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Fight Fire With Fire

 「聖なる一閃(セイクリッドブレイド)!」


 学生探索者の域を越えた威力を誇る白線が仮面の男を斬りつけるも、トリガーワードもなしに出現する魔法陣にもう何度も防がれ続けていた。


 聖剣と魔法陣の衝突による白と青の光の放射が薄暗いダンジョンを強く明滅させている。


 打ち付ける音と強いフラッシュの中、勇者と仮面の男が視線を交え続ける。


 しかし、当然ながら(かなどめ)は一人ではない。


 突然のけたたましいほどの音が仮面の男の横合いから響いた。


 ────帳一刀流(とばりいっとうりゅう)猿叫(えんきょう)


 速さと威力を兼ね揃えた相伝、人の技が不意をつく。


 しかし、仮面の男に危うげ無くその鋭い居合を片手で弾かれてしまう。


 速さはあれど、早さに欠くその技はやかましいほどの音も相まって満足に急襲の利を果たすことができなかったのだ。


 戦闘経験の違い、特に己の判断の未熟さに(とばり)は舌打ち一つ打つと、仮面の男の足元で渦を巻く炎に絡め取られないように即座に距離を取った。


 「『ハードスラッシュ』!」


 二度続けての急襲。


 明滅の中、気配を絶って背後に回っていた偉助がスキルを発動。


 それは腕で払われることも、魔法陣が展開されるわけでもなく、仮面の男が常に纏う透明な何かに弾かれて終わる。


 その間に一度だって偉助へと視線を寄越す事は無かった。


 歯牙にもかけられない程の己に悔しさを抱きつつも、弾かれる反動の方向を逸らし、コントロールしそのまま斜め前へと転がり込む。


 帳同様常に炎を纏う仮面の男からの反撃を警戒して一撃離脱を心掛けた戦闘が続いていた。


 炎にさらされながらも、満足に剣を交え続ける事ができているのは京ただ一人であった。


 その京だって、滝尾摩耶華から属性耐性の魔術をかけてもらい、常に纏う炎からの影響を最小限に留めているにすぎず、その炎がしっかりと狙いを定めて襲い来れば、その耐性ですら気休めに過ぎない程度の効力しか発揮できないでいた。


 六対一。


 されど彼我の戦力差は火を見るより明らかだった。


 「十分(じゅうぶん)よ!」


 校内屈指の対多数火力を有する《大魔術師》、半田麗奈(はんだれな)の合図により、京を含めた三人は後衛組の場所まで後退。


 その合図の意味が火力を約束されるスキルの発動の準備が整った事を知らせるものである事は誰にでも分かるものだった。


 それは仮面の男も含まれている。


 探索者の常識を当然のように打ち破る行使速度で圧倒し続ける男が、それを妨害しようと足元の炎を手繰る。


 前衛もいなければ離れた位置でこれ見よがしに魔術スキルの発動を合図されては、こちらに対し狙い撃ちにしてくれと言っているようなものだった。


 「させない!『三連矢(トリプルアロー)』」


 それは犬飼優美(いぬかいゆみ)も理解している。


 男の動作を見るや否や、決して弱くはない三つの矢をもって動きを妨害しようとスキルを放った。


 拳銃のような速度を持つ矢を足元の炎では焼くことはできず、仕方無しに防衛用の魔法陣を展開し身を守る。


 魔術行使の妨害には成功した。


 こちらの動きをフォローする仲間の心強さに笑みを浮かべた。


 「『偉大なる炎(アークフレイム)』!」


 即座に切り替え、敵を見る。


 半田麗奈の持つ長杖から現れた魔法陣より、数人を優に飲み込むほどの炎が吹き荒れる。


 「馬鹿が『火には火をファイトファイアウィズファイア』」


 迫りくる大火を前にぽつんと指先程の小さな青い火がこぼれ落ち、ゆらゆらと揺蕩いながら前に進む。


 「そんな小さな火で私の炎がどうにかできると思う!?」


 麗奈のその言葉の通り、頼りない小さな青い火は一瞬にして赤い大火へと呑まれその姿を消した。


 「妨害されて満足にスキルも発動できなかったみたいね。そのまま焼かれなさい!」


 勝ち誇った麗奈の顔はすぐに固まった。


 炎がその場に留まり、仮面の男へと向かわないからだ。


 それどころか、赤い炎がどこか苦しそうに藻掻いているようにも麗奈の目には映った。


 「え」


 ぽつんと青が浮き出した。


 赤い炎に呑まれて消えたはずの小さな青い火が確かにその存在を主張していた。


 ぽつんぽつん。


 点々と小さな青い火が、赤い火へと()()()()


 直後、足を止めた赤い大きな火は、ごうっと悲鳴のような音を上げると一瞬にして全身を青い火によって()()()()その全てを小さかった青い火の燃料にされて姿を消した。


 代わりに現れた青い大火が仮面の男に手繰られ、足元の渦に加わり赤と青の混ざる渦が完成した。


 「うそ、でしょ。麗奈のスキルがあんな火に……?」


 摩耶華が信じられないといった様子で固まっている。


 それは麗奈のスキルの威力を知る仲間たちも同様、京と優美もそのあまりにもあっけない終わりと利用された事実に歯を食いしばるように警戒心を剥き出しにしていた。


 麗奈には分かる。


 あの魔術のもつ今のエネルギーとその特性が。


 火力に優れる火属性のスキルがもう使用厳禁だということが。


 あの炎は、炎を食らって際限なく大きくなっていく、炎を燃やす炎。


 火力を火属性スキルに頼っているような魔術師クラスの探索者からしたらあまりにも理不尽な天敵だった。


 《聖女》からの耐性を与った前衛による必死の時間稼ぎから捻出された《大魔術師》による高火力スキルとそれをフォローする《大狩人》の連携も虚しく、一連の攻撃は敵に痛手を与えるどころか、手札を与える結果に終わってしまった。


 《勇者》の『聖剣開放(切り札)』は既に切られている。


 各々の連携も結果に目を瞑れば満足の行くものだ。


 しかし、それでも地力が違いすぎた。


 「あいつもそこに倒れてるやつと同じ様なものなのか?凛はあいつと戦闘したことがあると言っていたな」


 京の疑問は一般的な探索者からしたら当然の感じ方だった。


 相賀があの少女の影響によって変貌してからはその全てのスキル行使において、トリガーワードは確認出来ていない。


 それはあの仮面の男も同様であり、時折トリガーワードのような名を呟くが、それ以外では動作だけ、それどころかなんの所作もなしに現れるスキルがほとんどだった。


 「あぁ、奴が相賀を襲っていた時にな。その時も今のように素知らぬ顔でスキルを振るっていたさ」


 「探索者じゃ……ないのかもな」


 何か思い当たる節があるような偉助の反応に京がふっと一笑に付す。


 「探索者でもない奴が、あんな強力な魔術を麗奈よりもすらすらとつかうってのか?それじゃ、本物の魔術師とでも言うのかよ。……オカルト話じゃねーか」


 「……」


 冗談を笑い飛ばそうとした京に対し、偉助の真顔は崩れなかった。


 「おいおい。まさか本気で言ってんのか?」


 「それとも春日(かすが)は何かを知っているのか?」


 偉助の素振りに何かを察した帳はなにか些細な情報でもいいからという思いでそれを口にした。


 「……いや、まさかな。いてもおかしくはないかって思っただけだ。探索者なんてのも一昔からしたら十分オカルトの域だしな」


 「ちっ、結局はなんの情報もなしか。対策の仕様がねーな」


 「悪い」


 「……考察自体は悪いことじゃない。責めちゃいねーよ。あいつが悠々と待ってくれてる間はな。ったく、舐められたもんだ」


 こうしている間にも、仮面の男は自ら動き出すことはなく、こちらの様子を伺うばかりだ。


 「それなら私からひとつ。奴は転移を使える」


 その爆弾発言に五人全員が驚愕に声をあげた。


 「ちょっと!?嘘でしょ!?それって私たち《魔術師》クラスの彼岸じゃないの!!」


 「仮に追い詰めても逃げられるってことね」


 「それなら早く使っていなくなってほしいなぁ〜」


 麗奈、優美、摩耶華の反応はそれそれだ


 麗奈は未だ空想だと思っていたものが現実に存在することに驚き、優美は払拭できぬ脅威に気持ちが滅入る。


 摩耶華にいたっては現実逃避に近かった。


 「凛……それを早く言ってくれ」


 「す、すまない」


 気まずさに目をさらす帳。


 目の前の戦いに集中するあまり、いや正確には己がどう相手にその身体に刃を通すかばかり考えるあまりに情報供給を怠ってしまっていたのだ。


 己が敵を倒すために情報は集めるも、己の持つ情報を周りに伝えるのは忘れがちになる。


 京パーティーでも度々合った帳の悪癖の一つだった。


 「となると今までよりも一層常識に囚われないよう戦わなくちゃな。他にはないのか?剣姫様」


 ジトッとした目線を見ることのできない帳は取り繕うようにキリッとした目で仮面の男を見やり顔を動かさない。


 「後は………………『オートヒーリング』らしいものを持っている。将暉よりも強力なやつだ」


 完全に言い忘れていたのだろう情報に京も思わずため息をついた。


 偉助は見逃さなかった。


 剣姫と呼ばれる凛々しい表情を仮面の男に向けたその少女の横顔が一瞬、焦ったように目を泳がせた事を。


 「……結構ぽんこつなのな」

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