第138話 鬼と木と裁定
数日後、都内某所。二人の男が対面していた。
スマホから送られてきたメールでのみ入れる、匿名掲示板。そこの主、マスターによって選ばれ、DAGに巣食う悪性腫瘍を取り除こうとする名もなきレジスタンスである。
彼等は、皆四つ星以上の実力を誇る猛者ばかり。国内でも指折りの才能を持つ為に、強者達は顔見知りになる機会が多い。
「……おう」
「……どうも」
故に、掲示板でハンドルネームでしか知らなかった人物が友人だと、若干気まずくなるのは当然だった。それが、かつて同じパーティに属していた友人なら、尚更に。
挨拶もそこそこに、無精髭を生やした大男と、松葉杖をついた男が並んで歩く。
時刻は夕暮れ時。家へ帰ろうとする周囲から浮いている気配を漂わせながらも、二人は気にする事なく目的のダンジョンに向かう。
「……ぷっ。『鬼熊』ですか、そのままじゃないですか」
「うるせ。何だよ『植木屋』って。花屋でもやってんのか」
「ええ。今はひっそりと、花屋などを経営していますよ。そちらは、今も『至強』で頑張ってるんですか?」
「……まあな」
『至強』。三鶴城礼司を筆頭に、ダンジョンアタッカーの約半数が所属している。言わずと知れた、国内最強のパーティ。
当然、三鶴城だけで全てを管理出来る筈も無く、DAGの様に役職を付け、『至強』内で小隊を組み、戦力が公平になる様に振り分けられている。
鬼熊は、『至強』における小隊長を。植木屋は、その小隊を複数纏める中隊長を務めていた。
尤も、後者は過去形であるが。
「……D災の後、お前は辞めたと聞いた」
「辞めましたよ。復帰したのは、ついこの前です」
「は?おいおい大丈夫かよ、何で来てるんだ?」
「……《《毒を盛られた》》んですよ」
「はぁ?」
「あの……」
「それよりも貴方はどうなんです?私が抜けた後、中隊長は貴方だと思ってました」
「お前も知ってるだろ。ウチだって大変だったんだ。小隊の立て直し以前に、パーティ自体の再編からせにゃならんかった。そん中で一々役職の変更なんぞやってられっか」
「へーい」
「寧ろお前は、何故ウチに戻らんのだ」
「戻れる訳ないでしょう?私は一度辞めた人間なんですから」
「おーい」
「ええい何ださっきから」
「何だじゃないんですが!?俺も参加者なんすよ!『裁定者』っすよ!」
一見するとダンジョンアタッカーには見えない大学生ぐらいの男が、二人の間に割り込む様に入って来る。
自分達とやや歳の離れた男に、鬼熊と植木屋は首を傾げる。
「……合言葉は?」
「『金城のタマ二つぶっこ抜いて全城にする』」
「あ、本当に同じチームの方ですか」
「え?俺ガチで疑われてました?」
「んんっ、まあ……すまん。内容がアレなだけに、疑心暗鬼になってた」
「は〜……まあ良いっすけどね。改めて、『ハーメルン』ってパーティ所属の上城聖っす。ジョブはレンジャーっす」
「ああ。俺は『鬼熊』、知っての通りナイトだ」
「『植木屋』です。よろしくお願いします。一応、今回はハンドルネームで呼び合う方が都合が良いので、そちらで呼び合いましょう」
「っす、分かりました。後一人は……」
「一人で金城を直接叩きに行った。何でも、昔からの知り合いなんだと」
無事に合流を果たした三人は軽い雑談をしながら、今回の目的地、『スーパーアルティメットビョンビョンランド』に踏み入る。
DAGの資格証は、そのままダンジョンへのアクセスキーとなる。厳重に封鎖されているダンジョンへの入口が、資格証に反応して開かれる。
ダンジョンに入った瞬間、都会の喧騒が途絶え、真夜中の様な暗闇の中に人工物の灯りが点される。陽気な音楽と共に、様々なアトラクションが彼等を出迎えた。
「……あの、何でこんなアホそうな名前なんすかね」
「まあ、遊園地みたいなダンジョンだしな……」
「これでも四つ星ダンジョンですから気を抜かず……と言っても、ここはアトラクションに乗らないとモンスターが出ないので、乗らなければ比較的安全ですが」
「……いや、そうでも無いみたいっすよ」
裁定者が植木屋の肩を掴んで止める。直後、明かりの差さない暗がりから、碇型の刃が飛んできた。
「ふんっ!」
重厚な物がぶつかり合う音がし、碇が大きな籠手に進路を阻まれる。
弾かれた碇は、スルスルと暗がりに戻って行く。そして暗闇の中から、二人組が現れる。
「オーイオイオイ、ここは俺らの貸し切りなんだぜー?」
「もしかして迷っちゃったのかな?良かったー、丁度いい感じの相手じゃない」
最初に口を開いたのは、鬼熊に劣らない体格の男。隆々とした筋肉を見せつける様に出しており、両手にそれぞれ軽機関銃とバズーカを担いでいる。筋肉モリモリマッチョマンの変態の如き出立ちだった。
もう一人は、中性的な顔立ちをした痩せた人物。声も中性的であり、男か女か判別出来ない造形をしている。しかし、手に持つ巨大な碇が、その者の隠し切れない殺意と狂気を醸している。
明らかに異質な気配を漂わせる二人。ダンジョンアタッカー同士の私闘が禁じられているにも関わらず、躊躇なく闇討ちしようとしてくる殺意。その上で堂々と話しかけてくるのだから、三人の敵意が一気にマックスになる。
元より、彼等も殺気を隠す気など無い。
鬼熊が獰猛な笑みを浮かべる。
「ちゃんといてくれたみたいで安心したぞ。8号と12号の牙」
「は?オーイオイオイ、何で知ってんだよ」
「あれ?牙って内緒の筈だよね?君達は別の派閥って事になるのかな?」
「そういう感じだ」
「これどっちが悪役っすか?」
「うーん、どっちも顔が……」
「シバくぞそこの二人」
「まあ良いさ。死ね」
言葉を発すると同時、弾丸の雨が三人を襲う。
植木屋と裁定者を庇う様に正面に立った鬼熊が、盾籠手を大きく展開して被弾面積を広げて受け止める。
「ちょっ……」
「動くな!」
裁定者の言葉を遮り、鬼熊は弾丸の中を一歩ずつ進んでいく。
弾丸は籠手に阻まれ、傷一つ付けられない。しかし、彼等の周りに弾かれた弾丸が大量に転がるのを見て、牙は笑う。
「【ウルズバースト】」
瞬間、弾丸から噴き出した業火が、二人を呑み込み大きな爆発を起こした。
巨大な火柱が立ち上り、黒煙が立ち込める。
「……おお?」
火柱の横から渦が出来、黒煙と共に渦に呑まれていく。
まるで巨大な顎の様な形になっている盾籠手が現れ、牙が起こした破壊が音も無く全て《《喰われた》》。
(……ナイトってのは周りのお守りしか出来ねえジョブって聞いたが、実際にやり合うと面倒だな)
「チッ、意外とやるじゃねえか。何で牙相手に増員したのかと思ってたが」
籠手が通常のサイズに戻り、顔を覗かせた鬼熊を睨み付ける。その後ろから、裁定者が慌てた様子で鬼熊に抗議する。
「ちょっ!植木屋さんが!?何でなんもしなかったんすか!」
「決まってんだろ。《《足手纏い》》だからだ」
「喧嘩ならあの世でしな!【ボレアスネット】!」
バズーカから放たれたロケットが、網目状に分散する。
それを続け様に二発放ち、間髪入れず機関銃による掃射が彼等を襲う。
その間に、先程までいた片割れがいなくなっている事を確認し、口の端が三日月に歪む。
「もう一人の牙もいなくなってるし!ぜってぇ戦力分散が狙いだったでしょ!何考えてんすか!」
「良いから仕事をしろ!食い千切れ、【暴雷牙】!」
「もうやってますよっ!」
何処からか砂利の塊が飛んできて、【ボレアスネット】が彼等に到達する前に絡め取られて墜落する。
牙が怪訝な顔をする間に、鬼熊の手には真紅の雷を纏うハルバードと呼ばれる長大な斧槍が握られていた。
「死ね」
赤い雷光が閃き、牙の持つバズーカが溶ける。
異変に気付いた牙がそれを放り投げると、バズーカは火花を散らして稲妻を纏う爆発を起こした。
「チッ、ミスった……!」
「オーイオイオイ、危ねえな」
「はー……もう、やっぱり向こうもいなくなってるじゃないすか。植木屋さん、大丈夫なんすか?」
静かになった空間で、再び睨み合う。互いに数の減った敵に対し、鬼熊は不機嫌そうに、牙は余裕そうに笑う。
「さあな。少なくとも、無事には済まねえだろ。それよりも、各個撃破を狙うつもりなら、何でこいつがここに残ってるのかが気になるな」
「はあ?決まってんだろ」
バズーカが無くなり、空いた手に巨大な銃口が二つあるライフルが握られる。相手にロクな反撃をさせず、数的不利を問題にしていない事に、牙は確信する。
「人を殺した経験あんのかお前等?全然殺意が足んねえよ」
己は強いと。
「そんな奴等、俺一人でも十分って事だよ」
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「うわっ、とと……!」
同じ頃、【クラッチアンカー】に身体を引っ張られた植木屋は、仲間から見えない場所まで離されてしまっていた。
「参りましたね……」
転けてしまった身体を起こし、飛んでくる殺気に向けて松葉杖を振るう。
金属がぶつかり合う音と共に、植木屋は再び倒れ、巨大な碇を操る牙がやって来る。
「アハっ、それ松葉杖かと思ったら、槍だったんだ」
牙は楽しげに、植木屋の持つ松葉杖型の短槍を見る。
苦々しげに自身の武器を見て、植木屋は立ち上がる。
「……これは、槍ではありませんよ」
左手のウェポンリングから似た形の短槍を取り出し、松葉杖型の短槍と交差する様にくっ付ける。スイッチが入る音がし、短槍が合体して枝切り鋏へと変形した。
「これが私の本来の武器です」
「……アハっ!良いゲテモノじゃーん、僕とおんなじ」
相変わらず楽しそうな牙。人を殺そうとしているのに無邪気に笑うその姿に、植木屋は既視感を覚える。
「……思い出した。貴方は辻斬り事件の」
「あ。僕ってそんな有名?やったーアハハっ」
「はい、有名ですね。夜中に何十人も斬り殺して回り、捕まった時も一切の反省も見えなかった、最悪の殺人鬼として」
「正確には十四人だけどね。でもまだ殺人鬼って印象なの?ガッカリだなー」
「はい?」
「僕はね、英雄になりたいの。知ってる?『一人殺せば殺人鬼だけど、百万殺せば英雄』なんだって。僕は感動したよ。《《そんな事で良いんだ》》って。だから、皆が僕を英雄だと信じてくれるまで殺し続けるんだ。前は失敗したけど、今度の僕はもっと上手くやれるよ。その為に牙になったんだから」
恍惚とした表情で常軌を逸した内容をペラペラと話す。
そこには罪悪感というものが一切なく、故にサイコパスは目に映る全ての者に強い嫌悪感を抱かせる。
「いずれは今の雇い主も殺してあげる。だから君は、僕の英雄の礎になってね」
「……因みに、貴方は何号の牙なんですか?」
「ん?急にそんなの聞いてどうするの?
8号だけど、それが何?」
「……いいえ、何でも」
(リハビリの相手にしては、随分ハードですね……)
植木屋は、心の中で毒付いた。




