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スレ主がダンジョンアタックする話  作者: ゲスト047562


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第152話 運命論者

「検査終了、お疲れ様。申し訳無いけど、これから別の予定が入っていてね。また日程を調整して診断結果を伝えるよ。個人的に教えたい事もあるから、今度はDAG(ここ)じゃなくて、僕の家でね」


「はい、分かりました。今日はありがとうございました」


「うん。それじゃあ、気を付けてね」


「はーい。今度評判のメイド喫茶調べておきますね!」


「うん?」


最後に謎の言葉を投げかけながら、戸張がエレベーターに乗り込む。

それに首を傾げながらも、優先順位の低い課題は隅に追いやり、脳を別の思考へシフトさせる。


「亜継さんもお疲れ様、《《もう良いよ》》」


まず最初にしたのは、ここに来てからずっと椅子に座っている亜継に声をかける事だった。

声をかけられた亜継は、カップを持ったまま微動だにしていない。しかし、次第にカップを持つ手が震え始め、大量の水滴がテーブルに落ちる。涼やかだった面影は、瞬く間に多量の冷や汗に塗れていった。

直立させていた上半身を崩しながら息を荒げる亜継に対し、結城は熱の無い賛辞と拍手を送る。


「戸張君の殺気は凄まじかったからね。寧ろ、今まで良く耐えた方だと思うよ」


「……も、しわけ……り、せん……!」


戸張の本気の殺気。それを間近で浴びた亜継は、心臓を直接握られている様な濃密な死を目前まで幻視していた。

その恐怖を必死に押し殺し、ここまで平静を装えていられたのは、戸張が無闇に人を傷付ける様な性格では無いと知っていた事、そして四つ星ダンジョンアタッカーとしてのなけなしのプライドである。

戸張が視界からいなくなっても全身の震えは止められず、謝罪する言葉すらまともに吐けない程、彼女は疲弊していた。

その時、不意にエレベーターが到着を告げる音が鳴る。

再び身体を強張らせる亜継。しかし、現れたのは彼女の予想した人物ではなかった。


「おーす……って、あ?伽藍堂結城?」


「やあ、黒木さん。初めまして、とある掲示板で『マスター』を名乗っています、伽藍堂結城です」


暑い日だというのに、黒い長袖を着た男。肌が見える部分は顔しか無く、その顔には着込んでいるにの拘らず汗一つかいていない。

彼は、掲示板で『黒木』というハンドルネームで現れ、DAG上層部の私設部隊『牙』との戦いにおいて先陣を切った男だった。


「来て貰って悪いんだけど、亜継さんが疲れててね。少し待って貰えるかな」


「お、おお……」


現状を上手く飲み込めない黒木に紅茶を出し、席に座らせる。

亜継が回復するまでの間、これまでの経緯を黒木に簡単に伝える。


「ははあ……なるほどな。あのやべえ殺気はスイッチだったか。ガチでモンスターが出たと思って焦ったわ」


「ええ。後数秒、エレベーターの到着が遅れていれば、私は……」


「お、復活した」


「かような無様を晒してしまい申し訳ありませんでした。お許し下さるのであれば、汚名返上の機会をいただきたく」


「大丈夫だよ。彼の戦闘本能を甘く見積もった僕の責任でもある。普段通りに戻って構わないよ」


「……続けるか。何でスイッチを魔王に推したんだ?配信でもならねえっつって嫌がってただろ、アイツ」


亜継が無言で後ろに立ち、存在を消したところで、黒木が怪訝そうな顔で結城に説明の続きを促す。

完全無欠に近い男である伽藍堂結城が、誰かに何かを要求する。しかも、かなり難度の高い要求を。交友の無い黒木から見ても、彼の行動は一個人に要求するにはかなり身勝手で行き過ぎていた。


「スイッチに頼らなくとも、あんたならワンチャンなれるんじゃねえか?」


「《《そんな可能性もあったかもしれないね》》。戸張君にも説明したけど、そもそも【魔猪を総べる者】といったスキルを獲得したからといって、彼がモンスターに近付く訳じゃない。もしそうなら、【玉座に座る資格を持つ者】を得た時点で彼はモンスターになっている筈さ」


「そりゃそうだがよ、だからって魔王になれってのは……」


「そして最も重要なのは、彼が『モンスターとコミュニケーションを取れる可能性がある』から」


「は?」


「検証を進めてその仮説が実証されれば、彼がモンスターをコントロール出来……引いては、スタンピードを起こさせない様にだって出来るかもしれない。それが、僕から彼に提示したメリットだ」


絶句する。

全てのモンスターをコントロールする為に、魔王になる。確かにそれが成功すれば、D災の悲劇は二度と起きなくなり、スキルの効果範囲によってはダンジョンアタッカー達も今より遥かに安全に戦えるようになるかもしれない。誰にとっても最高の形だろう。

しかし、魔王になってしまう事で、ダンジョンやモンスターを毛嫌いする人によっては忌避され、嫌悪されるかもしれない。場合によっては世界中から命を狙われる危険だってあるのだ。その責任がどれ程大きなものなのか、想像すら出来ないだろう。

それをたかが高校生に……それも、D災で全てを失った男に背負わせようというのだ。D災を経験しているからこそ、それは魅力的な蜜となり、彼が断らない事を理解した上で行われた、あまりにも残酷過ぎる提案だった。


(伽藍堂……この男、やっぱ人の心無えな)


悪魔以上に悪魔な契約を交わした男は、今は静かに紅茶に口を付けている。

自分が今の話を咀嚼する時間を待っているようで、まるで違う。

これは──


「……その話を、聞かせたって事は。俺に何をさせたいんだ」


その話を《《聞かされた》》自分が、何か別の計画に利用される。そう理解させる時間だった。

それに気付いた黒木は目の前の男が、今まで見てきたどんな『怪物』よりも邪悪に映った。

笑みを浮かべたままの結城が、カップをソーサーに置く。


「思ったよりも理解が早いね。本当は、『牙』抜きに参加した人全員を呼んだのだけど、君と亜継さん以外は来れないみたいだから、早速始めようか」


そう言うと、温くなった紅茶を淹れ替えた亜継を再び椅子に座らせる。


「これから話す事は、まだ仮説ですらない唯の想像だから、いつも通り他言無用でお願いするよ」


「……分かった」


「仰せのままに」


「君達は、運命って信じるかい?」


「……ハァ?」


真面目な雰囲気からの、突然の怪しげな占い師の様な発言に呆気を取られる。

亜継も同様に、不思議そうに首を傾げている。


「決してふざけている訳じゃない。幾つか質問するから、はいかいいえで答えて欲しい」


「……ああ」


「承知致しました」


「幼い頃に、強烈な原体験をした」


「はい」


「はい」


「それしか目に入らず、それが自分がやりたい事だと今も思っている」


「……はい」


「はい」


「それに固執する以外、他の選択肢など無かった」


沈黙。黙るしか無かった。

結城の言葉は、全て正しかった。最後の質問をされるまで、『自分にはこれしか道はない』とどこか盲目的に信じ込んでいたから。

亜継も同じだったのだろう。何かを考える素振りをし、そのまま黙り込んでしまっていた。

その意図を察して、結城は更に語る。


「君達の過去の体験だけじゃない。『この世界』は、何かが歪なんだ。

力の単位を示す、ニュートンの由来は?

日本刀や日本酒などの『日本』って何?

国同士の争いが無かったのに兵器が生み出されていた理由は?

数え上げればキリがない。どれもこれも、僕……いや、僕達は何も疑問に思わなかった。まるで、最初からそんな事を考えないように仕向けられていたみたいに」


「……待て。頼む、待ってくれ。じゃあ何で今、そんな疑問が出てくんだよ」


先程から嫌な汗が止まらない。心臓が、今までと違う意味で激しく鳴る。

これまでの常識が覆されようとしている異物感。それを感じて吐き気が止まらない。


「……きっかけは《《友人》》からのメールだった。それで僕も気付いたのさ。そして、ある確信に至ったのは、戸張君に会った時だった」


結城の笑みが深くなる。同時に、彼の顔が《《認識出来なくなる》》。


「昔……僕のせいで友人が酷い目に遭ってね。僕はその時、友人と自分の大事なモノを天秤にかけて、結果として友人を喪ってしまった。

けど戸張君に出会ってから、今までそればかり優先してきていた僕が、『あの時別の選択肢があったんじゃないか』と考える様になった。《《そうなる運命を変えられたんじゃないか》》、とね」


「……うん、めい……」


「そう。運命だ。この世界は、まるで『最初から』そう創られているかの様に、理由もないままに進歩してきた。それを誰も疑問に思わなかった。

けど、その風向きが変わった。僕達は気付く事が出来た。その原因は……」


「……戸張様。人としてもモンスターとしても異質な存在」


「その通り。戸張君こそ、今まで決められていた運命を壊す特異点だと、僕は睨んでいる。けど、同時に心配もしている。もし彼が僕の予想通り『魔王になる運命にある』のなら、このD災という人災は……彼にとって都合が悪く出来すぎている。まるで『人類の天敵になる様に』仕向けられているみたいだと」


怖い。数多の修羅場を潜ってきた黒木が、純粋な恐怖を抱いている。

これ以上、目の前の怪物の話を聞きたくない。しかし聞かなければ。でなければ自分の運命を否定する様で──。


(……あ?)


「突拍子の無い話だろう?理解に時間がかかるだろうから、今日はそれだけでも覚えて帰ってね」


「……それで?結局、俺達に何をして欲しいんだ」


未だ理解に苦しむ内容を処理しようと、頭がガンガン痛む。

しかし、彼の真意が不明なまま話を終えたくは無い。必死に脳と舌を操り、言葉を繰り出す。


「君達にしてもらう事は、基本的に変わらないよ。唯、今後は自覚を持ってもらいたいという事くらいかな」


「自覚……?」


「そう。戸張君はいずれ、僕が進言しなくても魔王になっていたんじゃないかな。それこそ、運命の悪戯によってね。けど、そうだとしても彼には今までの明るく、優しい彼のままでいて欲しい。どんな『王』を目指すか、僕がしたのはその道標を作っただけだよ」


気付けば、先程までの圧迫感が消えていた。

結城の顔が見え、美しい笑みが黒木達の心を溶かす。


「……魔王と呼ばれても、今まで通りに過ごせる様にしたいってか?」


「うん。彼は正しい繋がりの中で生きるべきだ。代わりに僕達が、『負の部分』を請け負う。即ち、彼を苦しめた元凶を、完膚なきまでに消す。それを改めて掲示板の皆に周知させるから、よろしくね」


陰鬱な空気から解放されたからか、綺麗な笑みに魅せられて内容が頭に入らない。熱に浮かされいるみたいに、頭がボンヤリとする。

黒木が覚えているのは、『よろしくね』という言葉に無意識に生返事をした事と、伽藍堂結城の人外の様な綺麗な微笑みだけだった。



「照真さん、お疲れ様でした。検査、大変でしたか?」


「いえいえ。(しゅう)さんこそ、四つ星ダンジョンアタック成功おめでとうございます。後一つで五つ星ですっけ?」


「はい!必ず照真さんに見合う様に強くなるので、待ってて下さいね!」


「いやもう十分強いですよ?俺まだ三つ星ですし……それに見合うって何」


「ところで。照真さんはメイドが好きなんですか?」


「にえ?」


「メイドの女性に見惚れてたんですよね?メイドが好きなんですか?アタシが着てあげますよ?そのままお世話だって」


「ああ、メイドが好きなのは伽藍堂さんらしいですよ」


「え?」







=====


『スレ主がダンジョンアタックする話』10/17発売予定です。手に取っていただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
誤解が広まっていく…シスコンにメイド好き属性を追加されてしまったな。行き着く先はどんな変態になるのか。
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