即席パーティー
相賀の言っていた事はその日の内に実現された。
ルールを設けた中での決闘方式による実技の授業にて、三度の対戦を全て圧倒して見せたようだ。それは他の者から見ても以前の相賀とは考えられないほどの力だったと言う。
かつての落ちこぼれが、奇跡の帰還を遂げ、そして驚く程に急成長を遂げていた。まるで物語の主人公のような展開に学校中がその話題でもちきりだ。それは数日たった今でも熱が冷める様子はまるでない。
「勇者フィーバーに続いて帰還者フィーバーの到来だね。ダブル主人公じゃん」
「……」
「偉助?」
いつも下らない内容でも気安く乗ってくる偉助は、陰のある表情を浮かべたままこちらの話に耳を向けていない。どこか苛立たし気な雰囲気まで読み取れる。
「あ、すまん。なんだっけ?」
「相賀くんの事だよ。生還してきたと思ったら前よりすごく強くなっててまるで主人公だねって話」
「気に食わねーな」
その毒は探索実習のため、ダンジョン前に集まる生徒達をその一重瞼の目に収めて吐き出された。
「?」
思わぬ返答に灰の目がやや見開いた。
「周成が、じゃねーよ。周りの反応がだよ。あれだけ見下してた癖に手のひら返しかよ」
偉助の憤りも最もだ。一年生の頃から続く虐めに、周りの生徒も先生も目を背けて来たのが実情だ。そしてそんな弱者を人は無意識に下に見る。見下す。虐めに加わらずとも心のなかで思っている事は虐めの当事者達とそう変わらない。
「相賀くんが見返してやって、周りもそれを素直に受け取ったって考えれば良いんじゃない?」
しかし、そんな事を言っても何も解決にもならない。いや、本人が努力をしてその評判をひっくり返して解決したのだと考えたほうが健全だ。
いくら以前の心境を全員に咎め立てた所で本人達に当事者意識などはありはしないのだから。下手に蒸し返して突きつけた所で状況を悪くするだけだ。今の状態が一番丸いと言えた。
「そんなポジティブに受け入れられるかよ。それに……」
「なに?僕の話をしてるの?」
「周成」
話題沸騰中のトレンド話をしていたらその本人が現れた。黄色い声でも上げたほうがいいかな?と灰は首を傾げる。
「どうしたの?もう探索実習に参加して大丈夫なの?」
「精密検査も一通り終わってやっとなんだよー。帰ってきたその日の内に元気に戦闘訓練受けたのに神経質だよねー」
本来なら帰ってきてすぐに検査が正しい判断なのだが、本人の強い希望で戦闘訓練に参加させてもらったようだ。この授業の担当が帰ってきた相賀を、早々と熱く抱き締めていたあの熱血教師なのだからまぁなんとなく納得だろう。
「いや、前例の少ないことなんだから、神経質になるのも当然だろ。むしろ五体満足でどこも不調がないのが不思議なもんだ。それどころか強くなってるなんて反則だろ」
「気付いたら使えるスキルも身体能力自体も強くなってたんだよねー」
スキルの習得も能力向上もちょっとやそっとの戦闘回数と質ではそうそう都合良く行くものではない。
「ほんと中でなにがあったんだよ」
「それを思い出せれば、他の皆の行方もわかるかもしれないんだけど……」
心配な表情を浮かべる偉助に、相賀はこめかみに指を当てて考え込む。
「他のって言うと、あの言い噂聞かない人達だよね?」
「あいつらか。正直良い感情は持ち合わせてねーけど、無事だと良いな」
灰の言葉に偉助は表情を曇らせる。
「いっくんはあいつらの事心配なの?」
偉助の言葉に反応した相賀はその不満気な態度をありありと伺わせる。
「周成……当然だろ。いくら素行が悪いとはいっても同じ学校の生徒なんだ。全く関わりがなかったってわけでもねーし。そこは灰も同じだろ?」
相賀と同じパーティーだった生徒達がどんな人間だったかは灰も偉助も良く知っている。いや、三年生なら全員が知っていてもおかしくない。それだけ素行の悪い不良グループだったのだ。
「そうだね。僕なんて一時期同じパーティーを組んでた事もあるから。偉助より接点が多いんだ」
「っとそうだったな。悪かったよ灰」
とは言っても事情で潜れないパーティーメンバーの代打での参加で、数回程度ダンジョンに潜ったに過ぎない。
人格に問題はあれど何度か言葉を交わしているとそれなりに情は湧く。灰の人となりを多少理解している偉助は率直に謝る。
「所で相賀君も実習に参加するってことはどこかパーティーにいれてもらったの?」
「いや?まだどこにも入ってないよ。どこも固まってて今さら入る余地がないんだよ」
噂ほどの実力があれば他パーティーも喉から手が出るほど欲しがりそうなものたが、それほど今現在の戦術を練り直すのが面倒なのだろうか?
「だったら俺たちとパーティー組まないか?といっても2人しかいないあぶれ者でよければだけどよ」
「もちろんだよ!本当はこっちからお願いしようとして声をかけたんだ」
偉助の誘いに声を跳ねさせて喜ぶ相賀。灰も3人になれば断然と楽にダンジョンに潜れると内心で小躍りする。
「強くなったっていったってお前の身体に何が起きてるか分からないんだ。無理はすんなよ」
「ほんといっくんは過保護だなぁ。昔の弱い僕じゃないんだから守ろうとしなくたっていいんだよ?」
「馬鹿言え。精密検査の結果だってまだでてないだろ。こっちからしたら病人扱いとそう変わんねーよ」
「良く先生が実習参加を許可したね」
「簡易検査では問題なかったし、模擬戦でも調子良かったから、みんなに追い付きたいからって強くお願いしたら獅童先生がうちの担任に頭下げてくれたんだ。良い先生だよね」
「あー獅童かー。想像できるわ」
昨日、相賀を抱擁して迎え入れたあの熱血漢なら絆されてしまうのも仕様がない気がするし、想像に難くない。2人は獅童が妙に張った声で相賀の担任に頭を下げるシーンを想像して納得した。
「話し込んでいるところすまない。すこし良いだろうか」
パーティー内の役割について話が以降してすぐに、堅い口調の女子が割り込んでくる。
「おいおい、主席チームの姫様がぼっちの同盟になんの用だよ」
「いや、3人いてぼっちというのはどうなんだ?」
「帳さん!やっぱり来てくれたんだね」
振り返って帳を迎え入れる相賀の顔は満面の笑みだった。
「やっぱり?」
偉助はその言葉に違和感を覚えて口を開く。
「いやこちらの話だ。気にしないでくれ」
偉助は何かを隠す帳と相賀に、小さな不信感を抱くも追及はしなかった。
「もうすぐ探索実習始まるけどいいの?」
もうじきに授業が始まり、パーティーの成績順で探索が始まる。
帳が所属する京パーティーはもちろんのことトップバッターだ。
無駄話をする時間は当然ながらあまりない。
「いや、今日はこのパーティーに世話になろうかと思ってお願いに来た」
「は?俺らのパーティーにか?なんでまた」
「先日の探索で卒業のための成績は満たせたんだ。だから私のパーティーはこの探索実習は今回以降免除扱い方なんだ」
「はぇー、だからさっきから京くん達が見当たらないんだね」
「そうだ。だから今回は実習に参加するためには他のパーティーに加わる必要があるんだ」
回りを見渡す灰に短く嘆息を溢して帳が言葉を返す。
「あんたなら他のパーティーから引く手あまただろ?」
「なんならこれも修行だって言って一人でも階数稼ぎそうだけどね」
「二人とも!せっかく帳さんが入ってくれるっていってるんだからいいじゃないか!滝虎くんはなんか失礼だよ!女性を狂戦士みたいに言って!」
成績の奮わないパーティーに入ってくる理由が思い当たらず邪険にする偉助と灰に、相賀の叱責が飛ぶ。
「いや2人の言う通り、どこか適当なパーティーにお願いしようかとも思ったが、既に戦術の固まってきているパーティーに私のような異物が入るのも良い影響とは言えないだろう?だから一人でいけるところまでいって、厳しい階層にきたらこの際だ、いけるところまでいこうと思ってたところなんだが、ちょうど奇妙な3人が居たから声を掛けさせて貰ったんだ」
「……」
「俺たちのパーティーには悪影響が無いって?」
「もともと即席パーティーのようなソロの集まりだろう?なら他よりも影響はないし、都合は良いはずだ」
「京くんが怒りそうだなぁ」
「……」
「将暉は関係ない。そもそも免除だからと言って鍛練を怠る事は私は好かない。前回の実習だってもっと深く潜ろうと提案しても、評価対象外だからと袖にされるし。どうせ今頃麗奈達と遊び呆けているさ」
「嫉妬かな?」
「違うといっているだろうに」
「……ヒッ」
不満を漏らす凛の表情は一転、静かに怒りを携えた険のある表情へと変わる。その睨みを受けても灰にダメージはないようだ。変わらず飄々としている。灰は。
「まぁ、あの剣姫様が力かしてくれるって言うんなら文句はねーよ」
「帳さんがいれば6階層も簡単に抜けれそうだね。7階層だって行けるんじゃない?相賀くん入れて4人だし」
そう、今までは人数不足で及び腰だった階層にも気兼ねなく挑戦できるようになる。なにより人数が揃っただけでなく、役割が穴なく振れるようになったのが大きい。しかも追加の2人は戦力としても贅沢品と言えた個人だ。連携の問題はあれどかなり深くまで行けそうな感覚を灰と偉助は感じていた。
「よし!灰も乗り気なら俺が断る道理もないな!周成も剣姫様の顔見て喜んでたしな!なっ周成」
「え?剣姫……?あっあぁうん。もちろん!帳さんが来てくれたら百人力だよ!それに紅一点で花があるしね!……剣鬼?」
こうして、4人は授業開始後、最後尾からダンジョンの探索を開始した。
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