目覚めと嘘
春日偉助がベッドの上で目を覚ました。
知らない天井だ。
どうやらお決まりを内心で呟くだけの余裕はあるようだ。
灰が帳を抱き抱えたまま一瞬にして姿を消して暫くした後、探索者達に引き上げられて医務室へと連れて行かれた。
学校のその特性上故か、医務室は複数あり、症状の種類や度合いによって運ばれる病室が違い、偉助は比較的一般的な医務室へと運ばれた。
怪我の殆どない女子3人は精神的なショックが大きいために、また別の所に連れて行かれているようだ。
相賀と京は恐らく一番症状の重い者が運ばれる集中治療室へと運ばれたはずだ。
あそこなら高位のランクに位置する回復専門の探索者がいる。
もしかしたら自分よりも早く起きているかもしれないと偉助は期待した。
「あら〜おきた〜?」
間延びした女性の声がかかる。
ベットを囲うカーテンを開けた女性が目に入る。
全体的におっとりした女性で、安心感を与えるような垂れ目が印象的だった。
しかしパツンパツンとした肉感的な白衣姿にお年頃な偉助は目のやり場に困ってしまう。
「元気そうでよかったわ〜」
「ありがとうございます」
初めにここに連れてこられた時に軽い処置をされて、気を緩めた偉助は溜まった疲れを吐き出すように気を失い、泥のように眠りについた。
そこから何時間たったのだろうか、既に外は明るく、窓から入ってくる陽の光も高い。
「半日以上眠ってたのよ~。本当に大変だったわね〜。アンチ・エクスプローラーに襲われたなんて怖いわ〜」
ここに来る前、意識のない相賀を除き、五人で口裏を合わせた。
戦った相手は仮面を被っていて正体は不明。
言動から恐らく探索者に強い反感を待つ反探索者思想の危険人物。
半分以上はその通りだ。
しかし、瀧虎灰であることは伏せるようにお願いした。
もちろん反感もあった。
特に京はすぐにでも帳を取り戻したい思いで灰の情報を提供すべきだと強く。
だが、女子の三人も慎重にすべきと協調してくれた事で京も何とか論調を弱めてくれた。
灰の強さにトラウマを植え付けられたのか、敵に回したくないのか、それらもあるだろうが、しかしそれ以上に灰の言った事実を確かめる必要があったのだ。
探索者の力は魔物由来であること。
それの源は内に巣食う寄生種なる魔物であること。
そして、上級探索者の全て、学校の教師の半分はその寄生種に乗っ取られた魔物、『壊人』であるということを。
それらが本当なら、学校の大人も信用が出来ない。
もし、それが真実で、それを知っていると知られたら、何が起きるか分からない。
だから、灰の話が否定できるだけの状態になった時、その時に初めてそれを開示しようと。
「話は聞いたわよ〜。良く生き残ってくれたわ〜。先生誇りに思うもの〜」
心から安堵を見せる様子に偉助の警戒心も和らぐ。
「もっと詳しい事お話して頂戴〜。先生、探索者としては二流だけど〜、生徒の心を癒やすのだけは自信があるの~」
高位の『神官』職はより救急の医務室に就くだろう。
そう考えると目の前のおっとりとした看護教諭の言う通り、探索者としては高位に位置しないのだろう。
「すみません。まだ少し頭がぼーっとしてて」
そう言うと、こちらの手落ちだとばかりに慌て始める看護教諭。
「ご、ごめんなさいね~。気が効かなかったわよねぇ〜っ───ぎゃんっ!」
慌て過ぎてカーテンの支柱に頭をぶつける看護教諭は見るからに鈍臭い。
これは本当に『壊人』のレベルにまでは達していなさそうだ。
情けない姿を見せた看護教諭が顔を赤くしておでこを抑えている。
「うぅ……。恥ずかしい」
「まぁ、でも少し位なら思い出してきましたよ」
偉助は始まりからの経緯を話す。
パーティー内のいざこざ、10階層まで強行したこと。
そこで決闘をしたこと。
しかし、相賀とシーカーと呼ばれた少女の事は話すのを控えた。
これには京達の了承も得ている。
灰によって植え付けられた警戒心を無視できないからだ。
そしてその決闘中に仮面の男が現れたこと。
抵抗虚しく、相賀が酷くやられ、帳が連れ去られた経緯を話す。
その話を真剣に聞いた看護教諭が優しげな顔で偉助の頭に手を置いた。
「頑張ったわね〜。そんな相手を前にして、お友達を守ろうとするなんて〜、先生誇りに思っちゃうわ〜」
あまり人から褒められ慣れていない偉助はそれをどう受け入れたら良いのか分からず、体をムズムズさせた。
「でも、あんまり無茶してはだめよ〜。それに決闘なんて学校は許してないんですからね〜」
目に角を立てて、めっと叱ってくるが童顔なため、あまり迫力はなかった。
「それでその仮面をつけた男の人はどんな人だった〜?」
ダンジョンを消し去った男の正体を聞かれる。
「銀髪で身長は高めで多分175あるかないかかなってくらいしかわかりません」
瀧虎灰であることは伏せる。
この情報だけなら灰へと繋がるおそれはほぼほぼないだろう。
「相賀くんや京くんは瀧虎くんかもしれないって言っていたわよ〜。あなたはどう感じたの〜」
その言葉に心臓が跳ねる。
「あの二人もう目を覚ましているんですか?」
「えぇ〜もう目を覚ましてある程度のお話はしているわ〜」
京は口裏を合わせることに表向きは協力してくれた。
しかし、内心はどうだろうか。
片思いの相手を強引に連れ去られてしまえば、復讐のためになりふり構わず話すかも知らない。
だがそれよりも相賀が喋った可能性が高い。
相賀はずっと気絶していたから口裏を合わせていない。
相賀が喋った可能性の方がよっぽど現実的だ。
しかし、それだとその口振りに不自然さを抱く。
事情を知らないのだから真っ先に灰の事を話すはずだし、顔をはっきりと見ているのだから、かもしれないなんて曖昧な口振りになるだろうか。
「どうしたの?」
深く考えてしまい返答を忘れてしまっていた。
これでは不自然だ。
「すみません。俺はあんまり覚えていないです。どうしてここで灰の名前が出るのかも不思議で……」
「そう、あなたは瀧虎くんではないと思うのね」
「……それに灰があんなことできるなんてあり得ないでしょう?あいつただの剣士職なはずだし」
「そうね〜私もそう思うわ〜。ごめんなさい、今のは忘れて〜」
「……はぁ」
そこからは体に違和感が無いかを調べられ、寝過ぎた疲れ以外は万全だと伝えると帰宅の許可が降りた。
「じゃあ先生、お世話になりました」
「お大事にね〜」
お辞儀をして退室しようとドアを開けた時、看護教諭から最後に声がかかった。
「あ、それと最後に〜、その仮面の人から、変な事聞かされなかった?」
「……変な事ですか?特に会話らしいものをしていないので」
なんとか平静を装って否定するも、不自然なく言えた自信は無かった。
視線を交わす看護教諭は笑顔のまま、不自然な間が生まれた。
その顔が偉助の心の内を覗き込もうとしているようで不気味に感じた。
─────ぐぅぅう〜〜
緊迫した空気は大きなお腹の音に散らされた。
「ご、ごめんなさい〜。ずっとお腹すいたな〜って今からなに食べようかずっと考えちゃってたの〜っ引き止めちゃって本当にごめんね〜!」
真っ赤にした顔を両手で隠してジタバタする看護教諭に何を緊張していたのだろうと毒気を抜かれた偉助は苦笑いを浮かべて部屋をあとにした。
部屋を出て、スマホの電源をいれると、連続した通知音が鳴り響く。
「うわっうるさ」
その通知の相手は半田麗奈だった。
そのポップをタッチして折り返しの電話をかける。
────ツツツ。
コール音がなってすぐに通話がつながった。
「おい、なんで俺の電話番号知って───」
「───そんな事より!そっちの担当医からへんな事聞かれなかった!?」
「あ?変な事って?確かに出る時に仮面の男に何か聞かされなかったかって変な事を」
「違うわよ!将暉と相賀が先に目を覚ましていて、瀧虎がどうのこうのって話よ!」
その剣幕に電話に雑音が入るがなんとか聞き取ることはできた。
「あ、あぁ。確かに聞かれたけど、別に変なことってほどじゃ────」
「────覚ましてないの!!二人共!!まだベッドの上で意識を失ったままなの!」
偉助は言葉を失った。
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