第111話 vs数多洸
オレンジと黄色の光がぶつかる。
衝撃で空気が揺れ、枝にかかる葉が吹き飛ぶ。
光の中心に立つ男達が、刃をぶつけ合う。
「ぶっ飛ばしてやらあああああああああああ!!!」
「やぁってみろやクソガキィィイイイイイイイイ!!!」
それは、閃光と剣舞の嵐だった。
互いの刃をぶつけ合い、外し合う。光を纏った刃が空を裂く度、光波がダンジョンに存在するオブジェクトを両断していく。
目にも止まらぬせめぎ合いの中で、戸張は数多の変化に、数多は戸張の進化に驚愕していた。
(コイツ…!さっきの《《グヒ》》って言う下手くそな笑いをしなくなったのに、何で身体能力が上がってんだ!?きえんりんかい…これも身体能力を上げるスキル!?もしこのまま上がり続けたらヤバい!)
(さっきから《《意識の死角》》の攻撃を、無意識にかわされる!気をさっきから体内に打ち込んでも、少しずつ《《流される》》!適応され始めている!もし完全に適応が終わったら負ける!)
身体が弾かれ、僅かな距離を挟んで睨み合う。
「「化け物め……!!」」
再び声が揃う。それに気付き、どちらともなく笑いが零れる。
が、それも一瞬。すぐさま絡み合う様に槍と刀が火花を散らす。
「オラア!!」
「はっ!」
数多が渦を巻く様に戸張の周囲を走る。
「『気炎顕界・破竜槌』!」
金色の光……気が形を成し、巨大な杭へと実体化する。杭は数多の指の動きに合わせ、戸張を貫かんと襲う。
「効くかよ!」
それに動じず、二刀で受け止める。地面を少し滑るが、刀は刃毀れ一つ無く破竜槌を切り裂いた。
「うおっ!?」
切り裂かれた破竜槌の奥から、十字槍が飛んでくる。それを慌てて回避した先に《《置かれていた》》刀を、戸張は大きく飛んで逃げる。
「『飛刃』!!」
脚による『飛刃』が、数多を襲う。それを大きく避け、ダンジョンに静寂が降りる。
「ハッ、ハッ、ハッ…!」
「ハァ……ハァ……なるほど、マジックスキルって『そういう形で』放てるのか」
「ハッ、ハッ……知ってんのかー。マジックスキルの『正しい』撃ち方」
「前に教えてもらったからな。あの時は、次元が違いすぎて分からなかったけど、アンタの気炎……何とかを見て、何となく分かってきた」
「ヒヒハハ……!良い師匠を持ったなー。後オメー、力み過ぎなー。筋肉だけに頼るなよー、骨で立つイメージだねー。脱力こそ武器の真髄だぜー?」
「アンタ相手に緊張しない奴の方が珍しいだろ、がっ!」
楽しそうに笑いながら、戸張が日本刀をウェポンリングに収納し、空いた手をパーに広げる。
「『飛刃』!」
そこから放たれるは、五本の指を刃に見立てた五つの『飛刃』。手刀で放つよりも細く、しかし触れれば八つ裂きは免れない死の五本線が、ダンジョンの最奥を飛び交う。
「くぉ……!」
「『飛刃』!『飛刃』!!『飛刃』!!!」
『絶対に近付けさせない』という意志が伝わってくる程の『飛刃』の猛威が、ダンジョンを切り裂き続ける。
戸張は理解していた。武器が届く距離で戦えば、間合いを自在に操る数多の方が有利だと。身体の各所に出来た切り傷が、彼の凄まじさを物語る。
「『烈刃結界』!!」
対して数多は、回避しきれない死の刃を、更に練り上げられた気を十字槍と刀まで覆い尽くし、自身の周囲のみ斬り捨てる。だが、戸張の『飛刃』の威力は途轍もなく、刃は刃毀れし始める。
数多は感じていた。自身の限界が近いと。掠るだけで致命傷になり得る戸張の連撃。それを一発もらった上で、全ての気力を尽くして立ち上がり、その絶死の猛攻を捌き切っている。彼にはもう、次の一撃を耐える体力は殆ど残ってなかった。
お互い、見た目以上に余裕は無い。
それでも彼等は、命を懸けて笑い合う。
「『気炎顕界・削山刀』」
気で作られた巨大な刀が、上から戸張を襲う。マジックスキルを断ちながら落ちてくる様は、処刑台のギロチンの様だった。
「チッ……!」
戸張が舌打ちしながら、断頭台から逃れる。その間隙を、数多は狙う。
「ハッ!」
一撃で竜の首を捥ぐ程の威力を持つマジックスキルといえど、数多にとって『気炎顕界』は己の武術を活かす為の《《取るに足らない小技》》に過ぎない。
それを本能的に理解した戸張は、マジックスキルの対処よりも数多にのみ神経を注ぎ、その体捌きを見切って反撃する。
二人の魂の削り合いは、まるで太陽よりも鮮烈な光を喰い合う、龍虎の死闘。
永遠に続くかに思われた戦い。しかし、『その時』は唐突に訪れる。
切っ掛けを作ったのは、戸張でも、数多でもなく……。
「ァァァァァアアアアッ……!!」
黄昏樹海の真の主。
激突しようとする二人の間に割り込む様に復活したグロウイングドリアードが、翼の形状の枝を広げ
「「邪魔!!!」」
……る前に、金色のオーラに斬り刻まれ、オレンジのオーラによって消し飛ばされた。
「…ッ!?」
異変に気付いた戸張が急停止する。
先程まで目の前にいた数多が、視界から消えていた。数多の居所を突き止めようと、全神経を集中させる。
「『気炎顕界』……」
声が聞こえたのは、戸張の頭上。
上を見上げると、右手を掲げて気を凝縮させている数多がいた。
「--!!」
気が練り上げられる様を見て悟る。彼の全霊の一撃が飛んでくる事を。
「『彗星槍』!!!」
人の手に収まる程の大きさの、しかし触れようとすれば身体が溶けて引き裂かれてしまいそうな、金色の槍。それが、戸張目掛けて落ちてくる。
「……『纏魔気鱗』!!」
戸張が取った行動は回避ではなく、それを全身全霊で迎え撃つ事だった。
『極光星鎧』を消し、全身に気とマナを巡らせ、手を手刀の形へ。そして……。
(もっと、《《先を鋭く》》……!!)
イメージする。己が放ちたい『飛刃』を。
彼がこの時、思い浮かべたのは--。
「『飛刃・破竜槌』!!!」
煌めく流星の如く落ちてくる槍に向けて、手刀を振るう。そこから放たれるは、巨大な逆V字の『飛刃』。
数多の『気炎顕界』のイメージから生まれた新たな刃が、周囲の大気を切り裂きながら天を駆ける。
空を裂く二つの刃が、宙空で激突する。
稲光と衝撃波。遅れて、耳を劈く轟音がダンジョン全体を揺るがす。
今宵、二人が起こした中で最も激しい爆発が、黄昏樹海の森林を更地にする。衝撃の余波による熱風が吹き荒び、土埃や草木を巻き上げる。
二つの刃の衝突。打ち勝ったのは、戸張の『飛刃』。
しかし、それも勢いを無くして消え去り。
「---…」
上空を睨む戸張の背後で、数多は既に刀の鯉口を切っていた。
一閃。
「--オラア!!」
「!!」
数多の神速の一太刀に完璧に《《合わせた》》、戸張の一撃。打ち合わせた刀が火花を散らし、両者の刀が折れる。
「-----ッッ!!」
数多が吼え、踏み込む。
(ああ、畜生……)
その先に、拳が《《置かれていた》》。
『勝ちたい』という想いから、不用意に発された数多の微かな気の変動を捉えた、完璧な先の先。
数多に対する敬意と信頼が、その拳から感じられる。
(悔しいな)
無駄の無い美しい動き。戸張の理想的な身体の使い方に、数多は困った様な笑みを浮かべる。
そして、吸い込まれるように--
《《数多の足が、戸張の顎を打ち抜いた》》。
「ガッ……!?」
(信じちまったよ、オメーの才能を)
骨が砕ける音が響く。刀、槍、拳、そしてマジックスキル。数多の《《手による》》多彩な攻撃に《《適応させられた》》戸張が、突然の奇襲に反応出来ず身体がグラつく。
しかし数多は動きを止めない。返す刀でグラついたこめかみに合わせるように《《肘》》を打ち据えた。
--この勝負の決着を付けたのは、対人経験の差。
「………オ”アッ」
--それをも超える、怪物の執念。
明滅する視界、身体の力が抜け切った状態から、反射的に放たれる拳。
無意識のうちに行われた一撃が、数多の胸に打ち込まれる。拳がめり込み、その小さな体躯が地面から離れる。
「ゴ、ポッ……!!」
--そんな友人がいる事を、男は知っていた。
小さな手が、戸張の頭を鷲掴みにする。浮き上がった身体を戻すと同時に、戸張の後頭部を地面に叩きつけた。
「ガハッ……」
「ッ……!!」
傑物には、最早受け身を取る余力すら残っていなかった。自身も顔面から地面に落ち、大地に転がる。
「ハッ、ハッ、ハッ………!」
「ヒュー…ヒュー…!」
観客のいないその戦いに勝ち名乗りは無く、大地に倒れる二人分の呼吸音だけが、この勝負の終わりを告げていた。




