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エピローグ

 「任務ご苦労さま。大変だったそうだね」


 灰によって連れて来られた一室。


 薄暗い部屋にて灰が膝をつき頭を垂れる。


 魔力を抑え込む為の魔法陣を己の足元に展開し、一時的に魔力を非活性状態へと移す。


 上位者に対して危害を与えるつもりがないことを示す為の魔術師の敬礼であった。


 少ない魔力で殺傷能力の高い魔術や事前に用意できる魔術といった抜け穴の多い現代の魔術師に置いては、既に形骸化したと言って良い伝統ではあるが、信頼関係のある間柄であれば忠誠を誓う意思を示す為の儀式という意味を今尚持っている。


 帳はそれに倣おうかと逡巡するも、無理矢理に誘拐され、最悪モルモットなんて不謹慎な冗談をかまされた身だ。そんな義理は無いと帳は灰の隣でふんぞり返る。


 「聞いていた通り、気丈なお嬢さんに育ったようだね」


 二人の立つ場所よりも一段高い段上にある机に座る一人の男。


 薄暗いとはいえ視認できるだけの光量はあるにも関わらず、男は影のようにその容姿を伺い知れることはない。


 男から話しかけられるも帳は容易に口を開かない。


 どんな口を聞いて良いのか分からない上に灰の上司だ。


 先に灰が口を切るのが無難だろう。


 影の男もそれを理解しているのだろう。


 顔を跪く少年に向けた。


 「報告は受けているよ。強制覚醒者や特定探索者との戦闘、そして母なる寄生種(マザーパラサイト)との戦闘。連戦続きで疲れたでしょ」


 軽い口調で灰の戦闘記録を振り返る影の男。


 「いえ、外陣の淵にいる身として熟して当然のものと」


 対して灰の口調は緊張を伺えるほどに硬かった。


 帳が知る猫を被る普段の灰からは想像できない様子だった。


 「君のお陰で新たな母なる寄生種(マザーパラサイト)の確認と特性の把握ができた。良い働きだね」


 「光栄です」


 「だけどダンジョン上層丸々の破壊はやり過ぎだよ」


 ピクリと灰の体が跳ねた。


 「君ならもっと穏便に片付けられたでしょ?アレを使うのは流石にやり過ぎだよ」


 「も、申し訳ありません」


 「それともなにー?外陣最高位『哲人級(フィロソファスクラス)』であるにも関わらず大魔術ぶっぱしないと事を収められなかったのー?」


 そのお叱りに体を硬直させる灰。


 上司に詰められる部下という社会人のような光景を初めて垣間見た帳は興味深げに横目で眺める。


 「返す言葉もございません」


 「お陰でダンジョンの修復に人を寄越すはめになったよ。今はどこも人手が足りないのに、やり繰りに頭を抱えているよ」


 大仰に両手を掲げ、そのまま頭を抑えるシルエット。


 表情が伺えない分、身振りで伝えようとしているのだろう。


 少し道化じみている。


 帳から見たらその様子は、灰を説教していると言うより、弄っているといった様子に見えた。


 つまりからかっているのだ。


 しかし、未だ頭を垂れて影の男を見ていない灰はその(おど)けたジェスチャーを目にしていない。


 本気で説教を受けていると思っているのだろう。


 汗を滲ませ辛そうだ。


 「近頃だと登録済みの未確認飛行物体も確認されたし、超能力者達も幅をきかせ始めている。それになんかいきなり出てきたぶいあーるえむえむおーあーるぴーじーとか言う私みたいな爺には分からない科学方面でも神隠しが起きてるって話だし、大変なんだよ。分かる?」


 片手を頭の後ろにもう片手を腰へ、そして声は出せずに2文字口を開く影の男。


 ────ゆ、ふぉっ


 (???)


 その意味の分からないジェスチャーに何を伝えたいのか理解できない帳は首を傾げる。


 「はぁぁーー」


 クソデカため息。


 ジェネギャによるコミュニケーションミスと年齢差を突きつけられたジジイのため息が、訳を知らない灰を襲う。


 ダラダラと滝のような汗が床に落ちている。


 水たまりが出来そうだ。


 「君が探索者を目の敵にするのもわかるけど、彼等だって悪意があって探索者になったわけじゃない。彼等は彼等で志を持ってダンジョンの入口を潜った筈だ。彼等はどちらかといえば被害者だ。それを忘れてはいけないよ」


 剽軽な動きはやめ、組んだ手に顎を乗せた影の男は柔らかい声色で顔を青くする灰に諭す。


 その声と言葉に灰はスッと表情を消す。


 「心得ておきます」


 色のない返事に影の男は小さくため息を零す。


 今度は本音のため息だ。


 「わかってくれたようには聞こえないね。……まぁいいよ。強制覚醒者の始末の失敗で他の連中が騒いでいたりもしたけどこっちでどうにかしといたよ。報告の通りだと、元に戻れたようだし、猶予はできた」


 「お手数お掛けしました」


 「いいよ。それに君は彼女を連れてきてくれた。おじさんは嬉しい限りだよ」


 声を聞く限りにんまりと笑っているようにも聞こえるが、影だけの男の表情は残念ながら読み取れない。


 影の男は敢えて誤解を招くような言い方をするも青も春も無関心な灰には伝わらない。


 「もう頭をあげていいよ。はぁ」


 からかい甲斐の無い少年にまたもため息が溢れる。


 顔をあげる灰はそのため息を理解することができずに内申で疑問符を浮かべるが、隣に立つ少女の顔はやわらと赤くなっていく。


 その表情に満足した影の男は愉快そうに頷く。


 「久しぶりだね。凛ちゃん。大きくなったね」


 「お会いしたことが?」


 「君がまだ本当に幼い頃にだけどね。清一郎がゆっるゆるの顔で娘を自慢してきたんだ。あの顔は思い出しても今でも笑えるよ」


 そう言って言葉の端で笑いを零す男の顔が笑っているように見えた。


 「父に憧れて父と同じ道を歩むなんて、清一郎は幸せ者だね」


 父───清一郎と親交深い影の男は清一郎と色々と話を聞いているようだ。


 聞きたいことが溢れつい口を突きそうになるが帳はそれをぐっと堪えた。


 「だけどね凛ちゃん。清一郎の剣に憧れて、清一郎と同じ道を目指したのなら、探索者に成るべきではなかったはずだ」


 父が娘に最初に見せた一刀は純粋なる剣技によるものだった。


 そこに異世界の不純物はない。


 「はい。今では理解しています」


 「気持ちは理解できる。清一郎も探索者にされてしまったからね。君が探索者になるのも無理もないことだ」


 「()()()?」


 「そう、彼は自らの意思で探索者になったわけではない。彼がダンジョンを潜り寄生種が入ってこようとしてもそれを拒むのは容易だ。灰くんがダンジョンに潜っても寄生されていないようにね」


 入学試験時、初めてダンジョンの入口を潜った時に感じた強い違和感。


 しかし事前に試験官に説明をされていた帳はそれを拒むこと無く受け入れた。


 まだ剣士として成熟の程遠い帳であってもその違和感に気付け、拒む事を試みることは出来たはずなのだ。


 それを魔術師として高みにあると伺える灰にできない訳もなく、ましてや剣士として最高峰に近い父───清一郎が拒めないはずもなかった。


 「つまり父は」


 「そう君の予想通りだ。彼は母なる寄生種(マザーパラサイト)によって強制的に探索者へと変貌させられた。彼も本意ではなかったはずだ」


 「そんな」


 探索者の秘密を聞かされた時に抱いた違和感。


 寄生された時に感じた異物感を父も感じたはずだ。


 探索者の力に頼らずともそれを凌駕する力量を有する父がそれを拒まずに寄生を許して探索者になったという違和感は、母なる寄生種(マザーパラサイト)の存在によって明かされた。


 そしてその父も今や探索者の宿命を辿っているかもしれないという現実に己の間違いを再び認識させられる。


 「君は真っ直ぐに剣の道を歩むべきだった。君にはそれだけの才能があったはずだ」


 突きつけられる言葉はまるで才能の底を見限られたようで、背中に冷たいものが走る。


 険しくも、先のある、遠くまで行くことのできる茨道から外れ、易しくも、限りある、遠くまでいくことの出来ない均された道を選んだ帳。


 寄生種に精神と肉体を乗っ取られる恐怖よりも、道を過ち、己の才覚を閉ざし、憧れへの到達が不可能になってしまった事実を前に眼の前が真っ暗になる。


 「顧問官様」


 灰がそれ以上の言及を諌めると顧問官と呼ばれた影の男はしまったっといった様子で掌下部で額を叩いた。


 「ごめんごめん。盟友の娘御だ。いじわるするつもりはなかったんだ」


 影の男は慌てたような手振りで帳へと謝罪。


 「いや、仰る通りだ。私は焦る余りに安易な道を選んでしまったようだ」


 帳は唇を噛みしめている。


 「確かに剣士としては大いに誤った判断だったろうね」


 その言葉に帳はさらに追い詰められる。


 「顧問官様っ───」


 語調を荒げた灰の諌めようとする声が再び。


 「───まだ続きがあるよ。落ち着いて最後まで聞きなさい」


 静かながらも二の句を継げさせない言葉に灰は押し黙る。


 「君は灰くんとペアになって一部の任務に立ち会いなさい」


 「瀧虎と?」


 「顧問官……!?彼女は治療の為に連れてきたはずでは!」


 納得のいかない灰は立ち上がって焦ったように抗議。


 「もちろんそうだよ。その治療の一環として彼女自身の心身の成長が必要になるからね」


 「だからと言って一般人を巻き込むことはできません!」


 灰と帳の実力は乖離している。


 灰からしたら帳程度の剣客は足手まといでしかない。


 「くっ……」


 帳はそれを理解しながらもしかし、剣士として認めて貰えずに一般人扱いされるのは流石に堪えた。


 「灰くん、それは剣士であろうとする者に対する侮辱だ。改めなさい」


 「……」


 「それに報告を見る限り彼女は君に何度か手傷を負わせたそうじゃないか。だとしたら君は一般人に遅れを取るほど脆弱なのかい?」


 「……いえ、先程の発言は撤回させて頂きます。すまない、帳さん」


 頭を下げる灰に視線を向けることができなかった。


 「……私が弱いのは事実だ」


 「話を戻すよ。『哲人級(フィロソファスクラス)』である彼と共に荒事に立ち向かうのは大変だろうけど、当然、探索者の力の使用は禁止だ。それを踏まえた上で任務に同行してもらう」


 「顧問官様、それでは少々彼女の負担が大きいかと」


 灰は尚も食い下がるも影の男はそれも想定済みだ。


 「だから急に危険な任務を任せるつもりはないよ。それは彼女の成長に合わせて任務を振る事にする。そうだなまずはじめの任務だけど────君たち高校くらいは卒業しておきなさい」


 「高校ですか」

 

 「そうか、私はこのままだと中退という事になるのか」


 その事実に気付いた帳は顔を灰に向けるとすっと顔を逸らされた。


 「また別の探索者育成学校への潜入任務とかですか?」


 「それは難しいね。どうやら奴らは君が魔術師だと疑ってかかっているようだからね。また奴らの懐に潜り込むのは流石に無理だろう」


 「なら一体」


 「もちろん君たちが潜入する先は金樹敬城学園、普通科高校だよ。凛ちゃん───いや帳 凛君、君は比較的日常に近い場所で一旦落ち着く必要がある。そこで自分を見つめ直して自身の剣と向かい合いなさい。そうすればまた道を選び直す機会が訪れるかもしれないよ」


 「見つめ直す……」


 影の男の言葉に聞き入り、言葉を繰り返す帳。


 より強くなれるというのならそれに否はない。


 




 顧問官から告げられた新たな任務地。


 任務の詳しい内容はまた後日の通達と言う事で二人は部屋を後にして帳の目覚めた元の部屋へと戻ってきた。


 「私は剣士としての父に憧れていたというのに、どうやら焦って見るべきものを間違えてしまったらしい」


 探索者となった父は依然として振るう剣に錆はなく、一人の剣客として在り続けていた。


 そしてその間は帳も見誤ること無くその剣を目指して修行に明け暮れた。


 しかし、父の消息が絶って以降、焦りが勝り、剣客としての父を探索者としての父で覆い隠し、帳は探索者育成学校の願書を出した。


 それは伸び悩む剣技を探索者という力で補おうとする帳の逃げだった。


 父の探索者としての力を見たことのない帳は探索者である父に憧れる理由はないのだ。


 憧れる姿は、ただ一心に剣を振るうその姿。


 剣士としての父の姿だった。


 だというのに。


 「私はこんなにも弱い人間だったのだな」


 力が、ではない。


 始めに抱いた動機を貫き通すだけの心の強さが。


 安易な力に頼らず、在るべき姿を別の物で覆い隠さず信じ抜くだけの心強さが足りないのだと帳はこの日自覚した。


 「帳さんはこれから強くなるさ」


 「本当にそう思っているのか?」


 灰の言葉を何となく信用できない帳は訝しげに聞き返す。


 灰は帳へと目を合わせる。


 「本当だ。帳さんは今、憧れを見つめ直してその意味を改めて理解した。正しく憧れを抱く人間は自然と強くなるものだ」


 真剣な面持ちで、含蓄あるその言葉に帳は本気で言っているのだと理解して少し驚くも、小さく微笑みを浮かべた。


 どこか、すっと胸に入ってくる言葉と強くなるという言葉に喜んで。


 「そういうお前も誰かに憧れていたりするのか?」


 「俺にそういう人はいないよ。昔はいたような気がするけどそれも覚えていないくらいの昔の話だ」


 「ふむ、そうか。何となく含蓄を感じたから実体験なのかと思ったぞ」


 「今の話は飽くまで俺の経験則であって、実体験じゃない。周りにそう言うのが多いって話だよ」


 「是非話してみたいものだな」


 「それよりも次の任務までにうちの医者に見てもらっとけ。治すのは無理でも進行状況の確認だったり進行を多少抑えたりはできるはずだ」


 「魔術師にも医者がいるのだな」


 「あぁ、その人に定期的に診てもらうことになる。早めに挨拶には行ったほうがいいだろうな」


 「その時は案内を頼む」


 この場所に来たばかりの帳はこの広い拠点の土地勘を持ち合わせてなどいないため、当然灰の助けが必要となる。


 「わかった」


 ぶっきらぼうな短い返事。


 初めて会った時とは大違いなその姿にため息が零れそうだ。


 帳の知る灰は深い関係の相手はいないものの、人当たりが良く交流関係が広い。それが瀧虎 灰だった。


 周りからパーティーに誘われなくなっても疎外されることもなく、良好な関係を維持していた。


 今思えばそれも潜入捜査の一環とした関係構築であり、情報収集が主な目的だったのだろう。


 一時はライバルと認定して競い合っていたつもりだったが、本人は探索者どころか剣士でもなくこの世界古来からの魔術師だと言うのだから滑稽な話だ。


 「これから私はお前と任務というものに帯同するらしい。これまでの経緯を考えると私から言うのは少し可笑しいが、改めてよろしく願いたい」


 突き出される掌。


 誘拐された本人から宜しくされるのだから確かに可笑しな話だ。


 「まぁ、よろしく」


 どこか慣れない様子でそれに応える灰。


 ぎこちなく握り返す。


 「お前よりも弱い私が言うとお前は怒るかもしれないが、言わせてもらおう。瀧虎 灰、私はお前を入学当初のあの日からライバルだと思っていた。それは今も変わらない。私は強くなる。父のように、いやそれすらも越えてより強く。その道中をお前と競いたい。圧倒的な強さを私に見せつけたお前に追いついて、お前に私をライバルだと認めさせたい。いや認めさせてみせよう。そのつもりで私はお前と共に任務に挑む。そのつもりでいてくれ」


 高み目指す少女の言葉。


 その純真なまでの闘争心に灰は一瞬呑まれかけた。


 少し不安そうに手を当てる少女の胸に、ゆらゆらと燃えたぎる炎を幻視した。


 己の心の炉に憧れを薪にして、進化の為のエネルギーを生み出す者の炎。


 灰の胸にはない眩しい程の熱、大成する者の輝きだった。


 「あぁ、好きにしてくれ」


 変な奴だと思う。


 切った張ったのあれだけの戦闘を行って、その上で強引に連れ去られて理由もわからない場所に拉致されているというのに目の前の少女は、目を輝かせているのだから。


 その胸の炎に目をやりながら帳の言動を思い出す。


 (生粋の戦闘狂だな)


 これから任務のパートナーとして大丈夫かと不安を抱く。


 しかし、これだけ有望だから顧問官も彼女を帯同させようと考えたのだろう。


 そう考えれば少しは不安も収まった。


 そう考えていると帳がジトーッと冷たい視線を寄越している事に気付いた。


 「瀧虎、今は真面目な話をしているつもりだったが、そんなに私の胸が好きか?」


 「───あっ!いやっちが」


 「むっつりめ」


 否定虚しく、瀧虎灰はこれ以降ムッツリスケベの称号で囁かれるようになる。


 



 数日後、一般人の通う学園にて新たな物語が始まる。

これにて第一章完結となります。


再開目処は未定となっていますが、そう時間を置かずに再開することになると思います。


是非ブックマークをしてお待ちください。


 頭が痛い中の執筆だったので誤字脱字や変な所があるかもしれません。その時は遠慮なくご指摘ください。


 

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