素顔
状況は極めて悪い。
前衛三人の攻撃はまともに通じず、京一人がどうにか時間を稼げるのみ。
必死に作った時間で繰り出された大型の魔術スキルによる大きな炎は、仮面の男の飼う魔術のエサにされた。
そいつは今仮面の男の足元でペットのようにはしゃぎ回っている。
こちらの戦力のことごとくを否定され、相手の力は増すばかりで天井が見えない。
その上、帳から今更ながらに聞かされた情報は前代未聞の宿願。
人類が次のステージへ進むための待望のスキル。
神の所業ともいえるその転移スキルを仮面の男は有していると帳は言った。
勝つ希望がまったく見えない戦力差の羅列に空気が重くなった。
偉助が機を窺う。──力の差が壁になって立ちはだかる。
帳が機を窺う。──刀を通すだけの活路が見いだせない。
京が機を窺う。──射抜かれる視線に籠もる殺気に身が竦む。
優美が機を窺う。──自身ができるのはせいぜい牽制のみだと自覚している。
摩耶華が機を窺う。──しかし、自分から動く事はない。ただ決して自身が隙を突かれて起点にされないように。
麗奈が機を───窺う程の余裕はない。ただ呆然と、全くと言って良いほど自身のスキルが痛痒すら与えなかったことを、かえって敵に塩を送ってしまったことをただ悔やみ、自信を喪失し、自責の念に囚われていた。
各々感じる事は違う。
しかしそのどれもが現状に光を差すどころか、影を落とすようなネガティブな思考や感情のみだった。
「なにもしないならどけ」
異質な低音に心臓が揺らされる。
それは確かに攻撃の意思を載せた言葉だった。
仮面の男の指に手繰られた赤い炎が蛇のように六人に襲いかかる。
摩耶華が守るためのスキルを発動しようとした時、とっさに偉助が叫んだ。
「ギリギリまで惹きつけるんだ!」
その言葉が何を意味するのかを察した摩耶華は、眼の前に迫る炎の恐怖に抗いながらも当たる直前まで発動を堪える。
「うぅ……『対火属性魔術障壁強化』!」
焦げるような熱さが迫ったその時、摩耶華による炎に対する最適解の魔法陣が六人を守るように出現。
仮面の男が操作しようと指を繰るが間に合わず、軌道を変える途中で炎が障壁に衝突。
炎の猛々しい音と障壁の悲鳴が耳を劈く。
障壁を破らんと炎が勢いを増し、障壁に亀裂が走った。
「嘘でしょ!?対火属性の強化スキルだよ!」
最適解のはずの防衛魔術スキルはその相性を自力の差で覆された。
遂に障壁は砕かれ、床へ散っていく前に燃え尽きる。
遮られていた熱が再び蘇る。
「目を塞いでいろ!『聖なる光線』!」
京の放つ一条の光が炎を迎え撃った。
衝突と共に炎の熱は散っていき、収束された光は全方位へと放射され、共に勢いを削り合う。
しかし障壁程に面を有しない京の『聖なる光線』では全ての炎を相手にすることはできず、一部の両端の漏れ出た炎が躍り出る。
片方を抑えるべく帳が一歩前へ。
片方を迎え撃つため麗奈が杖を構える。
「『剣牢』!」
「『波立つ水流』!」
数多の剣圧を持って築かれる鋭き小城塞をもってしても無傷では居られない。
衣服の所々が焼け落ち、素肌に小さな火傷を負ってしまう。
一瞬にして現れた大質量の水ですら次々と水蒸気に代わり、探索者の持つエネルギーへと返還され宙に帰っていく。
水に遮られようとも熱は麗奈達を襲い、小さくないダメージを与えた。
そして中央、摩耶華の防衛魔術スキルによって威力を削がれていた炎は光が全て解かれると同時にようやく熱を無くし姿を消した。
元々足元にあった炎の無造作な一撃。
たったそれだけを迎え撃つために。各々がスキルを用い、それでも被害をゼロにすることはできなかった。
スキルを用いた四人の呼吸は荒かった。
京など戦い続きでかなり消耗しているはずだ。
それでもその目は未だ死んでいない。
「距離をとるのは一番の愚策だな」
息遣いを整え、状況を整理する京。
「張り付いて機を狙うのが上策だろう。いけるか?春日」
「お前達ばっかに負担かけれるかよ。ダメージソースにはなれねーかもしんないが、掻き回すのは得意だ。やれるだけやってやるよ」
帳の気遣いなど自身の不甲斐なさを抉るだけだ。
偉助はそれを払拭しようと奮い立つ。
「私も奴を牽制するくらいはできる。私の射線にだけ入らないように気をつけて」
「……私もできるだけ対個人用のスキルで狙ってみる。効果があるかはわからないけど……」
「接近戦メインだと摩耶華はやること少ないから今のうちに仕事しておくね。『範囲中回復』『範囲火属性耐性付与』」
全員の火傷や擦過傷が癒えていき、綺麗な肌へと戻る。
消耗の激しい範囲スキルの連続使用で摩耶華は息を粗くして膝をついた。
「ありがとう、摩耶華」
京は膝をついた麻耶華へ顔を向けて礼を言うとすぐに仮面の男へと向き直る。
疲労は消えないが、それでもダメージがあるとないとでは動きに大きな差が生まれる。
調子を取り戻した三人が仮面の男へと掛ける。
先鋒を京が走る。
それに帳と偉助が続く。
「懲りないな」
眼の前に迫る京達に仮面の男が億劫そうに言葉を投げかけた。
「面倒ならお得意の転移スキルで尻尾巻いて逃げたらどうだ」
京の剣が仮面の男の展開する障壁に防がれる。
「奴を殺すか、別の目的を果たすことができたなら引いてやる」
「別の目的……?」
仮面の男の言葉に京は眉をひそめる。
こいつの言う別の目的がなんなのかは今の京たちには一切見当もつかない。
考えるだけ無駄だと力を込める。
「『ハードスラッシュ』!」
偉助のスキルは仮面の男の身に纏う常時展開されている透明な障壁によって防がれる。
しかし、今までと違う手応えに偉助は不敵に笑う。
透明な障壁に防がれるも、無碍に弾かれることもなく、確かなダメージを障壁に与えることができていた。
その障壁は都度展開されるものでは無いために、ダメージが蓄積すればいずれ破れるのだと偉助は感じた。
そしてそのダメージの蓄積も決して小さくはないと偉助の直感が告げている。
偉助の攻撃を厭い、青い炎が偉助を退かすように薙ぎ払らわれた。
仮面の男は初めて偉助へと反応を示した。
「帳!」
「『兜割り』」
剣豪の持つ高威力のスキルが仮面の男の横合いから頭を襲う。
すぐさまに展開される防衛魔術。
展開された魔法陣が帳の刀を防ぐも予想を上回る威力に魔法陣が破壊され、仮面の男へと直撃。
脆くなった透明な障壁はすぐさま砕かれ、仮面の男は思わずその場を跳ねて帳の一太刀から逃げ延びた。
「やっと動いたな」
一歩たりとてその場から動いて居なかった仮面の男は三人の攻撃で初めて自ら足を動かした。
勝機を見出した京は三度目となる切り札を切る。
「『聖剣開放』」
強力なスキルの酷使に体が悲鳴を上げるも口角を釣り上げて笑って見せる。
神々しい光を宿し、姿を変えて聖剣へと至った京の得物をもって襲い来る青い炎を薙ぎ払い進む。
仮にも麗奈のスキルを食った得体のしれない炎だ。
無傷とはいかず、全身に大きな火傷を負いながらも死地を切り開く。
仮面の向こうで目が見開いたのが分かる。
しかし、青い炎は消えていない。
炎を手繰り、再度けしかけようと指を動かす。
「───っ!?」
しかし、強い衝撃で手が弾かれ、炎は無茶苦茶に動き京へと届かない。
「『聖なる一閃』!!」
振り下ろされる光の一閃。
その力強さを察した仮面の男は二重に防衛魔術を展開させる。
しかし気勢を上げる京に対して仮面の男の展開する魔法陣は青の鱗片を散らしながら悲鳴を上げていた。
砕かれる一枚目の魔法陣。
迎え撃つ二枚目の魔法陣は予備の魔法陣。
硬度はメインとなる一枚目より劣るために、十分に威力を削れなかった聖剣を止めることは叶わない。
二枚目も虚しく破砕された。
危うく、のけぞり聖剣から身を躱す仮面の男。
距離を取ろうとその場から退こうとしたその時、眼の前に突然妖艶を纏う少女が現れた。
「『異剣・燕返し』」
帳 凛の有する対個人最強のユニークスキル。
時空を越え、人知を超えた魔剣が双刀となって仮面の男を襲う。
青い炎で勢いを殺す。
しかし無下もなく散らされ掻き消える。
魔法陣が展開される。
しかし十分に魔力の籠もっていない魔法陣は容易に砕かれる。
腕を交差させ身を守る。
硬化された腕は以前の異剣を食い止めた。
しかし、以前よりも鋭さを増した異剣は幾度もの障壁を食い破り、威力を落としながらも仮面の男の右腕を切り落としてみせた。
「ぐっ……!」
初めて聞いた仮面の男の苦悶。
大きく距離を取った仮面の男は切り落とされた右腕を抑えて魔術による治療を始めていた。
「押しているぞ!」
帳の喜びは大きい。
あれだけ圧倒的な力を見せつけられた相手に自身の太刀が入る喜びは、生粋の剣士ならではなものだろう。
それでなくとも全員が差し込む希望に勝利を見出した。
仮面の男がこちらを睨む。
「そのいけ好かない仮面を叩き割ってやると言っただろう?次はその素顔、晒してみせよう」
罅の入った男の仮面を見てあの時の屈辱を晴らせると帳は意気込む。
「……舐めてたな」
ぼそりと呟かれた声が不思議と木霊した。
「これからだ『炎の川』」
現れた魔法陣から流れでる炎。
既に何度か見ているものではあったが、それが自分たちに振るわれるのは初めてだった。
足元の炎以外の手段を用いたのは初めてだ。
相手も本気になったのだと帳たちは気を引き締めた。
仮面の男前方の帳、京へと炎が流れ込んでいく。
相賀と少女を襲った炎よりも小さな流れではあったが、それでも威力は十分だ。
「『対火属性魔術障壁・強化』!」
摩耶華の展開するスキルの結果は既に出ている。
僅かに流れを食い止める事に成功するも、時間稼ぎ程度にしかならなかった。
「『波立つ水流』!」
「『聖なる光線』!」
火流に抗うように水流が激しくぶつかる。
無様な程に水がぶち撒けられ床を水浸しにしていく。
水流は勢いよく削られていくも、そこにさらに一条の光が火流へと抗う。
大きく火の勢いは弱まるもそれでも尚顕在だ。
しかしそれだけ削れば避ける余裕は生まれる。
先程までの飼われたような炎のように勝手の効かない炎をそれぞれが避けていく。
敵の攻勢も凌げている。
ここだと皆が心をひとつにした。
仮面の男が初めて自ら動き始めた。
京へと急接近する仮面の男。
聖剣を一振りで見舞う。
それを難なくと手で払いのけると腹部へと拳を振るう。
「『魔導掌撃』」
突き刺さる左掌底から流れ込むエネルギーが京の体内で暴れまわる。
「ぐっ……わぁ……」
「『応急処置』」
摩耶華の回復スキルが痛みを緩和し、腹部内部のダメージを修復する。
完全にはダメージを払拭することは叶わないがそれでも剣を振ってその場から離脱するだけの体力は稼げた。
京への追撃を許さない。
「『ハードスラッシュ』!」
「馬鹿の一つ覚えだな」
偉助のスキルはたやすく払われる。
体制を崩そうと強く払ったにも関わらず、偉助は上手く力をいなし、拳を振るう体制に移っていた。
しかし、スキルも使用しない偉助のただの拳では痛痒もないと仮面の男は知っていた。
直撃するも、強化された仮面の男の体は異様なまでに硬い。
しかし、
「『小爆破』」
拳からゼロ距離で放たれる魔術スキルは強化された体の上からでも十分にダメージを与えることに成功した。
「ちっ……」
しかし、大きなダメージには繋がらず、偉助は仮面の男に蹴飛ばされ大きく飛んでいく。
「うっぐ……」
腹を抑えて立ち上がる。
蹴られたダメージはそこまで大きくはないが、ゼロ距離から魔術を使用した、支点にした拳は骨が見えるほどに無惨な見た目になっていた。
「『石の弾丸』!」
一時的に前衛が剥がれたタイミングを見逃さず即座に魔術スキルを行使する麗奈。
「『強撃矢』!」
出の遅い魔術スキルをフォローするため優美の矢が先行し、仮面の男を妨害。
力の強い矢に一瞬労力を奪われ逃げるのが遅くなる。
結果真正面から降り注ぐ石の弾丸の雨。
身を守る為にそこに縫い付けられる仮面の男。
仮面の男にとってその魔術は防衛魔法陣を用いれば大したことは無いが、お陰でその場から動けない。
雨が止むと同時に京の聖剣が迫る。
「『聖なる一閃』!」
「見飽きたぞ」
『魔導掌撃』
京の最高の一撃も拳一つにはたき落とされる。
一撃を真正面から受けること無く、剣の腹を叩いて剣線を逸らす。
戦い慣れたものの業だった。
払いのけ、一歩踏み出し剣の間合いを殺す。
徒手空拳の間合いは仮面の男のものだ。
力を宿したままの拳が京の頬を打ち抜いた。
「がぁっ!」
吹っ飛ぶ京と入れ替わるように再び『異剣』を抜いた帳が現れる。
「『異剣・燕返し』」
「大安売りだな」
突然現れるも仮面の男は動じない。
その余裕な言動に、妖艶を纏う帳は焦りに似た感情を抱いた。
それは直感だった。
男が素早くしゃがみ込む。
帳の直感は正しく、その背後に展開済みの魔法陣を見た。
帳が剣を振るうよりも早く、仮面の男は待機させてあった背後の魔法陣を発動。
────『魔導槍撃』
スキルの為の動作に入っていた帳は虚を突かれ、回避行動に映ることはできない。
帳の魔剣は発動を許されること無く、その身を後方へ突き飛ばされて終わる。
「かっは……」
同じ手をそう何度も食らうほど仮面の男も甘いわけではない。
くぐり抜けた死線が違う。
青いひよっこがどう動くかなどわかりきっていた。
「……貴様もまだまだだな」
しかし、突き飛ばされる帳の凶暴に歪む表情を見て咄嗟に後ろを振り返る。
そこには直ぐ側まで小剣を水平に構える偉助がいた。
「惜しかったな」
しかし消えずに残っていた魔法陣が最後の槍を投じる。
帳を吹き飛ばした『魔導槍撃』が偉助へと突き刺さる。
そしてなんの抗力も感じることなく、その身体に大きな穴を開けて突き破った。
相賀 周成の身体に大穴を開けた魔術と同じものだった。
「は?」
仮面の男が呆然とする。
それほどの威力を込めたつもりはなかった。
しかし、現に目の前の偉助の体には向こう側がハッキリと見えるほどの大きな穴が空いており、その目は虚ろに転じていた。
仮面の男に焦燥が走り、あからさまに同様をみせた。
「───残像だ。っなんてな!」
目の前の虚ろの目をした偉助の体はポンッと音を立てて煙に消えた。
カランカランと小剣が落ちる音が鳴る。
「なにぼうっとしてんだよ──『小爆破』」
仮面の男の顔に衝撃が走った。
決して小さくない衝撃を逃がすように後ろへと跳ねる。
────やられた。
何をされたのかは大体見当はついた。
しかし、この土壇場で偉助がそれを為して見せるなど考えてもいなかった。
仮面の男が顔を抑える。
ポロ、ポロ
罅が行き渡る仮面は次第にその姿を保つ事ができず、小さな破片からこぼれ落ちていく。
「はっ──ついに素顔お目見えってか」
偉助は勝ち誇りその正体を待つ。
それは皆同様だった。
追撃を加えたいところではあったが、一連の戦いで皆大きなダメージを負っている。
そしてそれを摩耶華が治癒のためスキルを発動しており、その回復待ちだった。
皆がその素顔を息を飲んで待った。
ポロ、ポロポロ
仮面のその下の顔が男の手のひらから覗く。
浮世離れしたその銀髪、指から覗く金色がかった瞳。
比較的高めの鼻と、スッキリとした口と顎。
美醜で言えば、整った顔立ちをした少年。
「おい、冗談だろ」
皆が信じられないと目を剥く中、最も目の前の光景を信じられない偉助は裏切られたと心に切り傷をつけられたように劈くような声を上げた。
「なんでお前なんだよ。なんでお前がいるんだよ!!────灰!!!!」
普段の気の抜けた顔の少年からは想像の出来ない鋭く、険しい表情をした偉助や帳の戦友。
この場に居ないはずの少年───瀧虎 灰がそこにはいた。
ブックマーク、評価をよろしくお願いします。
モチベーションに繋がって飛び跳ねて喜びます。




