第107話 地獄の蓋
突然配信が強制終了してしまったと思えば、いきなり後ろから声を掛けられた。
マナドローンの通信を切断した犯人……殺し屋さんと会話している。
俺より少し低い身長。しかし、何故かそれ以上に小さく感じる。死んだ様な目の下にはクマが出来、貼り付けた笑みを顔に浮かべている。その手にはボタンが握られており、もしかしたらそれを使って配信を切断したのかもしれない。
……何となく、雰囲気が似ている様な……気のせいか?
「あー、さっきは殺し屋って言ったんだけどさー、実際は何でも屋みたいな事やってるんだよねー。俺……じゃなくて、《《俺ら》》は『牙』って呼ばれてるよー」
「牙……?」
「政府とDAG、警察の癒着によって生まれた、《《戸籍上死んだ事にされた》》人間で構成された組織だよー。政府の敵や邪魔な奴を揉み消すのが仕事だねー」
「へー…」
「まー……非公式な上に非合法なやり口を使う組織だし、ロクデナシや負け犬の集まりだと思って良いよー。俺は『一号の牙』ねー」
「はぁ……」
「でー。今日は上からオメーの生捕りか抹殺しろって命令を受けてきたんだよねー」
「なるほどぉ……」
うーん、気が抜けるなぁ。間延びした声で話すせいか、緊張感が無さすぎてホントに俺を殺しにきたのか疑わしくなる。
話し方から察するに、この人……一号さんは、殺しは好きじゃないのか?ちゃんと説明してくれるくらい親切だし、もしかしたら悪い人じゃないのかもしれない。殺し屋のイメージって、音もなくいきなり後ろからグサッ!みたいな、暗殺者みたいなイメージだったんだ、け……。
ゾワ、と全身に悪寒が走る。反射的に、目の前の男から距離を取っていた。
「このダンジョンに挑む時さー……んー?どしたー?」
《《何も、感じなかった》》。
この人は、一体いつから俺を尾行していた?現れたのは俺の後ろ、つまり最初からここにいたんじゃない。俺の後を尾けてここまで来たって事だ。
黄昏樹海はその性質上、後ろから攻撃が飛んできてもおかしくない。それを理解していたから、背後以外も警戒してた。
なのに、俺はこの人の存在を今まで察知出来なかった。
気付くべきだった。あれだけ障害物が密集している場所で、音も立てずに近付いてくるその異常さに。俺を狙っておきながら、一切の気配を感じさせないその異質さに。
何よりも、気が直接視える訳でもない筈なのに、《《俺以上に完璧に気をコントロール出来ている》》時点で、この男の強さを真っ先に警戒すべきだったのだ。
何なんだ、この化け物は……!?
「あー、不意打ちなんてしないから安心して良いよー。今こうして話してるのは、俺の誠意だからなー」
彼はこちらの気も知らず、相変わらず間延びした声で話し続ける。
「……誠意?」
「いきなり殺されるなんて理不尽だろー?だから、ちゃんと正体を明かした上で正々堂々と戦いたいんだよねー」
「あの、理不尽って思うなら殺さないでほしいんですけど……」
「ワリーなー。こっちも仕事なんだよねー。オメーが勝ってこの事を世間に公表してくれりゃー、俺らみてーな腐った生ゴミを纏めて焼却処分出来るから、それを目指して頑張れよー」
……ん?何だ今の違和感。まるで俺に勝ってほしいみたいな言い方だな。
「話戻すぞー?オメー、確か《《案件で》》このダンジョンに挑んだ……んだよなー?」
……そうだ。DAGの宣伝の為にダンジョンアタックしている俺に、『DAGからの案件だと言っちゃいけない』っていう条件で案件が来るなんて、変な話だとは思ってた。
それがまさか、俺を殺す為に仕込まれたのだとしたら……。
「まさか……依頼主って伽藍堂さん?」
「伽藍堂?ユウ……伽藍堂結城は確かにやりそーだけど違うよー」
「あれ、違うのか。昨日殺されそうになったからてっきり」
「依頼主はバーコードハゲデブの定年間近のおっさん」
「ブフッ!?あはっ、あはは!酷い罵倒で身元明かしましたけど、色々と大丈夫ですか?」
「どっちが勝っても変わんねーしなー。てかさー、オメーワリー奴じゃなさそーだけど、何で狙われてんのー?」
「え?知らないんですか!?」
ホントに何なんだこの人!?流石にテキトー過ぎないか!?確かに狙われる事に心当たりはあるけど、それを知らずに殺されそうになってる俺の事も考えてくれません!?
「戦う前に色々知ってたらフェアじゃないだろー?それに知り過ぎたら《《殺り辛くなるしなー》》」
「……あの。殺す相手を放置してスマホ見ないでくれます?自由か」
「……おーあったあ……あー……あー」
あ、見つけたのか?まあ自分でも大体察しは付いてる。人の形をしたモンスターが街を練り歩いてるんだから、DAGがそういった指示を出してもh
「《《オメーがD災の被災者だからだなー》》」
――思考が
止まった。
「…………あ?」
「因果応報、悪因悪果が世の常だしなー。でもまさか、こんな形でしっぺ返しをくらうなんて思わねーわなー」
おい。
待て。
「……どういう」
「……そーだよなー、そーいう反応だよなー。《《何故あの日あの時あの場所で》》D災が起きたのか、表向きに公表されている事実とは別の理由があるんだよー。そして、《《何故『ダンジョンの防衛機能』なんて言葉があるのかもなー》》」
身体の内側から、ヘドロの様なドス黒い何かが這い出てくる。ソレはとめどなく溢れ出し、俺の全身を蝕んでいく。
D災の被災者だから殺す?推定モンスターだからじゃなく?何で?知られたくない事があるD災の原因はモンスターの一斉スタンピードじゃなくて別の理由があってそれをこいつ等は隠そうとしてもしかしてD災は《《誰かに引き起こされた》》?
俺の父さんと母さんは、ソレを隠している奴等のせいで死んだのか?
「要は、D災の事を深く知られたくないって事だなー。後の事は、俺に勝ったら教えるよー。内容は全部このスマホに入ってるからなー」
「分かった死ね」
引き金が落とされたかのように、言い終える前に身体が勝手に動く。棒立ちになっている一号を木っ端微塵にする為、《《全力の》》一撃をぶち込む。
「シッ……ッッ!!?」
初撃を《《いなされる》》。四つ星ダンジョンアタッカーの人が反応すら出来なかった俺の全力を、かわすでなく受けるでなく、その場から動かずに威力を流された。
動揺は一瞬、追撃の手は休めない。昏い衝動に突き動かされるまま、ガムシャラに拳を振い続ける。
「ォォオオオオオオアアアアアアアッッ!!」
常人、いや一部の超人さえ視認出来ない俺の攻撃が、ことごとくかわされる。しかし、今奴が動かしているのは上半身のみ。ならば、その中心……腰を狙えば!!
「ッシャァ!!」
「グヒ」
遂に、俺の拳が一号に到達する。轟音が爆ぜ、地響きと共に土埃が舞う。
だが、拳から伝わるモノは、以前感じた様な肉が潰れる感触ではなかった。
「!!!???」
一号は、俺の拳を正面から受け止めていた。最初の位置から依然動かず、代わりに下の地面が俺の攻撃を肩代わりしたかのように粉砕している。
「《《気が乱れてるぞ》》」
「ガッ…!?」
突如腹部に鋭い衝撃が走り、俺の身体が宙に浮く。
何とか足から着地するが、未知の衝撃に思わず膝を着いた。
「ハッ……ハッ……!?」
何だ、これ……!?今まで受けたどんな攻撃とも違う。オークキングの様な、全身の骨を軋ませる衝撃じゃない。まるで槍を直接ブッ刺された様な、身体の一点に集中する衝撃……!『超耐性』を持つ俺の肉体……言ってみれば《《皮膚の鎧》》を貫通してくるなんて、どんなスキルを使ったんだ!?
それだけじゃない。《《攻撃されるまで気を感じ取れなかった》》。反撃や回避の余裕さえ無く、マトモに食らっちまった!追撃が来る!ヤバイ!
しかし、いくら身構えても追撃は来ない。顔を上げると、一号は俺を待っていたかのように喋り出した。
「武術を修めている人間は、ある程度は気が読めるようになる。オメー程じゃなくてもな」
「あ゛ぁ゛ッ……!?」
右手に薙刀の刀身を持つ十字槍を、左腰に刀を携え、間延びした口調ではなく、まるで諭す様な口振りで一号は続ける。
「《《良い眼》》を持ってるみてーだけど、それに頼り過ぎるな。耳や鼻、拳で伝わる事もある」
「………」
「深呼吸して気を練り直せ。怒りと殺意を飼い慣らせ。オメーの全力で殺しに来い。良いなー?」
「ごほっ。スー……ハー…………オーケーだ。
殺してやる」
 




