第119話 二人へのお礼
『至強』のリーダー、三鶴城礼司さんのお陰で、空気が引き締まった。再び勉強に集中し、分からない部分を二人に聞いていく。
“聞く回数多くな〜い?”
“凄えな。普段からこれくらい勉強すればいけんじゃね?”
“でもよスイッチ…!記憶力が!!”
“結果として示せなきゃ全部カス!!”
「煩いですよ。そんなこと痛いぐらい分かってます」
俺だって、全部の努力が報われてるなら、頭の良い高校にだって簡単に受かってる。そうじゃないから、こうして色んな人の手を借りて必死に勉強してるんだ。
改めて分かる、自分の要領の悪さと記憶力の無さ。それを自覚して、そんな自分が嫌になる。
「はぁ……」
“ごめんて”
“結構真剣に悩んでたのか”
“根は真面目だからなぁ”
“元気出ろ♡出せ♡”
“抱きしめてあげたい”
“↑人生終わるゾ”
“ベアハッグかジークブリーカー、好きな方を選べ”
「大丈夫だよ、君の良い所は余す所なく分かっているとも」
「そうですよ。寧ろ完璧なんかじゃなくて、ちゃんと人に頼れる部分があって可愛いです!」
「あ、ありがとうございます。けど大丈夫です。もう高校に未練は無いし、どうしても行きたいって訳じゃないので、落ちても別に……」
「「それは良くない」」
「アッハイ。ガンバリマス」
何で急に仲良くハモるんですかね……まあネガティブな言い方した俺も悪いんだけども。
閑話休題。
それからは、また暫く勉強しながら質問して……それを繰り返していく作業が続いた。
そして、時計の短針が3分の1程進んだところで、五教科の主要な内容を一通り巡り終える事が出来た。
「ふぃぃぃぃいいいいいい……」
「お疲れ様。よく頑張ったね」
「スイッチさん、お疲れ様でした。お茶どうぞ」
「あ、すいません……あれ、何でコップの場所分かったんですか?」
“観てるだけで疲れる配信やったな”
“常に何が起こるかワクワクしながら見てたぞ”
“チヤホヤされやがって”
“美少女に囲まれて何疲れた声出してんだよ”
“じゃあ代わりたいか?”
“ごめんなさい”
“ナマ言ってすいませんでした”
勉強で鈍った体を起こすように、大きく伸びをしてストレッチ。
あー、そういえば配信してたんだった。こんなつまらない長丁場に付き合ってくれたスレ民の皆さん、そして三鶴城さんに感謝だな。
「先輩、あまにゃんさん、そしてスレ民の皆さん。今日は長い時間付き合っていただき、ありがとうございました」
「気にしなくて構わないよ。私達の関係も、いよいよ次のステップに移るんだね」
「大丈夫ですよ。とうとうこの時が来たんですね」
「いや配信終わる時が来ただけなんですけど。そんな大層な事じゃないです」
“草”
“互いにニュアンスが違うのヤバい”
“三鶴城礼司:苦手な事にもそこまで真摯に取り組めるとは、素晴らしい精神力だ”
“botさんも褒めてる”
“その人普段から周り褒めてるぞ”
“褒める方のBOTじゃったか”
“今までよく頑張ったな”
何か先輩とあまにゃんさんとの会話に齟齬が生じてる気がする……いや、先輩達も疲れてるのか。分からない部分を沢山答えてくれたんだし、いきなり問題を投げられるストレスは俺以上だよな。そりゃさっさと終わりたいに決まってる。
「先輩、あまにゃんさん。勉強を教えてくれてありがとうございます。それ以外の所でも色々助けてもらって……とても感謝してます」
「何、私と君の仲に遠慮は不要さ」
「いえ、アタシだって心をスイッチさんに救ってもらったんです。そんなに畏まらないで下さい」
二人共、ホントに良い人だなぁ。たった一度の臨時パーティの付き合いしかないのに、こんなに親身になってくれるなんて。
だからこそ、貰ってばかりな自分が余計に情けなくなる。
「何かお礼をさせて下さい。俺に出来る事なら何でも良いので」
「え?」
「ん?」
“あ”
“馬鹿!!”
“おいやばいって!”
“あーあ”
“兄が欲しかったんだよね”
“コイツ何で地雷原に頭から突っ込んでんだ?”
“↑↑お前じゃねえ座ってろ”
あれ?何でスレ民の皆さん、そんな「やっちまった」みたいな反応なんだ?
先輩とあまにゃんさんだよ?優しい人達だし、これぐらい強い言葉で宣言しないとホントに欲しい物とか言ってくれないって。
「……スイッチ君」
「はい」
「本当に、《《何でも》》、良いんだね?」
「?勿論です。どうぞ!」
「そうか。ならまずは私とパー」
「じゃあ最初はアタシと正式にパーティを組みましょう!」
先輩の言葉を遮って、あまにゃんさんが目を輝かせて俺に詰め寄ってくる。会話を中断させられた先輩が、顔立ちの良い人がしちゃいけない目であまにゃんさんを睨む。
あー、パーティの事すっかり忘れてたな。けど、俺の答えはもう決まってる。
「すいません、パーティを組むっていうのだけは無しでお願いします」
「「えっ」」
「え」
え、何でそんな驚くんだ?当たり前の事だと思うんだけど。
「理由は色々ありますけど……一番の理由は、先輩とあまにゃんさんの仲が悪いからです」
「む」
「え」
「俺は皆さんを大事に思ってます。あ、勿論スレ民の皆さんも大好きですよー」
“きゃっ”
“急にウインクすんな心臓に悪い”
“私の事好きでしょ”
“ほんまコイツ……”
“忘れがちだけどちゃんとイケメンなんだよな”
“やべーぞ逆◯だ!!”
“くそ。ちょっとときめいてしまって腹立つw”
“ピースまで付けてくるとかあざと過ぎだろ”
“三鶴城礼司:ありがとう”
“リーダー貴方いつからスレ民に…”
俺を最初に励ましてくれたのはスレ民の皆さんだからね。
一つ壁を挟んだ間柄だとしても、彼等に対する敬意や親愛は忘れた事は無いというアピールもしとかないと。
「吸魔の墓でパーティを組んだ後も、こうして誘ってくれるのは嬉しいです。ありがとうございます。けど、二人のどちらかに肩入れのするようなマネをしたら、もう一人とは絶対に仲が悪くなります。俺はそれが嫌です」
二人は黙って、俺の言葉に耳を傾けてくれる。
“スイッチがまともな事言ってるとし違和感あるな”
“い、言っターーーーーー!!!”
“つ、強い…!”
“初めて二人相手にスイッチが頼もしく見えた”
“沈黙…!圧倒的沈黙…!!”
“よう言うた!それでこそ漢や!”
スレ民はもっとちゃんと俺の言葉を聞いて?
「なので、パーティを組む事だけは承諾出来ません。俺は二人と仲良くしていたいです。それ以外の事なら、何でもしますから」
「………」
「……そうですか。分かりました」
ふぅ、分かってくれて良かった。スレ民の皆さんが何を危惧してたのか知らないけど、この二人がそんな難しい事要求する訳ないって。
「うん、君の思いは伝わったよ。なら私から一つ、欲しい物があるんだが」
「アタシも決まりました」
「あ、はい。何でしょうか」
“嫌な予感しかしない”
“スイッチ人生終了のお知らせ”
“ふと思ったけどスイッチの二人への信頼も重いな?”
“ワイらに対してもやで”
“スイッチはdちゃんでもこんな感じだぞ”
“そのせいで墓場に埋められそうになってるんだよなぁ”
二人は互いの顔を見合わせ、頷き合う。そして、まるで意図していたかのように同じタイミングで俺に向き直り、口を開いた。
「「印鑑」」
「……………………お、お高い印鑑っておいくらでしたっけ(震え声)」
“違うそうじゃない”
“知 っ て た”
“三鶴城礼司:昨今の高級な印鑑は、ダンジョン産の質の良い物で10万円くらいした筈だが”
“↑BOTさんもそっちじゃないww”
“いやたっっっっっか”
“印鑑って何でそんなバカみたいに高いのがあるん?”
“詰んだ!終了!解散!”
“うーんこのポンコツ共”
“私にもちょうだい”




