第135話 三者会談
伽藍堂と羽場のやり取りが終わる頃、会議室の扉をノックする音が響く。
「ご主人様、妹様とお連れ様がお見えになっております」
「ん、分かった。入れて大丈夫だよ」
「……メイド?」
クラシカルスタイルな衣装のメイドが現れ、恭しく頭を下げる。
他人を頼るとは伽藍堂らしくない、と思いつつも、羽場は別の理由で彼女の存在に首を傾げた。
「……お前は確か」
「失礼します」
「失礼しますっ!」
羽場が何かを言い切る前に、メイドが口にしていた人物が会議室に入ってくる。
伽藍堂叶。伽藍堂結城の妹にして、銀星ダンジョンアタッカー。
続いて、最近破竹の勢いでダンジョンアタックを成功させている、有名moverの周心輪だった。
「叶!久しぶり、全然会えなくてごめんね。お兄ちゃん忙しくて」
「ご機嫌よう。四つ星のダンジョンアタッカーにメイド服を着せて侍らせる特殊性癖持ちのお方」
「がはっ……!!?」
まるで他人の様な余所余所しい態度を取られ、開幕十割を削られた結城が、先程とは違う意味で膝を付く。
どころか、完全に地面にくたばってビクンビクンと痙攣している。
見るのは二度目だが、完璧超人だと思っていた友人のあまりにも無様な姿に、「結城世代のトップの姿か?これが……」と思わず珍獣を見る目になってしまう羽場。
(にしても…)
しかしそれ以上に、叶の言葉が耳に残った。
先程メイドに感じた既視感が、確信へ変わる。
「……サモナーの」
先日DAGが公表し、今も大いに話題を呼んでいる新たなジョブ、サモナー。
その話題の中心人物であり、虫系のモンスターに関連するサモンスキルを多く持ち、また『蟲虫眼』というエクストラスキルで、サモンスキルで召喚していない虫でさえ操る事の出来る、昆虫達の統率者。
そして、自身もまた『ダンジョン考察班』というパーティの長を務め、DAGや『至強』顔負けの情報収集能力で、ダンジョンに関するあらゆる情報をその手に収め、考察、蒐集する女王蟻の様な女。
「お初にお目にかかります、羽場様。私のことはどうか、亜継とお呼び下さいませ」
知を食らう異種の怪物。それが何故かメイド姿で羽場の前にいた。
優雅な所作で一礼するその姿は、決して付け焼き刃のものではなく、趣のある上品さを伴っている。それがより一層、彼女の異質さを際立たせる。
「私は現在、ご主人様……失礼、伽藍堂結城様との契約により、付き人をさせていただいております。以後お見知り置きを」
「ああ……ところで、何故メイド服なんだ?」
「趣味です」
「趣味」
「は、初めまして。アタシは周心輪って言います。moveで配信者をしてて…」
「はじめまして、よろしく。君の事は知ってるよ、配信をしているダンジョンアタッカーでも有望だからね」
「あ、ありがとうございます!」
「これからも頑張ってね」
無意識に助けを求める様に結城へと視線を戻すと、彼は既にいつも通りの振る舞いで、周と談笑していた。
気持ち悪い倒れ方をした後からのその変化に、羽場の視線の温度が下がっていく。妹の叶に至っては、まるで汚物を見る様な眼差しを肉親に向けていた。
「こんな変質者に用は無い。今日は羽場先輩に用があったんです」
「……何?」
突如自分の名前が出て、羽場が警戒を露わに叶を睨む。
黄昏樹海で会って以降、二人の仲は悪化の一途を辿っている。
原因は言わずもがな、彼女の《《愛しの》》お相手と同居しているのだから、その溝が深まるばかりだった。
(だというのに、このタイミングで急に話だと?しかも、オレ以上に仲の悪かった周心輪を引き連れて。何を考えている…?)
この二人に限って、戸張の害となる様な行動はしないだろうという無駄な信頼。しかしながら、その行動の意味が分からない疑念。
羽場が警戒するのは当然だった。
「羽場先輩に折り入ってお話があるのですが……とりあえず、そこの変質者はご退場願おうか」
「え?変質者?」
「畏まりました。ご主人様、お出口へ案内致します」
「叶?お兄ちゃん一応この会社の人間なんだけど」
「お前は妄りに場を掻き乱す恐れがあるから駄目だ」
「……まあ、四つ星のダンジョンアタッカーをメイドとして侍らせる趣味を持っている男は、変質者と呼ばれても仕方ないだろうな」
「落ち着いて聞いてほしい。僕にそういった趣味嗜好は持ち合わせていないし、彼女とは仕事上の付き合い……」
「そうか。連れて行け」
「直ちに」
亜継が結城を会議室から追い出し、自身も一礼して退室していく。
周が困った顔でそれを見送るのを見て、羽場は目を丸くする。
「……伽藍堂結城に笑みを向けられ、惚れ込まない奴を見たのは初めてだ」
「あはは。確かに凄い人でしたけど、アタシにはもう照真さんがいるので」
「そのまま惚れてくれれば良かったのに……(ボソ」
「ん?」
「あ?」
「……話が脱線してるぞ」
脱力しそうな空気になったところで、席に着いた叶が咳払いをする。
「失礼しました。羽場先輩の連絡先を知らなかったので、兄を名乗る不審者に取り次いでもらおうとしたのですが」
「丁度そこにオレがいた、と」
「はい」
「……少なくとも、ここにいる全員は仲良く談笑出来る様な関係じゃない筈だが。何の用だ」
羽場の圧力を意に介さず、叶は兄同様に完璧な笑みを浮かべ続ける。
「私達は以前、照真君に怒られて反省したんです」
「反省?」
「私と彼女……そこの周君がいがみ合う事で、彼に迷惑をかけてしまったり、互いに不利益を被る結果になりました。今後はそれを避ける為、私達は同盟を結んだんです」
「……なるほどな。犬猿とも言うべきお前達が共にいるのは、そういう訳か」
「はい。その上で、黄昏樹海で不愉快な対応をしてしまった事をお詫びに来ました。申し訳ありませんでした」
「……そうか。で?本当の目的は何だ?」
「!話が早くて助かります」
羽場は知っている。そのしおらしい態度とは裏腹に、伽藍堂叶という人間が、たかが謝罪の為に人を呼び、あまつさえ頭を下げる等する筈がないと。
腹芸が得意ではないという自覚がある羽場が早々に促すと、彼女達は困った様な笑みを浮かべた。
「こうして直接お話に伺ったのは、羽場先輩にお願いがあるからです」
「お願い?お前、いやお前達が?」
片や巨大な資本をバックに持つ令嬢、片やmoveで百万人以上の登録者を抱える人気配信者。
「どうか私達に──」
その二人が、わざわざ頭を下げに来た内容は。
「照真君の手料理を食べさせて下さい」
どうしようもなく下らなかった。
持病も無いのに頭痛を感じ、羽場が額に手を当てる。
真顔で何を言っているんだコイツはと思うが、あまりにも顔が迫真過ぎて聞き間違えたのかとすら思う程だった。
「……あー。そんな事をわざわざ」
「アタシもお願いします!二人は照真さんと近い場所にいますけど、アタシは今遠いんです!」
「それはそうだが、そうじゃない。お前達」
「前回の件があってから、私達から彼にそういったお願いがし辛くなってしまいました。ですので、羽場先輩からの紹介でご相伴に預かりたいと、そのお力を貸していただきたく……」
「それはオレにメリットが」
「幾らで買えますかその権利」
「シンプルなマネーパワーで殴るな」
「私の個人的に使える範囲で、GWからの支援を」
「袖の下が分厚過ぎる」
(確かに戸張照真の手助けをするとは言ったが、狂犬二頭の相手は聞いていない……!おい、何とかしろ戸張照真。お前の客だろう)
──一方その頃──
“電車内何も無いな”
“暇にさすなよ”
“この虚無時間何とかしろや”
「いやだって、本来はこの中で戦う予定だったんですもん。勝手に出てきた相手が悪いでしょ」
“言い訳乙”
“それでも芸人かよw”
“は?”
“えー?視聴者が観てるのに何も出来ない人とかおりゅ?ww”
“芸人じゃないんだよなぁw”
“何かしろスイッチ”
“暇つぶしも出来ねえのかよ”
“やってみせろよ!”
「何だこの野郎。そこまで言うならやってやろうじゃねえか!一発芸しまーす!バカッターの真似ー!!」
“www”
“座席でクロールすなー!!ww”
“ファーーーーーwww”
“瞬発力エグいてwww”
“本当に何とか出来るの草”
“勢いだけで笑わせにくるなww”
“やっぱり芸人じゃないか!マトモなのは僕だけか!”
“これは名誉バカッター民”
“不名誉で草”




