第151話 肉体に潜む答え
「……なるほどぉ。師匠が伽藍堂さんにあのスマホを託してたんですねぇ」
「うん。やっと闘争本能以外の部分が機能してくれたね。君が疑念を抱いた状態でDAGに招いたこちらの落ち度だ。ごめんね」
DAGの研究室は、白い世界だった。
壁や天井から、テーブルや椅子に至るまで白で統一され、パノラマウィンドウの様な窓から入ってくる光を浴びて輝いている。色が違うのはそれぞれのドアに書かれたネームプレート、棚に保管されている様々な道具、そして大量の素材達くらいだろうか。全体的に清潔感に溢れてはいるが、どこか窮屈さを感じる。
そんな白で統一された部屋の中、三人でテーブルを囲みながら伽藍堂さんが淹れてくれた紅茶を飲む。
……うんっっっま。何か高い味がする。
「サモンスキルの条件を公表しないのは、世間の混乱を防ぐ意味もあるんだ。悪意ある人間がサモンスキルを使って犯罪を起こそうと考える可能性もあるし、仮に知ったとしてもサモンされたモンスターが街を練り歩くのを受け入れられない人の方が大半だろうからね」
「……ああ。まあ確かに」
「亜継さんが今使っているサモンスキルは、君を護る為でもあるのさ。それだけは分かって欲しい」
「はぁ……何となく分かりました。けど、サモンスキルで何してるんです?」
「……」
「え?何で黙るんですか」
「さて、まずは本題を片付けないとね。今日は、君の身体がモンスターと同一のモノとなっているかの検査を行う。そこまでは分かってるね?」
「あ、そのまま進める感じなんですね」
まあ、あまり雑談して良い場所じゃないのはそうなんだけど……さっきからその話題だけ避けられてる様な。気のせいか?
ともあれ、伽藍堂さんの言葉は事実。DAGからの正式な依頼でもあるんだ。俺もいい加減に真面目にやらないとな。
「んー……まあ、吸魔の墓で思い知らされましたし。けど、不安とかは大丈夫です。先輩やあまにゃんさん、スレ民はそんな俺を受け入れてくれましたし」
……ホントは少し怖い。『お前は人間じゃない』。データでそう突き付けられてしまえば、どう取り繕っても俺は化け物だ認めざるをえなくなってしまうから。
それでも、ここまで俺を応援してくれた人達の為にも、俺はその試練から逃げる訳にはいかない。
「……そうか。それじゃあ、始めようか」
「はーい……え?伽藍堂さんがするんですか?」
「勿論。僕はDAGや国に数々の貢献をした、金星ダンジョンアタッカーだよ?君という《《素体》》を調べるなら、能力的にも戦力的にも僕以上の適任はいないだろう?」
「あ、確かにそうですね。シスコンのイメージが強過ぎて忘れてました」
「ありがとう。シスコンは僕にとっては褒め言葉さ」
伽藍堂さんが安心させる様に笑みを浮かべる。
……柔らかくなったなぁ。何がとは言えないんだけどこう……何となく、最初に会った時より優しくなった感じがする。初めて会った時はシスコン土下座オブジェだったのに。
「それじゃあ、よろしくお願いします」
そうして、俺の身体検査が始まった。
変に緊張していたが、内容は普通の健康診断と殆ど変わらない。見て分かる違いは、数種類の体液を採取された事と、DAGの山櫛支部で使った機械と比べ物にならない程の設備に、俺のデータをインプットしている事くらいだろうか。
数十分かけた検査が終わり、元の服に着替えた俺の元に、伽藍堂さんが紙束を持ってやって来る。
「お疲れ様、戸張君。検査を終えたばかりで悪いんだけど、この後の問診やスキルの調査に当たって君に教えるべき事があってね」
「はい?何ですか?」
「君は紛れもなく人間だよ。おめでとう」
「…………はぁ。ありがとうございます?」
唐突にそう言われ、感情が乗らないままに返答する。
あの、嬉しいは嬉しいんですけど、そんなついでみたいな感じで言われると思ってなくて……あ、凄い興味無さそう。サプライズとかじゃなくて、マジでどうでも良い情報を投げてよこしたんだこの人。
そんな俺の意図を察する様に、伽藍堂さんが口を開く。
「興味は無いのは当然さ。君がモンスターじゃないのは、検査する前から殆ど分かってたからね」
「え?そうなんですか?」
「うん。まず前提として、モンスターと普通の動植物の最大の違いは、『身体の全てがマナで出来ている』こと、そして『胃袋以外の臓器が無い』ことだ。唯一の例外として、インキュバスやサキュバスには生殖器官が存在してるけどね」
「せいしょく……?」
「ああ、交尾する為の臓器だね。戸張君、君はマナだけで構成されたモンスターじゃない。血の通う人間だよ」
「……ああ、そうですか。俺は……ちゃんと、人だった」
無意識のうちに入っていた力が、抜けていく。
何処かで自分を化け物と疑っていた心が水に融、瞳から流れ出ていく。
「……ありがとうございます、伽藍堂さん」
「まあ完全に人間と同一かと言うと、厳密には違うんだけど」
「上げて落とさないでくれます!?俺の安心を返せ下さい!」
「コレを見てくれるかな。君のCT検査の結果なんだけど」
「凄え。俺よりモンスターしてるよこの人」
ホントにマイペースだなこの人。師匠や羽場さんもそうだけど、黄金世代ってこんなのばっかりなのか?
ジト目で睨む俺を無視して、伽藍堂さんが光を放つボードを持ってきてCT画像を貼り付ける。
それは俺の上半身の画像だった。心臓部分に、白いビー玉程の大きさの何かが映っているのが見える。
「コレを解析したところ、この白い塊はコアモンスターのコアと同一の物であり、君の心臓と完全に一体化していると判明した。コアが消滅していない事から、このコアは《《生きている》》と断定し、君と共に成長している状態だ」
「……えーっと?つまり?」
「人間をベースにコアが共存したモンスター擬き。それが今の君の肉体だ。魔晶を食べてスキルを獲得出来るのは、その身体のせいだろうね。心当たりはあるかな?《《モンスターに食べられた時とか》》」
淡々と言ってくれるなぁ。さっき人間宣言されたばかりでちょっと凹んでるのに。
それにしても、いつの間に俺の心臓にコアが……そういえば、モンスターに食べられてからの夢で……。
「……多分、ありますね。逆にモンスターを食い返してた様な」
「うん。僕も、体内にコアが入るなんて事態は、その時以外考えられないと思う」
冷静に分析する伽藍堂さん。
ん?というか、何で俺がモンスターに食われてた事知ってるんだ?誰にも言ってないのに。
「さて、君の状態が分かったところで問診に移るよ。体調に変化は?診断結果以外に何か、自分の身体で気になる点はあるかな?」
「うぇっ?気になるところ?」
俺が違和感について考える間も無く、質問が飛んでくる。そのせいで、先程までの疑問が砂の様に流されてしまった。
変化かぁ。んー…………変わった事、ねぇ……。
「……ぁ」
「見つかったかな?些細な違和感でも、気のせいかもしれない事でも構わないよ。君が感じた事を全部教えてほしい」
「あ、はい。えーっと、前に吸魔の墓でイレギュラーと戦ったんですけど」
『ォォオ……オオオオオ』
「……声が、聞こえた気がして。イレギュラーの」
「なるほど。君がモンスターかもしれないと自覚する前は?」
「いや、聞こえませんでした」
「うんうん、なるほど。君はレベルアップで【変生】というスキルを獲得しているね。スキルの獲得順、そしてスキルは本人の性質に関係する部分も加味して考えると……【変生】は、《《君の肉体をモンスターに近付ける》》スキルかもしれないね」
心臓の鼓動が再び乱される。
初めてこのスキルを見てから、ずっと嫌な予感はしていた。検証の時も、コレを使う事だけは拒否する程に。
結果的に効果が不明としか表記出来なくて申し訳無かったけど、あの時の俺の予感は正しかったのか。
「検証の為とスキル発動を強制したせいで、スキルが暴発して死人が出た事もある。精神が不安定な状態でこれを使わなかったのは、良い判断だったね」
「あ、ありがとうございます」
「しかし、それを踏まえて考えると、【魔猪を総べる者】や【玉座に座る資格を持つ者】を合わせて……ふむ」
「?伽藍堂さん?」
急に黙り込んでどうしたんだ?先輩の事が恋しくなったのかな?
「それは常に想っているけど違うよ」
「ヒエッ。いや何でさっきから考えてる事分かるんですか!?怖いんですけど!」
「問診中に悪いんだけど、ふと気になった事があってね……戸張君、これは相談なんだけど」
「な、何ですか」
「魔王になってみないかな?」
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作者より
いつも作品を読んでいただきありがとうございます。
大変長らくお待たせしました。来たる10/17、とうとう電撃の新文芸様より『スレ主がダンジョンアタックする話』第1巻が発売決定となりました。
加筆修正された本編に加え、
①伽藍堂叶と『彼』の昼休み
②終わりから始まるプロローグ
この二つの外伝、更には店舗特典(まだ準備中です)も乗っけた大ボリュームとなっております。
イラストは夕子様(https://x.com/uc_yuk?s=21)が手掛けて下さいました。本当にありがとうございます。『稼ぎの少ないオカルト事務所所長、VTuberになる』面白かったので是非お手に取ってみて下さい。
これもひとえに皆様の応援のお陰です。
今後とも、この作品を共に盛り上げて下さると幸いです。よろしくお願いします




