異様な数と想定外
「そっち言ったぞ!剣姫!」
「あまりその恥ずかしい渾名で呼ぶな!」
「援護するよ!とばりん!」
「斬るぞっ!」
「えーっと、スキル使うけど気をつけてね?その調子なら心配ないだろうけど」
7階層での戦闘も繰り返すこと数度、乱入や続けざまの戦闘で細かく遭遇回数を数えていない灰たちは、異様に多い魔物の数を前に、中腹辺りから歩を進めることが出来ずにいた。
「敵!ゴブリンメイジ確認!魔術スキルに気を付けろ!」
前線にて警報の役割を有する偉助から緊迫した声が飛ぶ。
集団戦最中の向かい風の中に、厄介な敵が紛れ込む。
石畳をカツカツと音を鳴らす杖を握った小醜人が敵の列の末席に加わった。
息を切らした様子に、苛立った表情が灰には印象的だった。
敵のゴブリンメイジは、灰達には理解の及ばない言葉を喚き散らすと、直後にその足元に魔方陣を展開させる。
掲げられた杖に火の粉が集う。それは次第に人の頭ほどの大きさになり、赤々と燃え盛った。
「くるぞ!」
振り下ろされた杖に従うように火球が放たれる。
「僕狙いかー」
足のある偉助と別格の帳、そして同じ魔術師に耐性を持つ相賀を避ければ自然と自身になるかと、苛立った気持ちを落ち着かせる灰。人類に理解の及ばない陣を睨み付け、音として上手く拾えない詠唱に舌打ちを鳴らそうとした灰の様子は誰にも気取られていなかった。
素人の投げる野球ボール程度の速度の火球を最小限の動きで回避する。灰は音を立てて石畳に燃え広がる火球を見て威力のほどを察した。
差程の痛痒も与えられなかった小醜人は腹立たしげに杖を何度も床に突いている。
「灰!大丈夫か!」
武器を交える眼前の骸骨から顔を背けぬまま投げ掛けられた偉助の声に灰は落ち着いた声で返す。
「大丈夫。あれくらいならドジは踏まない」
「敵の守りを突破する!滝虎!代わってくれ!」
直ぐ様帳と立ち位置を入れ替え、帳が支えていた前線に灰が割ってはいる。散らばった幾つもの骨に足を掬われないように注意を払う。偉助の周りにも骨は散らばっているが帳がいた周囲は量が違った。一人で前線を大きく支えていたのが見てとれる。
偉助は偉助で倒すペースは遅いものの、周囲を囲まれても、完全に包囲される前に抜けては一体を倒し、また動いて倒すといったように、複数の敵を一度に受け持ってもそれを維持し続けているために、帳とは違った方向で前線を支えていた。
「援護するねっ。《降りかかる息吹き》」
相賀のスキル発動と共に、骸骨立ちは上から吹く風によってその場に押さえつけられた。身動きの取れなくなった敵を見て灰はすぐに帳へ顔を向ける。
「帳さん!あそこに!」
灰が目線を向けた先に剣を投じる。
風の圧力で身動きが取れずカタカタと骨を鳴らす骸骨が一体。その後ろ。
投じられた剣に体を砕かれた骸骨のその後ろに、縫うように道が出来ていた。賢しらぶった小醜人へと続く道が。
一瞬、帳はそれに気付いて瞠目するもすぐに駆ける。
前線から徐々に風が弱まり、動き出そうとする骸骨を偉助と灰は穴を塞がせぬように牽制する。
「おらよっ!お膳立てはしたからよ!うるさい奴を黙らせてきてくれよ!」
「任せろ!」
薄くなったとは言え、未だかかる風圧の中、まさに風を切るような速度で小醜人へと距離を詰める帳に、金切り声のような詠唱を唱えていた小醜人の声が一瞬止まる。慌てたように詠唱速度を早めるも間に合わない。小醜人を守るように立っている骸骨を殴り倒した帳はすぐに鞘に納まった柄に手を掛ける。
────帳一刀流・猿叫
鞘に強く擦り着けるような鞘走り。
「!───」
居合い一閃。
銀線と共に倒れた小醜人に声はなく、その断末魔を奪ったかのようなけたたましい音が鳴り響いた。
厄介な魔術スキル持ちの排除に成功した灰達のその後の戦闘は非常にスムーズなものだった。
敵陣を駆けた帳は当然、周りを囲まれた状態で孤立するも、全ての骸骨を一薙ぎで葬っていく。
灰や偉助も二人で前線を維持し、相賀が帳の援護に集中することによって帳の負担を減らしている。
結果、想定外の敵の多さに戦闘自体は長引くも、然したる問題も無く殲滅に成功した。
「怪我はない?」
少し離れた位置にて残心状態にある帳に三人は歩み寄り、安否の言葉をかける灰。
「あぁ、そちらこそ手傷はないか?特に春日の方は敵に囲まれていたように見えたが」
「問題ねーよ。合間で周成が援護もくれたしな」
「僕も後ろの方で魔術使ってただけだから、スタミナだって残ってるよ」
「問題なさそうだね」
灰が相賀からの援護がなかったなと思いながらも、おくびには出さない。
「それにしてもえらい数だったな。7階層って普段からこんなに敵が湧いてくるものなのか?」
灰と偉助は初めての到達階層の歓迎に辟易と言った様子で疲れの顔を見せる。
肉体的にも疲れが見え始めたが、数で圧倒される負荷が、精神的な疲れを大きくしていた。
「普段はこんなにも魔物があふれるように湧いてくることないのだがな」
「他のパーティーは大丈夫かな?」
この時期の三年生の平均的な到達階層は8階層付近。
最後尾から探索を始めた灰達は、途中いくつかのパーティーを追い越したが、ほとんどのパーティーは先を進んでいるはずだ。
折り返すパーティーにもすれ違ってはいない。折り返すにはやや早い時間帯という事と、比較的に狭い方のダンジョンとはいえ、複数の通路を要する迷宮型のダンジョンであるがために他のパーティーとすれ違いになるという事はそう多いことではない。他のパーティーとの情報交換が容易ではないというのは不便だ。当然、通信機器もこの中では機能しない。
「そうだな。プロの常駐探索者も先生達もいることだし、最悪なことにはならないと思うが……」
相賀のパーティーのこともあって、学校側はより安全に力を入れ、ダンジョン内の警備の数を増員してている。一部の例外を除いて、学生の探索者よりも当然強い者ばかり。今の戦闘の敵数くらいならどうという事もない程度には実力が保証されている者ばかりだ。
「相賀の援護よかったぜ。サンキューな」
「以前の僕とは違うってわかった?もう子どもの頃とは違うんだからね」
「2人は小さい頃からの付き合いなのか?」
二人の関係性を知らない帳はそのやり取りが気になったようだ。
壁に凭れ掛かって休む偉助は何かを思い出すと僅かに表情に影が差したが、すぐに普段の顔つきに戻ると答え始める。
「家が近くてな。昔はよく一緒に遊んでたんだよ」
「僕は昔から気が弱かったから、虐められやすかったんだ。でもいつもいっくんがいじめっ子たちを追い払ってくれてたんだ。だからいっくんは昔から僕の憧れなんだ」
昔を懐かしむような相賀の言葉に、帳と灰は二人の仲の良さに納得した。
特に相賀の偉助に対する普段から伺える信頼は守られた経験からきているのだとわかる。
「やるじゃん偉助。君にそんな誰かを守るようなヒーロー性があったなんて。僕なんてMPK宣言されたのに」
「やめてくれ。昔の話だよ。家がちょっと特殊で鍛えられてたから、調子に乗ってただけだ」
ぶっきらぼうに返す偉助はそれ以上の話を嫌うように首を振って話を打ち切った。
「てかあんたさっきのあの技なんだよ。すっげー音なったかと思ったらあのやかましい奴がぶっ倒れてたんだが、あれ居合抜きってやつだろ?」
「あれは私の修める流派の技の一つ、猿叫という。刀を抜く際に鞘に一瞬強くひっかける事で抜刀の速度と威力を上げている。つまりはデコピンの要領を利用した居合抜きといったところだな」
淡々とした説明ではあったが、どこか胸をはって誇っているような様子が伺えた。
少し胸が強調されたのを灰は見逃さなかった。
「スキルじゃないってことかよ。一人だけマジのバトル漫画みたいなことしてんじゃねーか」
「なに、誰だって真面目に鍛錬を積めばこれくらいのことはできるさ」
「おっ……それってどのくらい?」
視線をちらちらと動く灰だか声だけは普段通りだ。
「3年もあれば十分ではないだろうか?」
自分はどのくらいかかっただろうかと記憶を探る帳は、灰の視線には気づかない。
「しかし滝虎、よくあの瞬間に敵陣の穴を見つけられたものだな」
「それが強みで助っ人をしてたからね。効果的だったでしょ?」
「あぁ、あの瞬間でなくては敵陣突破はもっと時間がかかってお前達の負担を強くしていただろうな。そういう意味では慧眼だった。流石だな滝虎」
「帳さんに誉められるのは嬉しいね」
「だが、剣を投げ捨てるというのは一人の剣士としては頂けない行為だったな。控えた方がいい」
「あ、はい」
「実際お前、剣を手放した後、拾い直すまで一体も倒せてなかったもんな。俺がフォローしてなかったら今頃怪我でもしてたんじゃね?」
いらない事を、と灰は偉助を睨み付けるが、偉助の様子はどこ吹く風。
「やはり、無手での戦闘までは習得していないようだな。それなら尚の事だ滝虎」
注意を受けた灰はしゅんとした様子で殿位置へと移動する。
その様子にすこし言いすぎただろうかと帳はどこかバツの悪い様子だ。
灰達一行は幾度かの戦闘を繰り返しながら7階層を進む。
出てくる敵は6階層と同じゴブリンに続き、新しく姿を現し始めたスケルトン系統。装備のないスケルトンがほとんどではあるが、中には剣や盾を装備したスケルトンも多くはないが居た。
灰と偉助は初めて遭遇した相手にも大した苦戦も無く、倒せている。
帳は2人の対応力の高さに口惜しげな気持ちが湧くのを抑えられずにいた。
偉助も灰も、個人としての能力は学生の域を超えている。
それがスキル偏重の考え方に圧され、頭を押さえ付けられ、頭角を現す機会を奪われ続けているように帳には感じられた。
「2人はもっと周りに主張はしないのか?それだけ戦えるなら、どのパーティーでもとはいかずとも、理解し、上手く使ってくれるパーティーがあってもおかしくないはずた」
その疑念に灰と偉助は顔を合わせる。
「言ってくれてる事は嬉しいけどよ、俺達だってずっと───」
「止まって」
「───あ?どうしたんだよ灰」
「滝虎君?」
「どうしたんだ?敵はまだ……うん?何かが走って来ているな」
灰の言葉に遅れて察知したのは偉助と帳。こちらへと勢い良く走ってくる人に似た影が遠くに見える。
「タッパのあるゴブリンってことはホブか?」
小学生程度の身長しかないゴブリンだが、突然変異なのか、成長した姿なのかは不明だが、大人と同程度の体格を持つゴブリンが存在する。力も強く、ずる賢さに磨きのかかったホブゴブリンは、数が揃うと下級の探索者には荷の重い敵になることで有名だ。所詮はゴブリンだと嘗めてかかったルーキーが残忍な死体で見つかるのは珍しい話ではない。
「ホブゴブリンとは言え、一体だけなら問題ないだろ。後数秒でせっ──あ?」
次第に姿がはっきりとし始めたホブゴブリンに偉助は戸惑った。
なぜならそのホブゴブリンには片腕が根本から無かったからだ。
何かに駆り立てられるように向かってくるホブゴブリンの表情に余裕は欠片もない。こちらを獲物とも思っていない様子もない。
ただ何かから逃げるように。
再接近した瞬間、帳が前に。
一閃。
僅かな交錯でホブゴブリンは睨み付けるように倒れ込んだ。
「おかしな相手だった」
刀を鞘へ納めた帳は、今しがた斬り伏せた相手の不可解な動きに疑問符が浮かぶ。
「何かから逃げてきた?」
偉助の抱いた印象は他の三人にも通じていた。
「で、でも魔物がなにかから逃げるってあんまりないんじゃ……よっぽどの相手でもない限り」
魔物は非常に好戦的であり、多少の不利を物ともしない。
「つまりは、そういうことだよね」
灰の様子に普段の飄々とした様子はない。
「逃げるか?」
前方を注視しながら後ずさる偉助。
「どんな相手か気になるが、身を寄せさせてもらっている身だ。無理は言えないな。なんなら私が足止めをしようか?」
男前な台詞を決める狂戦士の表情はどこか楽しげだった。
「悪いけどもうみんな標的にされてるよ。逃げられない。強制戦闘イベントだね」
───重圧。
突如として襲いかかってきた身が竦むような空気の変化に呼吸をするのも忘れる。
「きたね」
「な、んだこれ」
「ちょっとこんなの聞いて……」
「……父上以来のプレッシャー……これは流石にまずい相手かもな」
ダンジョンの奥の暗闇から人のような影が姿を現した。
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