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正解が分からない。

マルクスから説明を聞いたあと、私は涙が止まらなくなり、そんな私の涙を拭ってくれたセフィードに、とても失礼なことをした自覚はある。

あの青い目に見つめられると、どうしていいか分からない何かが私の身体の中を駆け巡るのだ。

それは熱を帯び、身体を震わせ、目を潤ませてしまう。

パニック状態の私は、思わず、セフィードを突き飛ばしてしまった。


(私、殺される?)


9回の人生で、私を殺した相手なのに。

なぜか、あの目には戸惑ってしまう。


午後の休憩時間、セフィードとのお茶の席で私の出生の話を聞いた時、私は不安だったのだと思う。

もし、私が女神の生まれ変わりでなかったら?

殺されるのは、仕方ないと思う。

でも、セフィードに嫌われてしまうのではないか?

呆れられてしまうのではないか?

捨てられてしまうのではないか?

そんなことを思ったら、心臓の辺りが苦しくなってきてしまった。

そこに、メイドのシエラやってきて「外は雷だ」と伝えられたが、そんなことはどうでも良かった。

雷も雨も、さして珍しくなかったから。

それより、この胸の苦しい痛みは、なんなのかしら?

「お嬢様、それは『恋』です。」

シエラが明るい笑顔で私を見つめ、抱きしめてくれた。

「お嬢様はもう、名前のない奴隷ではないのです。侯爵令嬢って言ったら、公爵家に嫁ぐにはぴったりの爵位ではありませんか?これぞ運命ですね。」

恋愛というものに全く触れて来なかった9回の人生。

そういえば、アイリーンがどこぞの公爵子息に熱を上げたと侍従が話していたのを聞いた気もする。

しかし、私自身にそんな経験はないので、全く意味が解からなかった。

あの時、もう少し周りの会話を聞いていたら良かったのだろうか?


シエラに抱かれたまま、背中をぽんぽんと優しく叩かれあやされているうちに、私の気持ちも落ち着いてきた。

「シエラ、恋ってなに?」

そっと彼女の胸の中で見上げた先で、シエラの茶色い瞳が私を捕えた。

「相手を思うとドキドキしてぎゅーってなって、苦しくて、でも嫌ではなくて…そういう気持ちです。」

(ああ…なるほど。確かに当てはまっている。)

「…そういうこと…。」

「はい。お嬢様のその思いは、いつかセフィード様にお伝えくださいね。」

「ええっ?!?!」

思いもよらないシエラの言葉に、私は落ち着かなくなっていく。

「いつか、ちゃんと伝えないと、後悔します。」

真剣な眼差しを向けられ、嫌とは言えないと、顔を隠す。

「…うん。」

(いつか…伝えられたら、伝えよう。)


まさか、シエラのあの言葉が事あるごとに私の頭の中を蹂躙するとは…。


(絶対、今日の私は変だと思われたわ。)

セフィードと目が合って、思わず反らしちゃったし。

手を取られて、顔が熱くなったし。

耳なんて触られたら…息が苦しくなった。

そして、挙句の果てに突き飛ばしてしまったとは…。

(伝えるとか云々の前に、刺される気がするわ。)


周囲の苦笑いと、セフィードの呆然とした顔に堪えられず、急いで戻ってきた自分の部屋のベッドの上でジタバタしてみたが…一向に落ち着く気配がない自分の中の’’何か’’に、嫌気がしてきた。

(こういう時は『無』よ。そう、何も考えない、何も感じない、何も思わない。)

メイド時代に鍛えた『無』の仮面をもう一度被り直すイメージに集中していると、ふと、窓の外に気配を感じて、近づいてみる。

「!!!」

「やぁ!クロエ。」

部屋の窓のガラス越しに映るはセフィードの満面の笑顔。

しかし、目が笑っていない。

(殺しに来た?!)

「セフィード様…?」

この部屋は3階にある。

隣の部屋のテラスからこの部屋のテラスに飛び移るにしても、危険が伴う行為だ。

窓を開け、どうやって来たのかを聞こうと口を開いた瞬間、私は彼の腕の中に捕らわれた。

「捕まえた。」

「え?」


彼は間違いなく怒っていた。

私を抱きしめたまま、耳元で長い長い説教を受けてしまったのだ。

「クロエが私から逃げることは不可能と思いなさい。」

「・・・はい。」



     *-*-*-*-*-*



やっと解放された私は、テラスのベンチに座るよう促された。

その際、私の部屋に投げてあったストールを身体にぐるぐる巻きにされてしまった。

大人3人が余裕で座れる大きさのベンチに、隣り合って座ると、セフィードが空を指さした。

「え?」

思わず、彼の指を追うように見上げた空は満天の星空だった。

「綺麗…」

「ハマード伯爵邸にいた頃は、星空も見れなかったでしょう?」

セフィードの言葉に頷く。

9回の人生の中で、私の知る空はいつも曇っているか雨が降っているかだった。

どんなに土砂降りの雨でも、セフィードが放った火はハマード伯爵邸を炎で包み込んだ。

あれは、どうやったのだろうか・・・。

今となっては分からないけれど、セフィードにはそういう力があるということなのだろうと思う。

「暗いし、隣なら、私の顔も見えない。」

耳に届いた言葉に驚き、彼の方を見る。

確かに暗いし、いつもより見えにくい。

(セフィード様の顔が見えにくいということは、私の顔も見えにくいってことよね?)

突然熱を帯びる顔を見られることはないのだと思ったら、ほっとする。

「…ありがとう、ございます。」

私の小さな声に、彼は「いいえ」と答え、小さく笑ったのが分かった。


「嬉しかった。」

ふいに呟くように言ったセフィードの言葉に、私は首を傾げる。

「私を見て、恥ずかしいって思ってくれたこと。」

「へ!!」

一気に熱くなる身体の熱を、どうして良いものかと焦るうちに、夜風が冷ましてくれる気がした。

(心地よいとは、こういうことかしら。)


『相手を思うとドキドキしてぎゅーってなって、苦しくて、でも嫌ではなくて…そういう気持ちです』

シエラが言った言葉を思い出す。

「…確かに。嫌ではないですね…。」

「ん?」

「シエラが教えてくれたんです。この身体の中にいる変な何かの正体は『恋』というんだって。」

「・・・クロエ?」

「突然身体が熱くなったりするから、嫌だと思ったんですけど…今は心地よいんだと思います。」


ちゃんと伝えられたのだろうか?

シエラが伝えないと後悔するって言っていたから、私は頑張ってみたつもりだが。


隣で黙り込んでいるセフィードが心配になってきた。

やっぱり、言うべきではなかったのだろうか?

不安が膨れ上がりそうになった時、ふっと息が漏れる音が聞こえ

「嬉しい。」

小さな声が耳に届いた。


セフィードが嬉しいことが、私をほんわか温まるような気持ちがする。

温まるとなんだか、どんどん瞼が重くなって。

私は意識を手放した。



     *-*-*-*-*-*


目が覚めた時は、空が白ばむ朝だった。

あれ?ベッドで寝てた。

昨夜、テラスのベンチでセフィードと話をしている途中から、記憶がない。

もしかして、あそこで寝てしまった?!

一気に血の気が引く思いがする。

ここがハマード伯爵邸だったなら、私は間違いなく体罰確定だ。

謝罪をしなければ。

私の謝罪なんかで許されるの?

謝る度に足の爪を剥がされた記憶が甦る。

その次の瞬間には『なぜ謝らないのか』と歯を抜かれた記憶が甦る。

どうするのが正解なのか、分からない。

「おはようございます。今朝は早いお目覚めですね。」

そこにやってきたモアの笑顔に思わず飛びついた。

「モア!私、どうしたらいいのかしら?」

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