第140話 ナイトの真価
その後の8号の牙と植木屋の戦いは、終始一方的だった。
「うぁぁあああああああ!!?」
鋼の花が咲かせた大量の剣が、触手の様に蠢いて8号を襲う。
武器を失った8号はマジックスキルで応戦していたが、その全てが植木屋に届く前に剣の花に切り裂かれ、呑み込まれていく。
「ふ、ざけ……ッ!こんな、足の動かない雑魚に……!!」
「肉体の欠陥だけを見て相手を断定するのは駄目ですよ。レベルアップしたスキルはそのままなのですから、貴方はもっと慎重に戦うべきでしたね」
植木屋は、その場から一歩も動いてすらいない。必死に逃げ惑う8号を、一服でもしそうな態度で眺めている。
そして、剣の触手が8号の牙に喰らい付き、傷口から体内へ侵入していく。
「……ぎッ!?──ギャアアアアアアアアッッ!!!?」
絶叫が響き渡る。耳を澄ますと、8号の身体の中から、鋏で切る様な音が聞こえている。
絶叫と共に倒れた8号に、残りの剣の触手が四肢を切り裂き、同様に内部をチョキチョキと切っていく。
「い、ぎぃいいいあああああああああああああッッ!!!」
肩、股関節に至るまでの腱を切られ、8号の牙は物理的に動けなくさせられる。その四肢は至る所で内出血を起こしたせいでグロテスクな紫色に変色しており、傷口からは絶えず血が流れ続けている。
スキルの効果が解かれたのか、鋏で体内を切られる感覚は無くなっている。代わりに、体内で暴れていた金属はそのまま残り、血流を閉じられた様な閉塞感を感じる痛みが、8号を襲う。筋繊維の間で固まった金属が歪に膨らみ、健康的だった四肢は無惨な奇形を為していた。
「ダンジョンアタッカーというのは難儀な職ですよね。常人ならば瀕死の重傷を負っていても、強くなった身体のせいでずっと痛みは鋭く感じますし、鍛えた耐性のせいで後一歩死に切れないんですから」
そう言い放ちながら、言葉を放つ肉塊となった8号を見下ろす。
8号は憎しみに溢れた視線を飛ばしながら、痛みと共に呪詛を吐く。
「ご、ろず……!ころジデ、やる……!!」
「ああ、そうそう。貴方は私に『あの面子の中で一番弱そう』と言っていましたね。その言葉だけは正しかったですよ」
8号から距離を取り、バッグから折り畳み椅子を取り出して座る。
まるで、何かの為に長居するかの如く。
「私は彼等と違って、自分で殺す気は無いんですよ。元々は鬼熊さんのサポートに来ただけなので」
「うる、さいッ……!!後悔させてやる、絶対に……!」
「だって牙の皆さんには、爆弾が埋め込まれてるんでしょう?確か起爆条件は……手動もしくは、《《数分間動きが無く死んだと判断された場合》》」
その言葉に目を見開き、彼の言動の意味に気付いた瞬間、痛みから出るものとは違う汗が噴き出す。
「私は貴方を殺す気はありませんし、見逃す気もありません。ですので、《《見殺し》》にさせてもらいますよ。貴方の飼い主が、福平の皆さんにしたように、ね」
自分を見つめるその目に宿すのは、嗜虐から来る愉悦では無く、路傍に転がる死んだ虫に対する虚無。
空虚な眼差しを向けられ、自身の死が目の前までゆっくりと這い寄っている事に気付いた8号の牙は、生まれて初めて、人に『恐怖』を見た。
◇
(オーイオイオイ、何を遊んでやがんだあの野郎……!)
12号の牙は焦っていた。いつまで経っても帰って来ない相方に。
本来のプランなら、自分がここで足止めしている間に、8号の牙が一人ずつ狩っていく予定だった。
しかし、目の前のナイトのせいで予想よりも弱らせる事が出来ない上、8号はまだ遊んでいる(と12号は確信している)せいでこちらばかりが疲弊している。
「【ストームクロス】!」
彼の持つ二丁の武器から音速を超えた弾丸が、上から降り注ぐ雨の様に、左右から押し寄せる大波の如く、鬼熊と裁定者に襲い掛かる。
「【籠甲界陣】」
鬼熊が籠手を地面に叩きつけ、ドーム状の結界が張られる。それに当たった弾丸は、弾かれる事なく呑み込まれ、攻撃にまるで手応えを感じさせない。
先程から、こちらが攻めて向こうが守る。そればかりが続き、戦況は完全に膠着していた。
永遠に終わらない繰り返しに、とうとう12号のフラストレーションが爆発する。
「いい加減にしろゴラァ!いつまでもチンタラ亀みてえに丸くなってんじゃねえ!!」
自分の攻撃が届かない苛立ち、わざわざタイマンをさせて以降戻って来ない相方に対する怒り。
それが12号の牙の思考を鈍化させ、攻め手を単調にさせる。
「どいつもこいつも、俺を苛立たせやがって!さっさと死ね!ゴミクズが!!」
故に、彼は気付かなかった。自分の周りに薬莢だけでなく、チェーンや柱等、このダンジョンのアトラクションの残骸が転がっている事に。
不意に、折れた柱の廃材が12号に突き刺さる。
「ガハッ……!?」
「何それブーメラン?ウケる」
続いてチェーンが足に巻き付き、瓦礫が膝を砕く。砂利の礫が目を叩き、空になった薬莢が喉を刺す。
「ガッ、ごエ”ッ……!?」
何が起きたか理解出来ぬままに、周辺のあらゆる物が12号に突き刺さっていく。
それを引き起こすは、まるでオーケストラの指揮者の様に指をタクトの如く振るう、裁定者。
無詠唱で行うマジックスキル。戸張ですら扱いに苦戦するそれを難なく行うその手腕は、紛れもない天賦の才の証左。
「そろそろ静かにさせても良いっすよね?」
「……美味しい所は譲れよ?」
「へいへい。ほーんとダンジョンアタッカーって、自己顕示欲の塊ばっかっすねー」
「今更自己紹介なんかしてどうした」
軽口を叩き合いながら、裁定者が戦場を操作する。
彼の視界に映る、数々のダンジョン産のアトラクション。それ等が崩壊し瓦礫と化した後、裁定者の手で新たな形を形成していく。
「【ラブルズバンド】」
生まれたのは、瓦礫で出来た小さなゴーレム達。彼等は12号を取り囲み、裁定者のタクトに合わせて波状攻撃を仕掛ける。
「……ぐ、ヴヴギイアアアアアア!!」
12号の牙という《《打楽器》》が、心地良い悲鳴を響かせる。
視界を封じられたまま袋叩きにされていた12号だったが、突然自身を巻き込んで爆発する。
「このぉ、クソ共がぁぁぁ……!!」
衝撃波がゴーレムを吹き飛ばし、土煙の中からライフポーションを噛み砕きながら飲む12号が現れる。
血走った目を裁定者に向け、焼けた肉体を回復させながら、二丁の銃を構える。
「その判断、遅かったな」
「なっ……」
ナイトの真価を、亜継は語る。
それは、城砦の如き難攻不落な防御力──。
(お、も……ッ!?)
《《ではない》》。
12号の起こした爆風に紛れ、死角から近付いてきた鬼熊の拳が、12号を直撃する。
一見何の変哲も無い一撃。しかし、咄嗟にライフルで防いだ12号の身体が、ボールの様に面白いぐらいに吹き飛び、地面を何度もバウンドする。
「ガハッ……!?」
武器が粉々に砕かれ、全身が衝撃で震える。まるで理解の出来ない事態に、12号は混乱する。
(何だ!?何をされたんだ俺は!コイツ、この亀野郎!俺の攻撃が効いていない?馬鹿な!防御系のマジックスキルは、攻撃を防ぐ程マナを消費する!攻撃が続けばマナの消費も早くなり、その分防御も甘くなる!俺はずっと攻撃していた!奴だって相当疲労している筈!なのに何でここまで動ける!?)
『ナイトの特徴は圧倒的な防御力にある』。以前そう言った自身の過ちを認めながら、亜継は語る。
ダンジョンアタッカーがどんなジョブになるか定めるのは、『スキル』である。ジョブとは即ち『役割』であり、特性ではないと。
前衛でパーティを護る役割を与えられた、ナイトというジョブ。自ら死の危険を迎え入れ、不倒の覚悟でその役割をこなし続けた者に齎されるのは。
「もういっちょ!」
「ゴ、ギャ……ッッ!!?」
あらゆる負荷に負けない、圧倒的な筋力とスタミナ。その二点においてはモンクすら及ばない、最強の脳筋戦士なのである。
鬼熊の手打ちは、パワーだけで振るわれる単純なモノ。しかしシンプルであるが故に、ナイトを『防御に優れたジョブ』とだけ解釈している者に対し、圧倒的な理不尽度とアドバンテージを強いていた。
(マズイマズイマズイ!!早くコイツから距離を──)
「【ボルタロスボミット】」
本能で敵の脅威を感じ取った12号が、逃げに徹しようとした瞬間、鬼熊の持つ暴雷牙が変化する。
「は、ぁ……?」
それは12号が持っていた、そして赤い雷に壊された筈のバズーカ砲。
その口が何故か自分に向けられ、そして【ボレアスネット】が二発、12号の足を絡め取って焼け焦がした。
「ガッ、ああああああああ!!?」
「【パージグレイブ】」
肉が焦げる音と臭いに気が逸れた瞬間、鬼熊の籠手が分離して12号の四肢を潰し、異常な重量を伴って彼を圧迫する。
更なる絶叫と共に悶えようとするが、その動きとも呼べない動作は余計に痛みを加速させ、彼はようやく己の終わりを実感する。
「俺の暴雷牙は、『斬ったモノをコピーする』事が出来る。お前の武器も、スキルも、自然現象でさえ喰らい、己が糧とする為に契る。それが暴雷牙の真骨頂だ」
未だに踠く敗者の胸を踏み付け、勝者は悠然と見下ろす。
足の重さで肺が押し潰されながらも、12号は僅かな気力を振り絞って睨み付ける。
「だが、お前の武器を喰らったのは失敗だった。お前は、何もかもが弱すぎる」
「クソ……俺が、こんなのに……!」
「はぁ?社会のルール無視して、自分を正当化する事しか出来ないゴミのクセにほざくなよ。反省の色もないのに、我が物顔でダンジョン練り歩いてる時点で、その辺のモンスターと変わんねえんだわ」
吹き飛ばされたゴーレムが戻り、その顔面をタコ殴りにする。ついでと言わんばかりに股間の上をゴーレムがリズミカルに飛び跳ね、12号の尊厳も破壊される。
「──……ッ!ッッ!!」
「あっはっはっはっは!これが盛大なザマァって奴っすよねー!」
「俺を悪人顔と認識した奴が、俺以上の悪人なんだが……まあ良い。俺もやるしな」
ゴーレムをどかし、醜く膨れ上がった顔に視線を落とす。
既に瀕死で目も見えなくなっている相手に向け、鬼熊は先程遮られた言葉を続ける。
「俺はスキルで、受け止めた攻撃を盾籠手にエネルギーとしてチャージ出来るんだ。但し、チャージする程籠手は重くなるし、当然上限もある。あるんだが……お前の攻撃では、半分も満たせなかったぞ。だからお前は弱過ぎると言ったんだ」
12号がゆっくり首を振る。それを無視して、鬼熊は盾籠手を構えた。
「言っても理解出来ないだろうから、実感させてやろう。さっきお前の手足を潰した【パージグレイブ】の重さは、一つが大体二百キロくらい。全部で八百キロ、それがお前のスキルの重さだ。そして……」
何かが地面を突き破る音と共に、12号の腹部が浮き上がる。
「今から来るのが、《《残りのチャージ分全て》》だ。そうだな……大体、二トンくらいか?」
ゆっくりと。ゆっくりと骨が砕ける音、皮が破れる音が響き、12号の腹を引き裂いて盾籠手の先端が顔を覗かせた。
「俺は律儀な性格だからな。全部利子付けて返してやるぜ、腐れ外道のクソ雑魚にも劣る実力の差も理解出来ない蛆虫野郎」
断末魔の間もなく、12号の身体が内から弾けた。
血塗れの盾籠手が本来の形に戻る時、悲鳴は聞こえず、目の前には唯の肉の塊が鎮座しているだけだった。
(うっっっわ、えげつねえ。でもそれ以上に、片手で二トン以上持ちながら、あんな動き出来るこの人のがよっぽどバケモンじゃねえか」
「聞こえてるぞ。悪い気はしないが、本当の化け物はもっとヤバいぞ」
息切れ一つ無く、衣服の汚れを落とす鬼熊。
終わってみれば呆気なく、12号の猛攻は彼等に傷一つ付ける事が出来なかった。
それを顧みる事なく、鬼熊は植木屋が連れて行かれた方へ歩き出す。後から、その姿を見て冷や汗を流していた裁定者が続く。
「俺のパーティはナイトいないんで、あんま分かってなかったっすけど……少なくとも、あんだけ攻撃防いでおいて無傷な上に、息も切らしてない鬼熊さんは、十分バケモンっすよ」
「……どうも。だが化け物と言うなら、俺よりも植木屋の奴がずっとイカれてるぞ」
「うえっ?マジっすか。その……ちょっとハンデ持ってるのに?」
「ああ。アイツが本気で戦ったら、俺達全員八つ裂きになってただろうからな。攫われてくれて助かった」
「………え?」
植木屋の柔和な態度からは考えられない、その恐ろしい戦法を聞き、裁定者の背筋は更に冷たくなるのだった。




