プロローグ
夜の帷とばりが下りる頃。
長閑な田園風景が、一瞬にして戦火の炎に飲み込まれる。
この日が来ることを覚悟していたつもりだった。
覚悟していたけれど・・・覚悟が足りなかったのだろうか。
震えながら剣を構える私の視線の先で、こちらを見つめる碧眼に、息を飲む。
(義眼じゃなかったら、眩しすぎたかもしれないわ。)
噂で聞くより清潭な顔立ちの彼に見下みおろされ、安堵の思いが込み上げてくる。
今頃、主人たちは国境を越えて、既に安全圏に避難しているだろう。
私の最後の仕事は完遂した。
主人から手渡されていた刃の欠けた古びた短剣を、彼の胸元に向けて握りしめる。
(今回も、私の人生を終わらせるのは…やっぱりあなたなのですね。)
「…セフィード・オスカー」
「俺の名前を知っているとは…。身代わりの捨て駒にしては賢いようだ。」
ほんの少し、青い目を丸くした後、哀れむように見つめてくる眼差しに、殺意がないことを悟る。
「お前はなぜ、あんな奴らの身代わりになる?命を懸ける理由はなんだ?」
心底軽蔑しているかのような、理解に苦しむという視線だ。
(今回もそんな顔をしてくれるのね…。)
私の震える手首を掴んだ彼の大きな手が、一捻りすることで、持っていた短剣は簡単に床に落ちた。
手首を掴んだままの青い目の主は私に問いかける。
「女性なのに髪はなく、この目だって義眼だろう?口の中の歯だってないじゃないか。爪も所々剝がれているし。見た所、あちこち痣だらけで…。それなのに何故だ?」
「私は終わらせたいのです。」
私がまっすぐに見つめ返せば、苦しそうに彼の顔が歪む。
「私が何をしたのでしょう?物心がついた時には背中に印が押されていました。空腹は当たり前、主人の気分で殴られ抉えぐられ…犯され壊され、それでも死なせては貰えない…。あなたも貴族なら教えて欲しい。私は…なんの為に生まれ、何のために生かされたのですか?」
「…!」
青い目が苦々しく閉じられる。
苦しいのも悔しいのも私のはずなのに、まるで目の前の人が苦しみを背負ってくれているかのようだ。
(ああ・・・もう、十分だ。終わろう。)
「お願いします。私が人間であるうちに殺してください。」
苦しそうに何かを言いかけた彼が、思い切り剣を握りしめる。
銀色の剣先が私の心臓を貫く瞬間。
私はその剣の柄に付いた赤い宝石を見つめ呟いた。
「これで9回目。」