第125話 怒りの劫火よ、反撃の狼煙となれ
迷宮型・三つ星ダンジョン『不飢村』
顔の四分の一と右肩から先が獣の姿に置き換わった人型のゾンビ。まるで人狼のなり損ないの様な出立ちのコアモンスター、ヴェンディゴデッド。
それらは古いボロボロの廃屋から次々と湧き出て、ダンジョン内を徘徊していた。
「ほっ、と」
その中の一匹を誘き寄せ、物陰に引き摺り込む。そして、コアが砕けるまでひたすらに刻み続ける。
「ははっ死んだ。やっぱツイてるわ俺」
偶然剣を突き立てた場所にコアがあったらしく、ヴェンディゴデッドはマナとなり霧散する。それを見ながら、男は笑う。
「これが三つ星?クッソ楽じゃん、俺も四つ星クラスになったって感じ?」
自分はツイている。男は常々そう思っている。
幼い頃から他者に取り入るのが得意だった。己の位置は、常に強者の傍ら。強者の影で蜜を吸い、弱者を餌に更なる強者に近付く。そうして彼は、『機転が効き、使い易い駒』の立場を確立していった。
倫理や道徳等、己にのみ適用される常識である。初めて誰かを殺した時も、男は『こんなもんか』という程度の感慨しか持っていなかった。
「『飛刃』!『ブレイズピラー』!」
斬撃を飛ばし、炎の柱を迸らせる。足を切られたヴェンディゴデッドは、逃げる事もできずに火達磨になって消失していく。
「は、はははは!!やっぱ凄えや、スキルってのは!」
勢いに乗った男は、そのまま次々とヴェンディゴデッドを狩っていく。
男にとっての唯一のツイてない出来事と言えば、新たな《《宿主》》が興した新規事業で、複数の暴力団の怒りを買ってしまった事だろうか。
主はそのヤクザ達の抗争によって殺され、自分は命は助かったものの捕まり、余罪を詰められた末に無期懲役の判決を受けてしまった。
しかし、男はまだツイていたと言わざるを得ない。ある日突然、政府とDAGが所有していた非公式な部隊が《《不運に見舞われて》》消滅してしまったらしい。
『お前に仮初の自由と特別な力をくれてやる。これまでの経歴を捨て、我々の手足となるのなら、な』
その言葉に、一も二もなく頷いた。
そして前までの名を捨て、牙となった。
「これがダンジョン……!良いねぇ、前科者やヤクザがダンジョンアタッカーになれねえ訳だ」
DAGは、ダンジョンアタッカーによる犯罪を危惧し、暴力団関係者や過去五年以内に犯罪を犯した者には資格を与えない。
故にヤクザや裏社会に身を潜める者は、未曾有の金脈を独占出来ず、また危険を犯してもリスクに見合ったリターンを得ることが出来ないでいた。
その金脈を、牙は政府の要人を護る為にと受け取ったのだ。
己が強者へと成り変わるチャンスを目前にして、牙は涎を垂らしてしまいそうな程に高揚していた。
「『飛刃』!」
これまでの憂さを晴らす様に、敵を少しずつ嬲りながら殺していく。
牙は確信する。自分は天に愛されている、最後には運が必ず自分に味方してくれるのだと。
「……くく、ははは」
スキルカードを取り出し、レベルアップしたかを逐一確認する。
今は邪魔な《《首輪》》を付けられているが、どうでも良い。レベルアップで強力なスキルさえ手に出来れば……即死級の攻撃を耐えれるスキルがあれば、それはもう勝ったも同然なのだから。
牙は己の運を信じている。だからこそ、気付けない。
「………ん?」
強者によって築かれた運というものは、より圧倒的な強者によって簡単に蹂躙されるのだと。
規則正しい音が聞こえてくる。ヴェンディゴデッドの、何かを引き摺る様な大きな音ではない、しっかりと地面を踏み締める音。
招かれざる客が現れた事を告げる音だった。
(おいおい、今は《《俺の為にDAGが貸し切ってる時間》》の筈だろ。何で人が入って来てんだよ)
苛立ちを隠そうとせず、牙は舌打ちする。
だが同時に、彼の歪んだ自尊心がムクムクと湧き出してくる。
(幸い、聞こえてくる足音は一つだけ。ここに来れるってことは、少なくとも二つ星……良くて三つ星クラス。不意打ちをかましてそいつを《《バラしちまえば》》、装備も丸ごと貰えるじゃねえか。三つ星ダンジョンアタッカーと遜色無いレベルって上に報告すりゃ、今より良い待遇も……)
そうと決めた牙の行動は早かった。
すぐさま近くの廃屋の影に身を潜め、侵入者は近付いてくるのをじっと待つ。
足音の主は迷いのない足取りで牙の隠れる方角へ向かってくる。そして、何かを構えた様な音が聞こえたかと思うと、
「カッ……!!?」
廃屋諸共、牙は吹き飛ばされた。
砕けた材木と共に転がりながら、混乱する頭と身体を必死にバタつかせる。
「何だ、意外と頑丈だな」
体勢を整え、憤怒を漲らせた目で破壊された廃屋の向こうを睨みつける。
立ち込める粉塵からまず顔を覗かせたのは、大口径のハンドガン……デザートイーグルの銃口。大鎌を携え、軽量化された防具に身を包んだ男だった。
「て、んめぇぇ……!!何しやがる!」
「何、って……は?言われないと分かんねえの?」
明らかにこちらを狙ってきた一撃。ダンジョンアタッカーが故意に行なった加害行為は重罪である。それを、このダンジョンに入れるレベルのダンジョンアタッカーが知らない筈が無い。
が、男は飄々とした態度を崩さず、逆に大鎌を構えてその殺意を露わにする。
「確かに、人に向けて力を使えば駄目だな。でも、それはお前には適用されないだろ?牙さんよ」
「!てめえ、まさか《《こっち側》》か?」
(この野郎……《《俺達》》の事を知ってやがる。牙の情報は最重要機密だろ、誰が漏らしやがった。組織内で派閥争いでもしてやがんのか?)
考えを巡らせる。どちらに付くか、誰に従うべきか。
そして、ニヤリと笑う。目の前の男は、こちらを不意打ちをしておきながら、目立ったダメージを与えられていない。《《殺しに慣れていない》》事を、自ら露見させてしまったのだ。
つまりこの男、『最近裏社会に落ちてきた、哀れなダンジョンアタッカー崩れ』だ。そう牙は認識した。
「おいおい、俺が上の連中の誰かに肩入れでもしてるとでも思ってんのか?冗談よしてくれよ。俺を知ってるってことは、どうせお前も社会のクズ……ろくでなしだろ?俺を殺して、お前の雇い主が『牙』に利用しやすい駒でも配置しようとしてんのか?」
「はぁ?マジ止めろ、お前みたいなのと一緒にするんじゃねえよカス」
「…あ?」
「俺は自分の良心とマスターに従って、お前の処分に来ただけ。んじゃ、『黒木』いっきまーす」
言い終わるやいなや、大鎌が牙の首があった場所を薙ぐ。
その一撃をかわし、牙は距離を放して剣を突きつける。
「良心だぁ?下らねえ!人殺しの経験もねえ青二才が、調子乗ってんじゃねえ!何なら、ここで俺がてめえに《《代わって》》マスターとやらに付いてやるよ。俺の方が《《何でもやれるから》》なぁ!!」
二度の奇襲に、牙の堪忍袋の緒が切れる。意趣返しとばかりに、男の首を断つように『飛刃』を放つ。
しかし、それは軽く屈むだけでかわされ、音も無く距離を詰められる。
瞬きの合間に、牙の目の前に男は立っていた。
「へ?」
「へー、家畜の屠殺処分に殺人の経験が必要なのか。知らなかったわ。
で?自分語りもう良い?じゃ、少しずつ本気出してやるから、苦しんで死ね」




