第139話 小さないのちの物語
私はここぞという時の運が無いのでしょう。常々そう思います。
「ぐくっ……!?」
「アハっ、全然踏ん張れないねぇ!その足のせいかな?」
殺意の塊が振り回され、四方八方から私を潰そうとしてきます。華奢な腕から放たれるソレは、岩をも砕く破壊力を以て私を枯れ木の如く容易くへし折るでしょう。
碇を枝切り鋏に滑らせて軌道をズラして捌き続けます。しかし、その度に下半身に負担がかかり、膝が崩れそうになるのを堪えます。
「【虚剣連戟】」
数拍遅れて、先程と全く同じ軌道で質量を持つ残像が飛んできました。
体勢不十分。しかし無問題。枝切り鋏を分離、双槍形態へ移行。
「【双飛連突】!」
槍の形状をした【飛刃】が、横殴りの雨の様に敵のマジックスキルを砕き、牙へ向かいました。
「すごーい。良く出来ました」
私の攻撃をひらりとかわし、おちょくる様に笑う牙。
かなりイラッときますね。以前の私であれば、即座に近付いてその首を刎ねていたでしょう。しかし……。
「でも君、その辺のソルジャーより弱くない?全然動けないじゃん」
「……悪いですか」
「悪いよー。だって中途半端な強さなんて邪魔なだけじゃん。殺しにくいし、さっ!」
巨大な碇型の刃が、今度は二本現れました。
「【虚剣乱戟】」
訂正。どうやら二本どころではないようです。
それに加えて、更に六本も残像が現れました。最早蛸足に見えて笑えます。
純粋な物量差で押し切る気ですね。確かに、今の私を見れば有効な策です。サイコパスですが、馬鹿ではないのでしょう。
気に食わない。
「【双飛刃】!」
横に転がりながら二本を弾き、他の碇をかわし、それでも補えない身体の不利のせいで、一本を喰らってしまいました。
「君の仲間も可哀想だよねぇ。折角連れてきたソルジャーがこんな足手纏いだなんて知らなかったでしょ」
「ハァ……ハァ……」
「正直君にもう用は無いんだよねえ。《《一番弱い相手から選んだ》》のにしぶと過ぎ。他の二人も取られちゃうじゃん。死んでよ早くっ!」
勝手な事を言いながら、苛立ち紛れの連撃が更に攻勢を増してきました。
傷をライフポーションで癒しながら、そのラッシュを食い止めます。
ああ、やはり久しぶりの戦いでこの運動量はキツいですね。もう息が上がってしまっています。
私はスイッチ君やリーダー……三鶴城さんの様な怪物じゃないというのに。
ああ、気に食わない。
「アハっ、【クラッチアンカー】!」
鬼熊さん達と引き離された時と同じやり方で、足元を掬われる。
並のダンジョンアタッカーであれば、すぐさま体勢を整えられる程度の小技。しかし足のハンデがある私には、敵にとって最大の好機となってしまう。
「ガハッ……!?」
振り下ろされた二つの碇を、ギリギリのところで枝切り鋏を挟んで受け止めました。
しかし速度の乗った重量物は、私の全身を軋ませ、内部にまでその衝撃を通されてしまいます。地面を背にしていたせいもあり、私はその衝撃を全て受けてしまい、肺の中を空気を全て吐き出してしまいました。
「【シンセファング】」
私が何とか上体を起こし、膝をつく姿勢になった時には、今までより遥かに巨大な碇が浮いていました。
「アハっ、見てみて。これが僕の力、凄いでしょ?ダンジョンって良いね、僕を英雄にしてくれる夢の舞台だよ」
楽しそうに碇を見上げ、聞いてもいないおべんちゃらを繰り返す8号。
差し詰め、今の状況は私の首を切り落とす処刑台、という所でしょうか。
「君で二百五人目って事で、バイバーイ」
軽薄な声と共に、巨大な碇が落ちてきました。
……本当に、気に食わない。
英雄気取りのサイコパスも。
自分の弱さも。
何より、こんな状況に陥っている自分自身も。何もかも気に食わない。
◇
私も、かつてはヒーローに憧れていました。
三鶴城礼司さんに憧れ、ダンジョンアタッカーの門を潜り、数々の修羅場を経験し。
恋人と出会い、結婚し、子供が生まれ……私の生活は順風満帆でした。
あの忌まわしきダンジョン災害が起きるまでは。
『フッ……フッ……!?』
『大丈夫か!?おい、他に無事な奴を探してくれ!』
『ハッ、ハッ……!わ、たしは……!?』
『喋るな!傷が開く!今救護テントに連れて行く!頑張れ!』
福平のD災の鎮圧に向かい、気付いた時には私は肉体の健康を失っていました。
時間が経ち過ぎた傷は、五つ星以上のライフポーションでしか治せない。そうでなくとも、殆どのポーションは鎮圧中に消費され、D災後に残った量は微々たるものだったそうです。
昏睡状態と夢遊状態を繰り返し、暫しの療養生活から松葉杖を付けて歩ける様になった私を待ち受けていたのは、共に背中を預け合って戦い、『命に替えても守る』と誓った人の訃報でした。
自分の中で築き上げてきたモノが、ガラガラと崩れていく。幸福を理解した瞬間、幸福は終わる。
驚く程呆気なく、私の人生は転落していきました。
肉体の寄る辺に魂の寄る辺。それらを破壊され、縋るモノさえ見つけられない私は、ダンジョンアタッカーを辞めました。
三鶴城さんは私を引き止めようとする言葉は言わず、逆に労ってくれました。今回で、私の様な人間を多く見送ってきたのでしょう。その心情は察するに余りありますが、だからといって再び彼を支えられる力は既に残っていませんでした。
『お父さん……』
唯々財産を食い潰しながら生きる私は、屍でした。何もせず、何も為す事すら出来ぬまま死ぬのだろうと、自分の人生を諦めていました。
『ねえ。お父さん』
《《彼》》に出会うまでは。
『復活の俺』
偶々目に付いた、頭のおかしい人がいるという投稿と共に貼られていた、moveのURL。そこで初めて観たのは、魔猪の塔で謎のポーズをしている姿でした。
『オラァ!!』
『帰りませんが?俺の目的はこの先ですし』
『じゃあ、今回は敵にも見せ場をあげましょうか』
新人とは思えない身のこなしで戦う様は見事の一言。
カラカラと笑いながら自身の境遇を語る彼が、私は──
大嫌いでした。
『悪名は無名より勝る』とは良く言ったものだと。D災を使って自身の配信に注目を集めるとは、なんて節操のない男だと。私は完全に彼を軽蔑していました。
それでも観続けたのは、彼の目的を聞いたから。
オークキングと戦って死ぬ……その為だけにダンジョンアタックをしていると聞いた時、私の胸に黒い感情が湧いたのを自覚した。
ならば見てやろうじゃないか。その散りざまを。そしてその上で嗤ってやる。
早く死ねと。
ざまあみろと。
清々したと。
二度と悪夢を思い出させないで消えてくれと、心の底から願っていました。
しかし……。
『お父さん……』
私は……
『俺は『今』から、人生を始める』
気付けば、命に火を燃やす彼から目が離せなくなっていました。
何故そんな目が出来るのか。何故希望を全て奪われたというのにまた抗うのか。何故私は彼に目線を奪われているのか。
様々な疑問が脳を過り、枯れた心の奥底から何かが溢れてくるのを感じました。
『……そう、でしたね』
オークキングに挑む直前に言っていたではないか。本当に苦しかったと。辛かったと。両親と同じ死に方がしたいと。
彼こそがD災の一番の被災者であるというのに、私はそれを知らん顔をして、自分の醜い感情のままに罵ってしまっていた。
『……れ』
彼への申し訳なさと同時、思わず言葉が口を吐いて出ました。
『頑張れ……頑張れッ……!』
祈る様に両手を組み、ボヤける視界で画面を見つめる。
そこで私は、ようやく自分の服を引っ張る感覚に気付きました。
『お父さん……泣かないで』
『ぁ……』
最愛の人と共に残した愛の形が、目に涙を溜めて私を見ていました。
なんと愚かだったのでしょう。今になってようやく気付かされるなんて。人としても親としても、私は最低の男だ。
この子の寄る辺は私しかいなかったのに……ずっと、側で寄り添っていたのに。私はそれにすら、気付いていませんでした。
胸に激痛が走り、反射的に息子を抱きしめていました。
『お父さん……』
『ごめんっ……!私は……ごめんねッ……!』
『泣かない、で……おとっ……!うぁぁあああん…!!』
悪夢から逃げ続け、苦しみを見て見ぬフリをし続けた先で、やっとこの毒を呑み込みました。
スイッチ君によって与えられたこの痛み。余りにも熱すぎて耐え難く、それ以上に手放したくないと願ってしまうこの毒の正体こそ、《《命》》なのだと。
人としての生を受けた私は、息子を抱きしめてずっと泣いていました。
そして誓ったのです。この二つの温もりを手放さない為に、今度こそ己の信じる道を進むと。
◇
パチンッ
「はいっ?」
耳に心地の良い音と共に、私の武器が巨大な碇を真っ二つに切り裂きました。
《《一切りで》》切先から持ち手まで切られた碇は、まるで液体の様に溶けて地面に沈んでいきます。
「いけませんね。《《貴方程度》》に、少し走馬灯を見てしまいました」
大技を出させる為とは言え、相手に僅かでも『勝てるかも』などというまやかしを見せてしまうとは。
先程までの展開は非常に気に食わないものでしたが、その間抜け顔に免じて許してあげましょう。
「貴方は幾つか、勘違いしています。私は優しいので、幾つか説明してあげましょう」
手印を結ぶ。人差し指と中指の指先同士をくっ付け、ゆっくりと内側にひっくり返しながら、その二本を交差させる。
「……何。余裕のつもり?言っとくけど、僕の武器を奪ったつもりなら」
「一つ。人をいくら殺したところで、そこに大義が無ければ唯の殺人鬼に過ぎません。貴方の言う英雄とは、あくまで大衆にとっての正義を為した者を、《《見せしめ》》として祭り上げられた人の事です。まあ、それも『英雄の姿の一つ』ですが」
スイッチ君、貴方は酷い人だ。いつまでも貪りたくなる程の毒を、無差別にばら撒いてしまうのだから。
私は、貴方を英雄などとは呼びません。『人としての在り方』を、夜空に輝く星の如く映す貴方を、彼の言う様な人でなしとは呼ばせません。
手印を続けましょう。続けて薬指、小指を開いて交差させ、ゆっくりと祈るように手を閉じます。
「正論うざ。そういうの良いから、とっとと死n……」
「もう一つ。私は、《《ソルジャーではありません》》」
「…………は?」
私の物語は、きっと誰にも見られない。でも、それで良いんです。
これはどこにでもある、『理想の英雄』を目指すお話。小さな毒の物語なのだから。
「【太刀斬り鋏】」
己の《《運命》》を切り拓き、己の足で立って歩く。唯それだけの英雄譚。
そう、私にとっての英雄は──
『俺を見ろ!!』
『お父さん、泣かないで』
私だけで、十分だ。
「【柘榴の艶花】」
地面に落ちた、液体化した武器だった金属。それが一箇所に集まり、まるで蕾の如く膨らんでいく。
鋼の蕾は全ての金属を吸収した後に、幾本もの剣の触手を携えた巨大な花を咲かせた。
「《《私はソーサラー》》です。特にこのスキルは、無差別に人を巻き込んでしまうので、《《味方が足枷となる》》のが難点だったのですが、こうして離してくれて助かりました」
「う、そだ……何だよソレ!?一体何なのさ君はッ!?」
「……今更ですか?
唯のしがない、『最強のパーティ』の《《元》》中隊長ですよ。その価値を、貴方がどれ程理解出来るかは知りませんが」
 




