父の言葉
陰惨な事実を突きつけられても、二人の少年は力を奮う。
譲れないものを守るため。
仲間だと思っていた戦友に後ろに倒れる親友を殺させないように。
いけ好かない恋敵に懸想寄せる女性を攫われないように。
力の差をいくら見せつけられようと、自分の中にあるものが時限爆弾だということを理解しようとも。
二人は"今"に想いを馳せるため突き進む。
「『聖剣開放』!!」
これ以上の負荷は体が耐えられない。
しかし使わなければ爪は届かない。
光が剣を越えて腕へ、そしてそれは更に侵食していき、遂に京の体全てを覆い尽くした。
「おい……!それ以上は止せ!」
深化するスキルの現象に灰は不安を掻き立てられる。
本来はこんな簡単に侵食が進むようなものではない。
力が大きくなることはないはずだ。
しかし不自然な程に力を増した京は勇者の力をその体中に充溢させていく。
「油断してんなよ」
相変わらず気配を断つのが上手い偉助が魔術による探知すらも掻い潜って背後を突く。
「チッ───」
振り向きざまに指を鳴らす。
フィンガースナップの破裂音の直後に小さな爆発を起こす魔術が偉助に直撃。
ポンッ
またも灰の眼の前で煙となって消える。
「お前もお前で───」
『魔導掌撃』
「───ワンパターンだな……!」
京達のいる方向に変わらず偉助はいた。
偉助に直接叩き込まれるボディブロー。
上級探索者であっても身悶えするほどの威力を持つ発勁を模したそれは、外でインパクトを起こすものではなく、衝撃を内部に浸透させる魔術闘法に当たる。
まともに喰らえば即戦闘不能に陥る代物だ。
「────!」
しかし、灰の拳に割って入る偉助の掌がそのダメージを防ぎ止めていた。
「忘れたか?俺が得意なのはステゴロだってよ」
「育ちが悪そうだな」
「これでもいいとこの坊っちゃんだよ!」
灰の拳から伝わるエネルギーを上手く流し、利用する。
そうして放たれる回し蹴りは灰とて無視することの出来ない一撃となる。
なんとか腕を回してガードを間に合わせ、受けるとともにバックステップで距離をとる。
「『聖なる一閃』!!」
後退した所をすぐさま追撃をかける京の聖剣。
魔法陣を展開するもスキルとしての格が先ほどとは段違いなそれを受け切るほどに、この防衛魔術は特段優れているものではなかった。
案の定、容易く破壊され、青の破片が派手に散っていく。
剣速自体も上昇しており、先ほどみたいの手の甲で弾くのも無理そうだ。
逃げる余裕のない灰は咄嗟に出の早い魔術をぶつける。
『魔導槍撃』
連続で射出される魔力で構成された大振りな槍。
進路を妨害しようとした続け様に衝突する槍は、しかし、その聖剣を食い止めるまでには至らなかった。
灰は補助防衛魔術を左腕に被せ防御の姿勢に入る。
「がぁ……!」
まともに喰らい大きく吹き飛ばされる。
──ザザザァッ
と靴を擦らしながらも着地に成功した。
京は体の負荷に耐えられず、今すぐには追撃をかけられなかった。
「カッコつけた割には大した事ねーじゃねーか───灰!」
しかし、代わりに追撃を仕掛ける偉助が灰の眼の前に現れた。
「『ハードスラッシュ』!」
「だからそれは俺には通じ───」
「────『小爆破』!」
強化された剣撃が硬化された灰の腕に当たると同時に爆ぜる。
剣の威力に爆発が上乗せされ、衝撃が貫通。
灰に小さいながらもダメージを与えた。
「そんな器用な真似できるなんて聞いてないぞ」
スキルの同時発動。
それは上級探索者なら当たり前に使える技能。
そうでないものなら非常に器用な芸当に当たる。
しかしそれは、探索者という存在の在り方を考えた時、決して良い意味を持たないという事を灰は知っている。
そして今、探索者の真実を知った偉助も、それはわかっていた。
「なに、今調子がいいんだ」
「そうか」
俯く灰の表情は伺い知れない。
顔を上げた灰の表情は今までと変わらない。
動けるまでに回復した京が戦闘に加わる。
本格的に二対一の構図が出来上がった。
帳は今、知らされた真実を飲み込めずにいた。
いや、真実なんて確証もない話だ。
灰がこちらを翻弄するために、戦意を挫く為にいった嘘である可能性だってあった。
しかし、並べられる状況証拠に帳は内心でそれを半ば真実だと認めてしまっていた。
だから、呆然と立ち竦む。
眼の前で激しい戦闘を繰り広げているというのに、足が前に動かない。
灰は自分の中にある力が魔物だという。
それは次第に大きくなり、いずれ宿主の人格を蝕む。
その良い例が相賀 周成だった。
相賀の場合は特殊だと言っていたが、通常のケースもろくなものではなさそうだった。
それはいずれ自分を飲み込む。
強くなればいずれと。
そして灰は言った。
上級探索者は皆、精神を乗っ取られていると、魔物同然だとも。
それならば父はもう────
絶望的な想像に膝が挫けそうになった。
しかし、それ以上に怖かったのが、自分自身のことだった。
(なんとも親不孝な娘だな)
突きつけられた真実に、既に魔物の手に落ちた父を心配する以上に、帳 凛という娘は自分が刀を振れなくなってしまう事を強く恐れていた。
彼女は考える。
自我を失うとはどういうことなのだろう。
人格を食われるとはどういう感覚なのだろうと。
それがどういった感覚なのかなど体験したことのないものには想像だにできないだろう。
しかし、一つだけわかる。
刀を振るえなくなるということだ。
これまで築いた剣技が露と消えるのだろうと。
それが、それだけがただただ、怖かった。
眼の前で仲間が戦っているのに、戦うことが怖い。
初めての感覚だった。
友のため、そして自分のために戦ってくれている京がいるというのに、彼女の剣は敵へと向けることができなかった。
スキルを使わなければ我が身を蝕まれることはないのだろうか。
いや、この探索者としての体そのものが灰の言う『寄生種』の力だ。
ただ戦うだけでも進行するかもしれない。
彼女は考えてしまう。
────もう刀を振れないのか?
剣の道を行くものとしてそれは死に等しい現実だった。
これまで憧れた父から学んだ剣の型と心構え。
同門の徒と切磋琢磨した日々が魔物なんかに食われてしまうのかと。
心に冷たい風が吹き抜ける。
なにもなくなってしまう寂しさが心に広がっていく。
父を探すため、ダンジョンには潜らなければならない。
しかしダンジョンに潜れば敵との戦いは避けられない。
そうすれば否が応にも身中に潜む虫は成長を続ける。
そしてその果は無だ。
もし、父が本当に自我を食われてしまっているのなら、その時父はどう感じたのだろうか、なにを考えたのだろうか、今、父はどうしているのだろうか。
わからない。
三人の戦いが激しくなっていく。
灰は遂に得意とする炎の魔術まで使い始めている。
あの炎の理不尽さは痛いほどに知っている。
こうなれば、二人は負けるかもしれない。
その時、灰が二人をどうするかはわからない。
そうなってほしくないとは思うが、最悪、殺してしまう事だってあり得る。
加勢しなければ。
しかし、戦うその先の自分を想像して身が竦む。
戦わなければ行けないのにその戦いが彼女の足枷になっていた。
父ならばどうしていただろうか。
そう考えている時に、ふと、父の言葉を思い出した。
──────いいか?凛。剣士ってのは何も考えずに敵を斬れば良いってわけじゃねーがよ、戦いの最中だけは目の前の敵を何も考えずに斬れ。なに、矛盾じゃねーよ。考えるのは戦う前と戦いの後だ。凛よ、剣士なら無我の境地を目指せ。己を剣にしろ。剣に心はねぇ。あるのは経験だけだ。そうすれば何も考えずに最高の一振りが生まれる。なにか壁にぶつかった時こそ、剣士は頭を空っぽにしろ。
思い出した父の言葉は今の彼女でも難しい。
言っていることは何となくわかるが、それを体で表すとなるもそれこそ極地と言えた。
しかし、思い出したその言葉は今の帳には効果覿面だった。
(戦いの最中だけは何も考えるな、か)
そう、今はまさに戦いの最中。
あれこれ考える事など剣士として、父の娘として愚かな行いだった。
何も考えずに戦うなど今の彼女には難しい。
自身に巣食う魔物に対する恐怖は拭えないだろう。
しかし、それでもカンフル剤としては十分だった。
彼女は刀を構え直す。
ゆっくりと息を吐き、それに恐怖を乗せて全て外へ。
帳が駆ける。
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