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困惑

 「今のうちに逃げるんだ」


 「相変わらず勇ましいね(とばり)さんは」


 息の整ってきた相賀(あいが)は逃げようとする素振りを見せず、帳の隣に立つ。


 「すまないが、君がいたところで足手まといだ」


 相賀の成績は決して良いものではない。それが原因の一つとなって虐めにもなっていたほどに。


 クラスも別で関わりのなかった帳であっても気持ちよくのない噂は耳にしている。落第寸前と揶揄された彼に、目の前の敵をどうこうできるなど帳には端から思っていなかった。


 「手厳しいね。でも大丈夫だよ帳さん。僕はもう昔の僕じゃない」


 そういって腕を掲げる相賀。


 「さっきは良くもやってくれたな仮面!けど僕に止めを刺せなかったのが運の尽きだ!」


 力強い声と共に相賀の腕に風が集まっていく。始め、そよ風程度の強さのそれは時期に小石を巻き上げ、そして隣に立つ帳が、踏ん張らなければ立って要られないほどの暴風へと変貌。そしてまだ勢いを増していく。


 「僕はもう弱い存在なんかじゃない!選ばれた人間なんだ!」


 憎しみの籠った怒声に喚起され、風は遂に竜巻へと姿を変えた。



 「相賀、それは」


 危険を感じて距離を取っていた帳は呆然と目の前の災害を見上げる。


 「『ドラゴニック・トルネディア!!』」


 振り下ろされた腕の延長線上、仮面の男に向かって竜巻が頭を向けて襲い掛かる。


 その様は、まさに竜が顎を開いて地にいる獲物をその地事食らわんと這いずり廻るかのようなおどろおどろしい絵図。


 帳はただ信じられない光景に目を見開いて立ち竦む。


 帳は男が竜の顎に呑まれていく様をただ黙って見ることしかできなかった。


 「アハハッ!残念だったね!さっきので僕を殺せていれば君の勝利だったのにね!お陰で僕のレベルが爆上がりさ!」


 男の居るところに今なお竜巻が荒れ狂う中、相賀は意味の分からない事を叫びながら男に勝利宣言を下す。


 霧は竜の咆哮によって吹き飛ばされたかのように払われていく。


 「すごい!これが今の僕だ!」


 仮面の男のいた場所を執拗に舐め回す竜巻も徐々に勢いを落としていく。


「相賀、その力は一体……」


 今までに見たことのないスキル。しかもその威力足るや、風の便りに聞く、上級探索者のマジックスキルに匹敵しているのではないかと思えるほどに。少なくとも校内でこれ程の火力を出せる単一スキルを持つ生徒はいない。天才・(かなどめ) 将暉(まさき)ですらこれ程のものはもっていない。


 それを行方不明だった生徒が、さらに言えば落ちこぼれの生徒が帰ってきた途端にとなれば帳の困惑も当然と言えた。


 「大丈夫だよ、帳さん。帳さんは僕が守るから」

 「は?」


 突然の王子様発言に頭の追い付かない帳。恋に恋する乙女心よりも、剣に恋する戦乙女な帳からしたら少し癇に障る気障な言葉だった。


 「今日助けてくれたお礼さ。これからこの感謝の気持ちをゆっくりと返していきたいからね」


 風にたなびくミディアムヘアと歯の浮くような気障な発言に帳は一歩後ずさる。


 「気持ちだけで結構だ」


 「そう言わないで、僕はもう前の僕じゃない、だから───」


 「まだ話は必要か?」


 「なっ!?」


 「っ……!?」


 竜巻が抉った地面。仮面の男が居た場所からの投げ掛けに声を上げて驚愕する相賀。女を口説いていた時の余裕はなくなり、すぐに表情は陰る。


 「なんで……なにをした!」


 「面倒だな」


 髪が多少乱れただけの仮面の男は辺りを見回しながら呟く。その声から疲れが伺えた。


 仮面の男は徐に腕を軽く挙げると指を振るった。

 すると、仮面の男の足元に青い光を放つ幾何学模様が現れる。


 「魔法陣!?トリガーワードも無しに!?」


 驚愕の声と共に身構える帳。


 相賀は目の前の仮面の男が平然としているのが信じられないのか、未だに狼狽えていた。


 「次だ。次は逃さない」


 仮面の男は不穏な言葉を残して、忽然と姿を消した。


 「あり得ない」


 常識外れの探索者に置いてもルールは存在する。それは探索者を縛るための法という意味は勿論、探索者の力にも一定の法則がある。


 パッシブスキルや、任意に使用できるアクティブスキルがそれに当たる。しかし、仮面の男はその常識を目の前で覆してみせた。


 スキル名、又はスキルによって設定されたワードを口に出す必要があるアクティブスキルを仮面の男は無言で成した。しかもその効果は恐らく転移。


 ファンタジー染みた現実になってはや10年。それでもなお、依然として空想の中の能力とされる転移スキル。各国の上級探索者達が血眼になって習得法をダンジョン内にて探しているそのスキルを、仮面の男は平然とした様子で行使してみせたのだ。


 思考を誘導する霧、そしてその中に居た仮面の男と行方不明だった生徒・相賀(あいが) 周成(しゅうせい)。男の異質な能力とまるで別人のように変わった相賀。一時の邂逅で起きた様々な事象の全てが帳に取って未知であった。


 いろいろな事がありすぎて頭の追い付かない帳。一先ず、表情の冴えない相賀に声を掛けようとした時、校舎の傍から小さな人影が帳の横目に写った。


 「周成様。ご無事で何よりです」


校舎の裏から姿を現したのは子どもだった。異国風の幼い女の子の印象はとても儚い。陶器のような真っ白な肌に、月明かりが溶け込んだような銀髪、そして冬の寒空のように鈍い水色の瞳をした少女だった。


 「シーカー、今までどこでなにをしていたんだ。僕は危うく殺され掛けたんだぞっ」


 帳の手前、怒鳴り付けるのを躊躇っているのか、声は押さえているが、内心は量らずとも筒抜けだった。


 「霧が邪魔して周成様を探し出せませんでした。申し訳ありません」


 シーカーと呼ばれ少女は表情の読み取れない瞳のまま、ぺこりと頭を下げた。


 「ちっ。やっぱりあいつが初手で広げたアレはそういう役目か」


 自身の怒気を宥める事ができたのか、多少は表情を和らげるも、その目付きは未だに少女を責めていた。


 「相賀、その……何から聞けばいいか」


 ダンジョンの中でなにがあったのか、その少女は一体何者なのか、先程の力は?そしてあの仮面の男、なぜあんなものに狙われているのか。聞きたいことは山ほどあった。


 「あ、あぁ。そうだったね。なにから話そうか」


 帳がいることを一瞬失念していたような反応を見せた相賀は、どこから話そうかと口許に手を当て考え込む。


 すると、遠くから騒がしい音と声が帳達の耳に届く。


 局所的な天変地異とも呼べる嵐を巻き起こして、回りがその異変に気付かないなんてことはあり得ない。


 それを阻んでいたと思われるあの霧を同時に掻き消してしまっていたとなれば尚更だ。


 「周成様、なにやら回りが騒がしくなって参りました。すぐにここから立ち去りましょう」


 少女の助言に自分の語り種を邪魔されたの事が気に召さないのか、顔をしかめるが、相賀もようやく回りの騒がしさに気がついたのか、ため息を溢して帳に顔を向ける。


 「ごめん、帳さん。この話はまた今度でいいかな?なんか面倒な事になりそうだし」 


 「あ、あぁ」


 「帳さんもあの仮面の男には気を付けた方がいいよ。あの男は僕らの敵だ」


 「探索者の敵だというのか?」


 「そうだよ。目的は分からない。けど実力は確かだし、僕達の常識にない動きをする」


 あのトリガーワードを必要としないスキル。そして未だに確認されていないとされる転移スキル。それらを指していることにすぐに帳にもわかった。


 「あいつはどういうわけか同じ探索者を狩っている。どういった相手が対象になるのかはわからない。不幸にも今回は僕が狩の対象らしい。踏んだり蹴ったりだよ」


 やれやれと首をふる相賀。


 ダンジョンの事故からあの仮面の男となればそれは確かに不幸の連続だと帳にもそう感じる。


 しかし目の前の少年はどこか楽しそうにしていると、帳の目にはそう映った。


 「周成様、そろそろ」


 「長話しているわけにはいかないね。よし帳さん、また今度なにがあったのか話すよ、またね」


 そういって相賀は少女をつれてこの場を離れていった。


 頭の中の整理はまだ上手く出来ていないが、野次馬が集まれば確かに面倒な事になりそうなのは間違いなさそうだ。


 ついに聞こえ始めたサイレンの音に帳も急いで駆け出す。


 一瞬、警察に相談するか迷ったが、相手は上級探索者に匹敵するだろう強者だ。一般的な警官では太刀打ちできないだろうし、事の説明をする際、相賀の存在も出さなければならない。


 それを嫌がっていた様子の本人の話を省いてしまえば余計にややこしくなりそうだ。帳は大人しくこの場を去った。

 

 

 


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