逃げ惑う女性を追いかけているのが見えた。
すかさず女性とモンスターの間に立ち、モンスターの注意が一斉に三鶴城に向けられる。
「【レンズフレアシールド】!」
見た事も無い数の攻撃が、三鶴城を襲う。しかし三鶴城の出した赤い半球状のドームに触れた身体は焼き焦げて崩壊し、マジックスキルを跳ね返されモンスターの群れの一角を崩す事に成功する。
「無事か!?」
「あ、えっ!勇者様!」
「私から離れるな!」
周りにはモンスターしか見えず、彼女以外の人は見つからない。
その事に歯噛みしながら、半球状のドームから反射する様に放たれた多角形の光線が、目の前のモンスターを消し炭にする。
「──ぁ」
その時、三鶴城は見た。
自分が放ったスキルが、他人の家の一角を吹き飛ばしてしまったのを。
(そう、か……人を守るという事は、ここの『人の営み』そのものを守るという事……!)
人の作り上げた街並みは簡単には直せない。それを知っているからこそ、迂闊にマジックスキルを使えなくなる。
僅かな逡巡が迷いを生む。モンスターにとってそれは、絶好のチャンスにしか見えなかった。
「くっ……!」
一層苛烈になるモンスターの攻撃に、冷や汗が伝う。
それでも彼は、笑みを浮かべて努めて余裕そうに振る舞う。
「安心してくれ。必ず守る。だから君も諦めるな……!」
安心させる様に笑みを見せようと、後ろを振り向く。
そこに女性の姿は無く、アスファルトに空いた穴に僅かな血痕が付いていた。
「……は」
気付けば攻撃の波は弱まり、モンスターは赤黒い何かに群がっていた。空中に飛んだ小さな欠片さえ争う様に貪り、赤い雫がシールドに触れて蒸発する。
「……そ」
「クソオオオオオオオオオオオオオオオオァァァァアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」
生まれて初めて、腹の底から何かを憎んだ。
◇
「……誰か。いるか」
何時間動き続けていたのだろうか。
見える範囲にはかつての街の面影は最早無く、無線から聞こえる声は少ない。
それでも残った希望を守る為、三鶴城は止まる訳にはいかなかった。
「………………ぅ」
「!!」
微かな。本当に微かな、誰かの漏らした声。それに気付き、すぐに声のした方へ向かう。
急いで向かった先には、辛うじて家の形を残したまま崩れた瓦礫に潰される様に、男の子が倒れていた。
「君!大丈夫か!」
「…………ぁ、ゆうしゃだぁ」
「良く頑張った。今助けるからな」
男の子を励まし、瓦礫を取り除こうとした三鶴城の動きが止まる。
男の子は青い顔をしながらも、三鶴城を見て嬉しそうに笑みを浮かべた。
「ゆうしゃ……ぼく、ぼくね。おかあさんまもったの……」
「……」
「これ……ゆうしゃのけん。これでモンスターやっつけた。すごいでしょ……?」
彼の小さな手には、三鶴城の武器をモチーフにしたキーホルダーが握られていた。
その剣は根本から折れてしまっているが、彼は嬉しそうにそれを見せる。
「……ああ。君は、凄いな」
「へへ……やった……ぼく、ゆうしゃなれる?」
「……なってるさ。君は立派な勇者だ」
三鶴城は、男の子の手を優しく包む。その手は冷たく、彼は嬉しそうにしたまま安らかに眠りについた。
ゆっくり彼の身体を持ち上げる。何の抵抗も無く引き抜かれた彼の身体は、腰から下が失くなっていた。
「…………」
瓦礫の奥から、グチャグチャと不快な音を響かせるモンスターが現れる。
口元にこびり着いた大量の血と、端に引っかかっている女性モノの服。それが誰のものなのか、今の彼にはあまりにも容易に想像出来てしまった。
「……」
全身の血管が浮き出る程に力が籠もる。声にならない激情と共に、モンスターを八つ裂きだけでは飽き足らず、何度も何度も切り殺す。
「ハァ……ハァ……」
素材を落として霧散するモンスターを見て、乱れた心と息を無理矢理押さえ込む。
そして、男の子を置いてかなり遠くまで離れてしまった事に気付き、彼の元へ戻る。
(……せめて、亡骸だけでもしっかり弔ってやりたい)
家の形を保っていた瓦礫が完全に崩壊し、その中から巨大なモグラの形をしたモンスターが這い出していた。
茫然と立ち尽くす三鶴城の前に、モンスターの口から何かが吐き捨てられる。
様々な水分を含んで変色したボロボロの衣服は、先程見た男の子のモノとそっくりで……。
「…………」
三鶴城は声を上げる事も出来ず、唯己の無力を呪った。
……しかし。《《この程度》》なら、唯の地獄で済まされただろう。
三鶴城礼司にとっての地獄は、ここから始まる。
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書籍版1巻発売中です。手に取っていただけると嬉しいです。




