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折れぬ心折る力

 灰、偉助と京の戦いが次第に激化していく。


 京の勇者の力はみるみると大きくなっていき、偉助の戦いはその戦闘スタイルに上手くハマっていくように馴染んでいく。


 その勢いに押された灰は炎の魔術を再び展開し、迎撃を繰返す。


 二人は理解している、灰が未だに本気を出していないことを。


 本気ならば、相賀と銀髪の少女をあしらったように加減のない炎を展開しているはずだ。


 あの炎の威力は京の攻撃を容易に防いだ空気の断層すらも焼き払ってみせた。


 あれをやられれば二人に抗う術はない。


 飽くまで狙いは相賀 周成ただ一人。 


 灰の足元に舞い戻った炎が偉助を薙ぎ払う。


 「火が怖いか?」


 炎を避けた直後、その炎を掻き分けて偉助の眼前に灰が現れる。


 その手には魔力の輝き。


 回避は間に合わない。


 ────『魔導掌撃(エーテルブロウ)


 拳が突き刺さる瞬間、偉助の身体が押し退けられ、後ろから刀の切っ先が拳を迎え撃った。


 衝突の瞬間、魔力に守られた拳が刀と拮抗するも、それも一瞬のみ。


 それが危険だと悟ると灰はすぐに腕を引っ込めた。


 「それは何度か見た技だな」


 「雉貫(きじぬき)という」


 灰と帳、対峙する二人。


 「まさか、仮面の男が瀧虎、お前だったとはな」


 「あの時、まさか人払いの霧を越えてくるとは思っていなかったよ。邪魔が入らなければこんな状況にもならなかった」


 濃霧が立ち込めたあの晩。


 あの時も今と同様に二人は向かい合うことになった。


 初めて彼女が敵わないと思った相手が、まさか一年の時から密かにライバルのように思っていた瀧虎灰だとは夢にも思わなかった。


 しかも探索者でも剣士でもなく魔術師だというのだから驚くばかりだ。


 「なぜ、今まで剣を使っていたんだ」


 「下手をしたら魔術師クラスの探索者から気取られる可能性があったからな。特に教師陣や常駐探索者はな」


 それらの探索者は当然、学生よりも経験を積んだ分、スキルの効果も能力値も高い。


 つまりは


 「……学校には何人、いるんだ……」


 寄生種に人格を喰われたもの。


 つまりは灰が言う既に人でなく、魔物に区分される『壊人』という化物が、どれだけ学校に巣食っているのだろうと。

 

 「教師は約半分程度だと思え。戦闘能力や治癒、そのクラス毎の上から順にだ」


 「……信じられないな」


 さっきから並べられる言葉の尽くが重い。


 今まで、自分が過ごしてきた環境がまさか悪魔の舌の上だったと思うと身の毛のよだつような話だった。


 「なぜ私の身柄が必要になる」


 「任務だ。それ以上は言えない。しかし、悪いようにはしない」


 「そうか」


 なぜじぶんが───それの理由は明かされなかった。


 話を聞けば、探索者という存在が厄介な物だと理解できる。


 自分たちもいずれその精神を乗っ取られるということも。


 しかし、だからといって学友を見殺しにすることは出来ない。


 敵が果たして悪なのか、自分たちが果たして正義に立っているのかなどは判断がつかない。


 正義か悪かなどは今はどうでもいい。


 必要なのは敵かどうかだ。


 それの答えを探すのは戦いの後で良い。


 その結果がどうであろうと、後悔をすることになろうと、今は戦いに全てを費やすのみ。


 すぅーっと帳の顔から感情が抜けていく。


 まるで無駄を削ぎ落とした刀剣のようにただ美しく。


 灰の眼の前から帳の姿が消える。


 燕返しではない。


 スキルの発動も確認出来ていない。


 (……下!)


 極限まで身を低くした帳が灰の目下に現れた。


 左手の指先を床について切っ先を向ける姿は牙を向く獣のようだった。


 ────帳一刀流・飢え狗。


 片手でその切っ先を防ぐも硬化させた腕に刃が食込む。


 肌を破り、肉を食い散らかすように刀身が突き刺さった。


 「ぐっ……」


 技の冴えが以前受けたものとはまるで違った。


 なにか一つ、壁を越えたように彼女の剣は鋭さを増していた。


 その威力はもはや、探索者のスキルと遜色がないほどに。


 身を貫く刃が捻られるその前に、腕を振り上げ刀を抜く。


 鮮血が床に飛び散った。


 尚も、彼女の剣戟は止まらない。


 一の太刀、二の太刀と灰を追い込んでいく。


 這う炎をも巧みに払い、避け、ものともしないその姿はまるで舞踏。


 荒々しさが抜けたその姿はまさしく剣姫の名に相応しい姿だった。


 偉助、京と続いて、更には帳までもが急激な成長を遂げてみせ、その戦力差がじりじりと埋まっていく。


 偉助や京も傷が多く、体力などはもう限界に近いはずだが、未だに戦意を高ぶらせている。


 対して灰の肉体も満足な状態からは程遠い。


 片腕は帳に切り落とされ、もう片手も帳に貫かれている。


 少し、殺意が高すぎないかと灰は慄くも、今も空に刻まれていく銀線だって殺意十分だった。


 「いいとこばっか持ってくなよ帳!」


 「凛、無茶はするなよ」


 再び、戦列を成す二人。


 戦況は灰の望んだものとかけ離れていく。


 そしてさらにそこに。


 「『強撃矢(パワーアロー)』!」


 「『氷刺撃(アイシクル)』!」


 優美と麗奈のスキルが灰に向けられた。


 しかし、遠距離からの攻撃は灰には通用しない。


 魔力をより多く込められた炎はその熱と意味を強め、二人の放つスキルを空中で(はい)へと還した。


 「俺の話を理解していないのかお前たちは……!」


 確かに怒りを込められたその言葉に二人は躊躇いや不安、恐怖を残しながらもそれでも尚言葉を返した。


 「うっさいわね!友達を変態から守ろうってのは当たり前の反応でしょ!」


 「へん……っ!?」


 「確かに貴方の言う事が事実だとしたら、私達が尚も力を使うのは愚かな事かもしれないけど、それでも、仲間が傷つくのは見過ごせない。仲間が戦うなら私も戦う」


 二人の表情はそれでも力を使う事に対する躊躇いが見える。


 だが、優先すべき事が、より大切なものがあるのだろう。


 覚悟は決めきらずとも、その意思を止めることができないのだろうと灰は感じた。


 灰はふぅーっと深いため息を吐いた。


 熱を逃がすように、やり場のない怒りを溜め込まないように


 「……問題の先送りだぞ」


 「言われなくても」


 由美が答える。


 「悲劇を産むぞ」


 「そうはさせない」


 麗奈が答える。


 手段などない理想論。


 大きな失敗を知らないがゆえのその思い上がりに、己の過去が重なり、同時に怒りが湧いてくる。


 空っぽにした心に残る熾き火に薪が焚べられた。


 再び熱された心をどうにか抑え込む。


 「範囲・中回復・強化レンジ・ミドルヒーリング・エンハンス!」


 五人全員に温かな光が降り注ぎ、瞬時に傷を癒やしていく。


 「ま、摩耶華だって怖くないもん!」


 摩耶華は怯える顔を隠そうともせず、しかし、立ち上がってみせた。


 範囲化に加えて強化を施した中位級の回復魔術は負担が大きいようで息が切れている。


 摩耶華もまた、恐怖に抗ってみせたようだ。


 灰は嘆息ついた。


 何かを吐き出すような深いため息ではなく、しょうがないといったような短い嘆息。


 「……灰?」


 雰囲気の変わった灰に偉助が気づく。


 他の者も遅れてそれを気取る。


 一番無いと思っていた人物の再起に灰も()()がついたのだ。


 全員が強く抗う事を決めた。


 後ろの相賀を始末するのは今のままだと骨が折れる。


 誰かが大怪我をする可能性もあるし、最悪死ぬ。


 だから───

 

 「『魔力開放(アンシーリング)』」


 圧倒的な力で心をへし折る事に決めた。

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