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暴かれる真実

 仮面の男の正体に六人は目を剥いて驚きを隠せないでいた。


 狼狽える声、呆ける顔、睨み付ける目、歯を食い縛る音、剣を強く握る拳、そして怒声。 


 「なんでお前が周成を殺そうとしてんだよ!!(かい)!!」


 戦友の裏切りに煮えたぎるような怒りが抑えられない。


 髪色が違う、表情が違う、待つ力が違う。


 だから否定してほしかった。


 別人だと


 瀧虎灰(たきとらかい)などではないと


 しかし目の前の人物はそれらを踏まえても、どうしょうもなく瀧虎灰その人だった。


 「……」


 「黙ったままじゃわかんねーだろうが!!」


 否定も理由も答えない。


 黙したまま、それでも尚纏う魔力に陰りは見えず、感じる害意は消え去らない。


 

 「何を言っても無駄だろ。相変わらずやる気満々だぜ」


 (かなどめ)だって動揺はある。


 しかし、言葉を投げかけるばかりでは状況が動かないことには気づいていた。


 「けどよ!」


 「ならお前のお友達が死んじまってもいいってか!……もう時間はそう無さそうだぞ」


 偉助が相賀を見る。


 胸に空いた穴はもう完全に塞がっているにも関わらず、起き上がる様子はない。


 胸も僅かに上下しているが、呼吸も浅そうだ。


 あの蝋人間と同じなら自然回復能力は高い筈だ。


 しかし、あの炎がそれを阻害しているようだった。


 焼け爛れた部位だけは尚も無惨なままだった。


 「そいつの身柄をこちらに寄越せ」


 仮面の男───瀧虎灰が僅かに魔力を抑えて要求した。


 その声は剣呑であるものの何時もの瀧虎灰の声だった。


 「誰が!?」


 偉助はそれに強い反発を見せる。


 「そいつがもうまともな人間ではない事には気づいているだろ」


 その言葉は一同に重くのしかかる。


 「こいつを渡したら俺達を見逃してくれるのか?」


 「京!」


 「元々最後まで付き合うなんて約束じゃなかっただろう」


 「……いいだろう。見逃してやる。それならば帳 凛の身柄も確保させてもらおう」


 「な!?私か……!?」


 「……舐めてんのか瀧虎」


 「どういうつもりだよっ灰」


 矛先の向けられた帳は驚愕し、京の戦意に再び火が灯る。


 傍若無人な灰に対して偉助は怒りをより一層募らせる。


 「詳しくは言えないがそれが俺達の一つの目的でな。相賀周成の身柄の確保、または始末の目処が立てば、帳 凛の身柄の確保の指示も受けている」


 「"俺達"や私の身柄の確保を"指示"されたということは何かしらの組織に身を(やつ)して居るということか?」


 「想像にお任せするよ」


 「お前たちは何者なんだ」


 「答える義理はない」


 京の誰何(すいか)を無下に払う。


 「……魔術師か?」


 「今更なにを……それはさっきのあの話か?」


 現代にダンジョンが現れて尚、オカルト扱いされる、ダンジョン由来のものではない魔術師。


 探索者の持つクラスではない、本当の意味での魔術師だ。


 「そんなのいるわけ……!!」


 魔術師クラスを有する麗奈は強く否定するも、自身を圧倒する理不尽な炎とトリガーワードもない魔術を見せ付ける灰の姿を思い出し、それが探索者の常識内にあるものではないことを思いだし、言葉に詰まった。


 「廃嫡されたとは言え、流石は春日家の人間だな。察しているようだな」


 「……廃嫡?」


 帳家を継ぐ身としてその言葉の持つ残酷な意味を理解している帳が反応する。


 「……今は関係ないだろ」


 それを深く掘り下げるつもりなど偉助にはない。


 「そんな本物の魔術師様がどうして俺達探索者のいざこざに介入してくるんだよ。相賀が狂ったのは確かにその通りだが、別にお前たちじゃなくても、探索者達が対応すればいいだろう。どうしてしゃしゃりでてくるんだよ」


 相賀の暴走は確かに危険だ。


 しかしこのダンジョンにはプロの探索者や実力のある教師陣だっている。


 その者たちに任せれば、鎮圧することも望めるし、最悪の場合でも殺す事もできる。


 それをなぜ、外野の人間がその身柄を欲するのか京達にはわからなかった。


 ましてや今回の暴走自体に対してなんの関係もない帳がその身柄を要求されることなど余計に理由がわからない。


 「……まだ気付いていないのか。いや目を逸らしているのか?」


 「なに言ってやがるっ……」


 思わず言葉に力が入る京。


 「……まさか」


 その言葉に嫌な予感を帳は抱く。


 「お前たちは疑問に思ったことはないのか?自分たちの力の正体を」


 「力の正体……?」


 京はそんなもの一度も考えたことがなかった。


 幼少の頃から存在した力で、日常の中に当たり前にあったダンジョンと探索者。


 それと共に成長をしてきた現代の若者たちにそれを疑問に思う事は難しく、疑問を抱ける人間は少数派だった。


 「そう言えばお前は時々懐疑的なことを言ってたな灰。どこか嫌味みたいな言い方だったから覚えてるぞ」


 偉助は灰と探索をした日々の中で、その言葉を耳にしていた。


 偉助自身が探索者自体に不思議な感覚を持っていたため、同じ感情を抱く灰にどこか親近感を寄せていた。


 「俺達魔術師は遥か昔から神秘を研究し続けてきた。観察・推論・仮説・検証・考察、やってることは科学と同じだ。この世界にある2つの法則、物理法則と対を成す神秘法則を学問として追究してきたのが魔術師という存在だ。そのために魔術師の扱う魔術には解明された法則や理論の裏付けがあり、きちんと開発された魔術にはさした危険はない。しかしお前たちの力はどうだ?自分たちでどんな力を使っているのか理解しているのか?その現象を引き起こすメカニズムは?消費されるはずのエネルギーの正体は?力そのものの正体もわかっていないだろう?」


 淡々と並べられる言葉は芯を食っていた。


 探索者の力に現代科学のメスは通らず、その力の正体やエネルギーの出所など全くと言って良いほど解明されていなかった。


 しかし、その正体不明の力を今の人達は有り難く使っている状態だった。


 最初こそ、探索者に対し、落伍者のイメージが強かった時代には、理解の及ばぬ力に不安と恐怖を覚えて批判する人間も多かったが、齎される恩恵と現れるカリスマ然とした英雄に人々はその感覚を次第に麻痺させ、社会の基盤とも言えるほどに探索者の存在が世間へと認められていくに至った。


 探索者批判など下火の時代すらとうに過ぎ去っていた。


 「……ならお前たちは俺達の力の正体を暴いてるとでもいいたいのか?」


 暴走に対して、これだけの仕打ちはおかしくないのかもしれない。


 しかし、偉助にはまるで灰がこちらの力の正体を既に看破しているように見えた。


 「あぁ、既に検証段階は済んでいる」


 それはほぼ究明が終わっている事を指していた。


 「俺達魔術師はその力の正体を便宜的に『魔王の塵』と呼んでいる」


 「魔王……?」


 「それを説明するためにはダンジョンの成り立ちから説明すべきだが、時間がないんだろう?聞くか?」 


 相賀の残されている時間が正確にわからない。


 回復しているのか、その命がこぼれ続けているのか判断がつかない。


 しかし、目を覚まさないという事実だけはうごかない。


 「要所だけ教えてやる。お前たちは魔物に寄生されている」


 「……!?」


 皆、愕然として声がでない。


 身の毛もよだつようなその言葉に吐き気すら憶える。


 「寄生って……き、寄生虫みたいに摩耶華の体の中にいるっていうの?」


 声を震わせる摩耶華は冗談だよという言葉を願った。


 しかし、向けられた視線にはどこか憐憫のような情が垣間見え、嘘ではないと理解してしまった。


 「初めてダンジョンの入り口を潜ったとき、違和感を感じなかったか?」


 「そう……いえば」


 心身の感覚の優れる帳は当時の感覚を思い出した。


 自分の中に何かが入ってくるような異物感。


 しかしそれは探索者としてのエネルギーのようなものだと思っていた。


 まさか、それがエネルギーの源となる魔物だったなどとは思いも寄らなかった。


 そしてその記憶と感覚は大小の差はあれど皆が持っているものだった。


 掘り返される記憶と感覚に場に沈黙が訪れる。


 「…………うそ……うそうそ…うそうそうそ!いやっ───信じたくない!!」


 沈黙を金切り声が切り裂いた。


 首を振って声を荒げる摩耶華がいた。


 その事実を周りの者も信じられない。


 しかし、それだとどこか納得が行くのだ。


 この一連の流れに。


 それを心の中で理解しているからこそ、摩耶華は次第に正気を失いつつあるし、他の者も背中に冷たいものが這うような感覚を覚えた。


 摩耶華が取り乱しているからこそ、自分たちがなんとか平静を保っていられるだけかもしれない。


 それだけ一同を襲った衝撃は大きかった。


 「寄生なんてされていたらとうに解剖でその存在がわかっているはずだろう!」


 帳のいう事も最もだ。


 しかし灰はそれすらもあしらった。


 「魔物は───こちらは『寄生種』と読んでいるが───人間の肉体ではなく、精神体に寄生する。そこは未だ科学の及ばない分野だ。解剖した所で見つけることはできないし、そもそも探索者が死んだ時点で一部は殺した者に移譲され、一部はダンジョンの底へと帰る」


 「あ……」


 偉助は思い出す。


 自身が倒した敵の最期を。


 淡い光のような塵となってダンジョンに溶けていく姿を。


 そしてその一部が自身に還元されていたのだと思い至る。


 それは皆も同様だった。


 「そして一定以上に存在を大きくした『寄生種』は宿主の精神を喰らい、肉体の主導権を奪う」


 「そん、な……それじゃ私達はいずれ」


 優美が相賀を見る。


 自分の未来がこんな風になるのかと。


 「そいつは特殊だ。そんな見た目にはならない。いつの間にか精神を食われて人格が入れ替わるだけだ」


 「だけだって!……そんな」


 麗奈が気を落とし、床にへたり込んで床を見つめる。


 「そうなると他の探索者はどうなる。自分以外の探索者が乗っ取られていないどう証明する。いや自分だって……まて、上級探索者など───」


 帳の推測は正しかった。


 残酷な程に。


 「気付いたか、上級探索者は全員、その精神を乗っ取られている。魔物同然だ。それを俺達や自我を持った魔物たちは『壊人』と呼んでいる」


 「まじ……かよ」


 「冗談キツすぎねーか……つまんねー冗談ばっかだったけどそれは流石に笑えねーぞ」


 将来国家保有探索者としての立場が確約されている京は上級探索者達とも既に交流があった。


 そのもの達が皆、既に人間ではなかったなど悪夢のような話だった。


 偉助は自身の才能を見限り、新しく探索者としての道に己の人生を託した。


 しかし、その道の先に自身の人生がない事に絶望を知る。


 「つまりは他の探索者など当てにならなければ、その探索者が成長した寄生種を持つ相賀を倒してそれを吸収してしまうことなどもってのほかだ」


 それは解決などにはならず、新たな火種の誕生でしか無かった。


 そしてその火は相賀のもたらす物よりもより一層大きくなる可能性を大にして。


 「俺をあの銀髪の少女から助けたのも……」


 「あぁ、『壊人』が強化されるなんて見過ごす訳が無い。更に言えばお前は尚更警戒されているぞ京。その身に宿す『勇者』がどれだけ危険かは未知数だからな」


 京は自身の力の大きさを自覚している。


 笠に来ていたと言っても良い。


 それが今、しっぺ返しのように残忍な事実を突きつけられていた。


 いつ、自我を失ってもおかしくないのかもしれない。


 「やっと……認められると……やっと、父に……」


 どんな思いで探索者になったのかはわからない。


 しかし、京の目が虚ろになっていく姿に、よっぽどの思いがあったのだろうと灰にだって分かった。


 「もう良いだろう?分かったのなら戦うことをやめて大人しくそいつの身柄を寄越せ。そいつは危険だ」


 灰の言葉に全員が気圧された。


 それだけの事実を突きつけられて、皆の戦意などとうに消失している。


 むしろ戦うことが怖くなったと言ってもいい。


 戦えば戦うほどに身を巣食う魔物が大きくなると言うのだから。


 しかし、


 「……周成は俺の親友だ」


 「……それは帳の事もか」 


 受け止めきれないほどの事実。


 それに探索者の正義は揺らいだ。


 目の前の理不尽な強さを誇る魔術師は振り翳す弁まで強力だった。


 まるでこちらに正義は無いと。


 正義に立つは己だと。


 それを覆すような舌など持ち合わせてなどいない。


 それでも、


 それでも諦めきれない想いがあった。


 断ち切れぬ関係がその胸を強く締め付けている。


 ならば言葉にするは一つ。


 正義を語る舌はなくとも


 事実を否定する弁はなくとも


 熱く燃え上がるこの感情だけは裏切れない。


 二人の男の声が重なった。


 「「それはさせねぇえええ!!!」」


 戦いを諦めることは二人には出来なかった。

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