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オスカー公爵邸

公爵は伯爵より位が高い。

王家の次の爵位だと前世で何度か聞いた覚えがある。

『公爵家は王族の血縁関係なのよ。だから、とっても偉いの。』

どうして、こんな大事なことを忘れていたのだろう。

私は邸を目の前にして、息を飲んだ。


「これは・・・お城ですか?」

「いや?王城はこの邸の倍くらいの大きさだ。」

(公爵邸ですら驚きの大きさなのに、この倍って・・・想像が追い付かないわ。)


セフィードのエスコートを受けながら馬車を降り、驚愕し立ち尽くした私の手をセフィードが引いていく。

「クロエ、まずは父上たちに挨拶だが。疲れていないかい?」

「へ?!公爵様に挨拶ですか!?だ・・・大丈夫でしょうか?私なんかが」

「こら!『なんか』は禁止。私がクロエを気に入って紹介したいと言っているんだ。君は堂々としてて。」

セフィードに叱られながらも、長い廊下を手を引かれどんどんと奥に進む。

(昨夜から私はこの人に右手を掴まれてばかりだわ…)

途中、使用人らが立ち止まり頭を下げる姿に、こちらも立ち止まり頭を下げているとセフィードが苦笑いした。

「いちいちお辞儀を返していたら、父上たちを待たせてしまうよ?」

「は!本当ですね!どうしましょう。」

公爵様はこの邸の主人であらせられる方だ。

昨日まで伯爵家の奴隷だった私がお待たせするなんて失礼がすぎる。

(その場で打ち首もあり得るのではないかしら?)


「軽く会釈程度でいいよ。本来なら無視しても構わないんだけど、君はそういうの嫌だろう?」

言われた通り、会釈しながら通り過ぎる廊下は、ふわふわの赤い絨毯が敷き詰められていて、足音が全くしない。

(まるで雲の上を歩いている気分ね。)

壁沿いには品の良い絵画や、綺麗に花が飾られた花瓶、なんだか古そうだが目に優しい壺などが、廊下を通る人を出迎えるかのように飾られている。

大きな窓が等間隔に並び、キラキラと日差しが降り注いでくる廊下を興味津々で見回しながら歩いていたので、大きな扉の前でセフィードが止まったことにも気付けず、彼の背中にぶつかってしまった。

「す…すみません。」

「大丈夫だ。」

くすりと笑った彼が視線を戻した先は大きな扉だった。

その扉は見るからに頑丈そうで、繊細な模様が彫られた立派な物だ。

(わあ・・・百合の花かしら?)

ふとオスカー公爵家の家紋が百合と鷹を模したものだったと思い出す。

あの紋章が入った数多くの旗から逃げたのは…数日前の感覚だ。


セフィードがドアをノックすると、中から男性の声がした。

私の身体が無意識に固まるのを、セフィードの繋いだ手に強く握られることで、はっとする。


中から使用人がドアを開けて出迎えてくれ、セフィードが足を踏み入れた。

無意識にセフィードの背の後ろに隠れ、そっと中を覗けば、セフィードと同じ青い目をした男性と、優しい緑色の髪の女性がソファに座ってこちらを見ているのが分かった。

「父上、母上ただいま戻りました。」

「ああ、お帰り。で、そこにいるのが知らせのあった娘かな?」

「まあ。」

どうしていいのか不安になり、セフィードを肩越しに見上げれば、彼は一歩横にずれたかと思うと、私の背を軽く押して公爵らの眼前に私を押し出した。

「はい。彼女がハマード伯爵邸の帰りに出会ったクロエリアです。」

「あ・・・クロエリアと申します。」

ぺこりと頭を下げる私に、公爵夫人が「まあまあまあ。」と声を上げる。

「セフィードが紹介したいって言うから、もうワクワクして待っていたのよ!知らせの通り可愛らしいわ。とうとう、私にも念願の娘が出来るのね!」

夫人に視線を受けた公爵が人好きのする笑顔を私に向けてきた。

「ははは。クロエリアだったね。緊張しなくていいから、2人ともこっちにおいで。セフィードが我儘を言ったみたいで、大変だっただろう?」

「え?そんなことは・・・(ないこともない?)」

思わず言いかけた言葉を止めてしまった私をセフィードがジロリと見下ろした。

「クロエ。なんで、そういう時は素直な反応を見せるの?」

セフィードが大きく息を吐き出したので、慌てて謝る。

「す!すいません・・・」

咄嗟に頭を下げた私の頭をセフィードが撫でる。

「別に怒ってないよ。どうせマルクスが父上に一部始終を知らせているだろうしね。」

「当然です。」

いつの間にか後ろに控えていたマルクスに驚く。


セフィードは私の肩を抱くと、公爵たちが座る席の前のまで誘導し、私を座らせた。

「え?セフィード様…私…」

「クロエ。私の言う通りに同じ席に座るんだ。いいね?」

有無を言わせないセフィードの笑顔にこくこくと頷くと、言われるがままに押し黙った。


(落ち着かないわ・・・ハマード伯爵邸とは比じゃないオーラがある・・・)

テーブル越しとはいえ、こんな近くからセフィードのご両親に興味津々に見つめられ、どうしていいのか分からなくなり、背筋に変な汗が滲んでくるのが嫌でも分かる。

「クロエ。ゆっくり息を吸って・・・吐いて・・・。」

隣に座るセフィードの手が私の背を撫でる。

声に合わせて深呼吸を数回繰り返していると、少しずつ頭が冷静になってきた。

「私が話を進めるから、君は聞かれたことにだけ答えたらいい。出来るよね?」

セフィードの青い瞳が、心底私を心配していることが分かり、私は頷いて見せた。

(聞かれたことに答える。それだけでいいなら。)


「うん。君たちの事はマルクスや護衛たちからも話を聞いているよ。色々大変だったね。御苦労様。」

「いえ、ハマード伯爵領は噂以上に酷い所でしたが、クロエを見つけられたことは僥倖でした。それで父上、クロエをオスカー公爵家で預かりたい。私がそうしたい理由は聞いていると思いますが。」

セフィードの発言に驚きを覚えつつ、黙って時が過ぎるのを待っていると、マルクスがお茶を出してくれた。

マルクスの淹れたお茶を飲んだ公爵夫人が「まあ!」と小さく声を出し、公爵がニヤリと笑う。

(セフィード様は公爵様似なのね…。)

「マルクスからの援護射撃は相変わらず強烈だな。ああ、クロエリアをうちで預かることについては何の問題もない。というより、それ以外の方法としてはもう王家に預けるくらいしか方法がないだろう?」

(マルクスの援護射撃ってなんだろう?)

「それは嫌です!父上、私は従兄弟(いとこ)とはいえ、王子たちにクロエを差し出す気はさらさらありませんよ。」

「じゃあ、お前が娶るか?」

「はい。そのつもりです。」

「まあまあまあ!セフィードの初恋ね!?今日はお祝い料理にしましょう!」

あれよあれよという間に、会話が流れていく。

(ん?娶る?誰が?誰を?)

話に付いていけず、セフィードを見れば、青い目が細められそっと耳元で説明された。

「将来、クロエを私の奥さんにするって言ったの。」

「ふえっ?!?!?!お…おおお…奥さん?!」

あまりの驚きに声が裏返る。

「ああ、今まで一番の分かりやすい表情になったね。クロエ。」

なぜか楽しそうに言ってのけるセフィードに理解が追い付かない。

そんな私の様子を公爵と夫人は穏やかに笑って見ていた。


突然の爆弾話で、その後の会話の内容は全く耳に入ってこなかった。

茫然自失とはこういうことだろうか。

ハマード伯爵邸とは別の意味で恐ろしい。

(お貴族様って・・・みんな気まぐれなものなの?)

あ、そうか。

気まぐれなのか。

今はこんなふざけた冗談を言っているが、時が経てばまた気が変わるに違いない。

その時までに、私は自分に出来ることを増やして、使用人になるなり、何か仕事を見つけたらいいのではないだろうか?

9回の人生同様、彼に殺される可能性はあるが、それでもハマード伯爵邸から初めてまともに逃げ出せたのだから、’’もしかしたら’’はあるのかもしれない。

(彼に殺されない未来も、彼の近くで観察していれば見つけられるかもしれない。)

少しだけ希望が見えてきたと考え直した所で、その場の全員の視線が私に向いていることに気付き、はっとする。


「え?」

何故か、生温かい視線が一斉に突き刺さった。

(思考に意識を取られすぎてしまったわ…情けない…。)

9回分の奴隷メイドとして身に着けたはずの『冷静さ』を忘れてしまっていた自分を責める。

そんな私の目の前に、公爵の大きな手が差し出された。

「うちの未来の嫁として歓迎するよ。クロエリア。」

「よ…よろしくお願いします。」

(触っていいのかな?)

おずおずとその手の上に手を重ねると、ぎゅっと握られた。

(ああ・・・確かにセフィード様のお父上だわ・・・)

そんな感動を覚えたのだった。

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