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霧と仮面と朧月

 陽も完全に落ちきって間もない時間。


 人の往来が昼夜問わず殆ど無い修練場の帰り道。


 (とばり) (りん)は憮然とした表情のまま遅い家路に着いていた。


 ダンジョンなんて摩訶不思議なものが現れて、それに潜って財宝を持ち帰る現代のトレジャーハンター、探索者。


 ダンジョンに潜る才覚を持った人間は、探索を通じてあらゆる才能を後付けされる。


 まるでゲームのような現実味の無いそれは『スキル』と呼ばれ、探索者に力を与えた。


 剣の熟練者であっても奥義と呼ばれるような武の深奥ですら、相応の努力を必要とせず、容易に振るってしまえるそれらは、地道な努力を探索者から遠ざけ、当然、修練場からも足を遠ざけた。


 故に帳のように陽が落ちるまで、しかも放課後に修練場を利用する者は珍しい部類に入る。


「鍛練が甘いか……」


 滝虎に対する詰問にも似た以前の放課後のやり取りを思い出して、心がざわつく。


 密かにライバル視していた男のうだつのあがらない姿を見て、苛立ちを隠せなかった。


 「私と同じ人間だと思っていたのだがな」

 一年の最初の試験を思い出して呟く。


 後付けの才能に夢を見ず、己の才覚と努力を信じ、時間と汗を重ねる者。帳が滝虎に抱いた初めの印象であり、共感だった。


 そんな滝虎も2年程観察して、違うと言うことに気付いた。いや、2年も掛かったというべきか。


 ダンジョンに積極的に潜る様子も見せなければ、帳のように修練場に足蹴なく通うような姿もない。さらには放課後や休日に何をしているのかもわからない。


 最近では滅法減ってしまった、帳と同人種の武人気質かと期待していた分、落胆は大きい。


 勝手に期待していた自分が悪いと、大きく溢れそうになったため息を飲み込んで顔を上げる。見上げれば大きな満月が霞んで見えた。まるで今にも消え入ってしまいそうな朧月に帳の心情が重なる。


 帰ったら何を食べよう。


 修練の仕方を変えるべきか。


 滝虎 灰は本当に―――


 すると、帳に訪れるもの寂しい気持ちを掻き消すように違和感が襲う。消え行くように感じていた月は、ほんの僅かずつではあるが、姿を薄めていっている。帳は周囲を見回してその正体に気付いた。


 霧だ。夜の学校の周囲から立ち込める霧。それが少しずつ裾野を広げて今、帳を覆おうとしていた。この霧に敵意は感じないが、不気味な事には変わり無い。


 霧が濃くなっていく学校へ意識を向ける。すると何故か思考が別に移る。今晩の献立や干したままの洗い物。日常的な思考から今の自分の課題やダンジョンの事。そして滝虎(たきとら) (かい)


 不自然な程の思考の移り変わりに気付いて頭を振るう帳。目の前の霧に確と意識を向けて固定する。


 異様な空気に意識を尖らせ腰の刀に手を添える。


 今にでも学校への意識を刈り取られそうになるような感覚に逆らいながら、学校方向へと歩を進める。気を張り詰めなければすぐにでも、呆けた顔で家路に着いてしまいそうだ。


 だんだんと濃くなっていく霧。中心部が近いのか、しかし帳は今の自分の正確な位置すらあやふやな所まで来ている。濃霧から何が飛び出してくるかわからない非日常的な現状、警戒を緩めることは出来ず、柄を握る手に力が入る。


 ────うぅ


 「っ……」


 そう離れていない所から聞こえる男性の呻き声に帳の緊張は最大まで跳ね上がる。警戒心と正義心がかち合い、天秤が傾くと同時に駆け出す帳。足場の確認すら怪しい霧の中をなんとか飛び出すと、そこは月明かりの照らす運動場だった。


 霧が円状に掃けたグラウンド。


 そこの中心部に佇むアッシュグレーの仮面の男と、足元に倒れ込む制服を着た学生。


 仮面の男の様相と、足元の学生という現状、そして不自然な霧の在り方と、スポットライトのように差し込む月明かりが、この非現実的な光景を、演劇のワンシーンかのような錯覚を引き起こし、帳の体が一瞬固まった。


 「何をしている!」


 帳の怒声に気付いた男が跳ね上げるように顔を向けた。


 ニヒルに笑う不気味な仮面と目が合う。


 驚いた様子の男は何か言いたげな様子を見せるも、結局何も応じない。


 「そこの男子生徒から離れろ!」


 腰の刀を抜いて正眼に構える帳。


 踏みつけられる男子生徒を見て、意を決した帳は地を蹴った。


 刀を下げて走る速度は風のように早い。常軌を逸した速度は探索者である証だ。ダンジョンに選ばれた者は容易に人間を逸脱する。


 「っ……」


 間もなく距離を埋められた男は不思議な程に低い声を漏らして後ずさり、距離を保つ。


「大丈夫か」


 「うぅ……」


 うつ伏せの男子生徒はひどくダメージを負っているのか意識が薄い様子だ。


 「貴様、一体何者だ」


 誰何を投げ掛けられた銀色の髪色をした仮面の男は頭を掻いて困った様子をありありと見せる。

ピンっと糸を張ったかのような緊張状態にある帳に対して、仮面の男に焦りは見えない。


その様子が帳の癇に触る。


「答えろ!狼藉ものがっ!」


───帳一刀流・雉貫(きじぬき)


 鋭い踏み込みから放たれる刀の切っ先が男に向かう。


 「くっ」


 肩を貫くはずだった切っ先は肉を切るはずが見えない何かに阻まれ止まる。


 今度は攻撃の手を阻まれた帳が後ろに跳んで距離を取った。


 「パッシブか?貴様、探索者か」


 パッシブ。本人の意思に関わらず、常に、又は受動的に発動するスキルの分類にあたる。ゲーム用語としてよく知られるその単語は探索者達にもそのまま流用され使われている。


 帳が問いかけるも男の態度に変わりはない。


 「なぜうちの生徒を狙った」


 「……」


 「舐められたものだな」


 暖簾に腕押しな男に業を煮やし、再び刀を構える帳。しかしその構えは先程の堂に入った正眼ではなく、どこか不馴れな脇構え。


 「あまり好きではないのだがな」


 纏う雰囲気がガラリと変わる。


 右手一本でぶら下げる様子はもはや脇構えとも呼べない構え。隙だらけのふざけたものだ。しかし、まるで別人のように空気が変わった事を男は察した。


 「口を割らせる前に、癇に障るその仮面を叩き割ってやろう」


 ゆっくりとした足取り。纏う空気と怒気が相まって、その姿はまさに幽鬼。


 コマ送りのように気づけば一段と距離が縮まっている。


 歩調に合わない進行速度に男は初めて構えを取った。


 片足を下げて、重心を落とした男の様子を見て取った帳の口角が少し上がった。


 「遅い」


 その言葉が呟かれたのは男の目の前。


 「!」


 「『異剣(いけん)燕返し(つばめがえ)』」


 言葉と共に放たれる上下同時の斬擊。


 かつて佐々木小次郎が得意とした秘剣・燕返し。剣客の秘奥とされるその秘技を、若い女探索者が再現させた。剣士として未だ発展の途中である未熟者が、名を唱えただけで現世に甦ったのだ。


 ガラスが割れるような音が響くと男の腕から血が舞った。


 「これを防ぐのか」


 帳が持ち得るスキルの中で最も強力な対個人スキルを腕の傷だけで抑えられた事に、男への警戒心がより一層強くなる。


 目の前の男の戦闘能力は恐らく自分より上。


 そう認識した帳の背に冷たいものが這う。


 「スキルを使ってもこれか。これでも近接戦闘なら校内一だと自負していたのだがな」


 自嘲気味な呟きを溢し、帳は気付く。


 「貴様、『オートヒーリング』持ちかっ」 


 パッシブスキルの中でも優秀とされるスキルの一つ、『オートヒーリング』。スキルのレベルにもよるが、これだけ治療が早い者は学生の中にはまずいない。


 帳のパーティーリーダー、学校が始まって以来の天才とされる京 将暉も有する『オートヒーリング』もここまで非常識なものではない。


 しかも、目に見えない謎の壁も、帳の出せる最高火力でもって漸く割る事の出来たもの。恐らくパッシブスキルになるのだろうが、これだけでもかなり強力なスキルになる。


 当然のように並べられる強者の証。


 帳が勝てる域ではとうになくなっている。


 この場面をどう切り抜けるか頭を巡らせる帳に男が初めて口を開く。


 「邪魔をしないでもらえないか?」


 作り物めいた不自然に低い声。徹底的に素性を隠すつもりなのだろう。何か機械を通しているのか、それともこれも何かのスキルになるのか、帳には分からない。


 「生憎だが、同じ学舎の輩を見捨てるほど腐った性根をしていないんだ」


 強気な態度と口調、しかし背中に流れる冷たい汗。


 実力差のある相手と対面したことはダンジョン内部で幾度かあった。


 しかし、誰かを守るために背中を向けることのできない状況というのはあまり経験がない。


 パーティーでそういう状況に陥っても複数人でカバーしあってなんとかしてきた。しかし今回は突発的な対面。仲間はいない。頼れるのは自分だけ。


 帳は今、これだけの虚勢を張っていられる自分を誉めてやりたい気持ちだ。


 「その男は危険だ」


 「なに?」


 男から発せられた声に帳が惑う。


 危険?


 それを危険人物が一学生に向けていっているのだから無理はない。


 ───それをお前がいうのか


 出かかった言葉を寸での所で飲み込む帳。


 「探索者の癖してアンチ・エクスプローラー気取りか?」


 落伍者のイメージの強かった初期の頃から存在する反探索者思想。 


 超人的な探索者に恐怖を抱き、社会から排除しようとする過激思考の集団は昔からいる。しかし、それを当事者である探索者自身が抱いているとは考えにくい。


 「その男は呑まれかけている」


 「呑まれる?」


 人を逸脱した力は人格を歪める。より暴力的に、より支配的に。優勢思想にのめり込んだ探索者達が昔から幾人も傲り高ぶり、人々を傷つけてきた。


 それは過去の犯罪ケースをみれば一目瞭然だ。まだ精神の未熟な学生が人を超えた力を手にすればどうなるかこの学校の生徒が証明している。


 誰も彼もが、多かれ少なかれ選民思考を持っている。しかしだからこそ教師の目は厳しく、違反の罰則も世間が思っているよりも重いものになっており、生徒の管理は厳重だ。


 「なら貴様は学校側が依頼した調教師とでもいうのか?ばかばかしい」


 当然、罰則はこのような暴力的なものではないし、そもそもこの男のそれは指導という風には決して見えない。明らかな敵意を向けていた。


 「と……ばり、さん?」


 帳の足元から聞こえる消え入るような声。


 「無事か!」


 苦し気ながらもゆっくりと立ち上がる男子生徒。


 その顔に見覚えがあった。


 「相賀(あいが)か!?」


 驚くのも無理はない。


 ダンジョンから戻って来ることの出来なかった事故生徒。


 年に数件起きる不幸の当事者である同級生が目の前にいるのだから。


 「ごほっ。聞きたいこともあるだろうけど、今は目の前のあいつに集中しよう」


 先程まで伸びていたとは思えないほどの冷静さ。帳が相賀に持っていた印象と少しずれていたが、相賀の言葉に顔を前へ向ける。


 「あいつは異常者だ。」

 


 

 


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