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避けられない戦い

 全身が生者のそれとは掛け離れてしまった相賀の姿は直視するにはあまりにも痛々しい。


 剥き出しの骨。


 抜け落ちた髪と頭皮の剥がれた頭から見える赤い血肉。


 焼けただれた肌は波打ち、床にぽたりぽたりと落ちていく。


 それにも関わらず、相賀は怨嗟の声とともに腕を突き出しながら仮面の男に襲いかかった。


 今まで圧倒してみせた仮面の男であっても今の相賀のスピードは片手間で追える程のものではなかった。


 相賀の攻撃が仮面の男へと寸の所で防がれる。


 防性の魔法陣へと相賀の腕が突き立ち、反発するように魔法陣から青い光が乱反射される。


 射殺すような怒りと憎しみを内包した相賀の目と、相手をからかうようなニヒルな仮面の目が交差した。


 その仮面が、相賀の沸騰するような感情に焼石を投げ入れたかの如く刺激し、絶叫があがる。


 それとともに浮かび上がる複数の魔法陣。


 それは鍵を必要とせず姿を現し、引金が引かれた。


 至近距離で突然発動されたスキル群を前に咄嗟に飛び退る仮面の男。


 空中を駆けるような人間離れしたその動きは、この場の探索者たちよりも優れた機動力であり、その足元に現れる魔法陣が床の代わりをしているのだと想像できた。


 弾幕のように襲いかかる数多の風をその機動力で掻い潜り、距離の離れた場所で着地した。


 「周成……もう、やめろ」


 偉助が立ち上がり、痛めた体でなんとか相賀へと近寄り声を掛ける。


 「もう、あの少女はいない。戦わなくていいだろう。まずは治療をしないと……」


 相賀の正気を奪い、手駒にしていた少女、仮面の男の前から逃げるようにして姿を消した。


 そして相賀が正気を取り戻したのなら、もう戦う理由は無いのだと諭す。


 これ以上傷ついて欲しくないから。


 一刻も早く治療を受けてほしいから。


 偉助はこれ以上の戦闘を望んでいなかった。


 「違う!!シーカーは味方だ!僕の味方なんだ!敵はあいつだ!前もこうやって僕を襲った!!」


 偉助の言葉でも相賀がその怒りを収めることは無かった。


 認識の差だ。


 相賀にとってシーカーは味方であり、仮面の男は以前にも戦った敵。


 それを知らない偉助は仮面の男の脅威を正しく理解していないと相賀はそう思っている。


 「あの少女はお前の味方なんかじゃねえ!ハッキリと聞いたぞ!お前は家畜だってな!お前をそんな姿にしたのも半分はあのガキだ!」


 「そん……なわけ」


 薄っすらと残る知らない(かお)をする少女の記憶。


 記憶処理すらされず、放棄された相賀はあの少女が元凶であることを理解し、飲み込み始めていた。


 俯く相賀を見て、戦闘する意思が薄れたと判断した偉助は安心から来る笑みを浮かべた。


 「今あのガキはいない。あの変なイキった仮面の奴から逃げたんだ」


 こちらの様子を伺うばかりで、攻撃を仕掛けてこようとしない仮面の男の様子から、相賀が正気を取り戻した時点で戦う理由がなくなったのだと偉助はそう理解した。


 「で、でも……」


 相賀は仮面の男を見る。


 これだけ隙を晒しているのに攻撃をしてこようとはしていない。


 思うところはあるが、今は治療を受けろと心配してくる親友の言葉を無視できない。


 「わかったよ。帰ろう」


 「あぁ」


 素直に応えてくれた相賀に微笑む。


 偉助は支えになろうと相賀の肩を組もうと一歩横にずれた。


 「いいよ。一人であるけ───」


 ───ズシュ


 「……周成?」


 偉助の体を借りること無く倒れる相賀。


 その体には何かで貫かれたような穴が大きく空いていた。


 「何か勘違いしているようだが、そいつを生かすつもりは端からない」


 偉助の後ろから聞こえてくる冷たい声が無情を知らせる。


 「て、めぇええ……!」


 倒れる相賀を見て怒りに染まる偉助は仮面の男へと振り返る。


 その向かれる感情に対しても仮面の男はつゆほどの反応も示さない。


 「帳!」


 「……わかっている」


 人を殺めた事実を飲み込む事はできないが、今はそれどころではないと相賀を庇うように偉助の隣にたった。


 「私が奴を引き受けている間に相賀を連れて逃げることもできるんだぞ」


 偉助が相賀の様子を見る。


 息はある。


 焼かれた後とは違い、空いた穴は徐々にふさがりつつあった。


 明らかに人から離れた光景に不安を煽られるが今はむしろ好都合だといえた。


 「一人で勝てんのか?」


 「以前相賀が襲われている所に偶然立ち会ってな。撃退してみせたのさ。同じ事をすればいいだけだろう?」


 好戦的な口調であるものの、その頬に伝う冷や汗が、不利な戦いであるということを暗に示していた。


 「凛が戦うなら当然俺も戦うぞ」


 (かなどめ) 将暉(まさき)が凛の隣に立つ。


 「う、あ……あれ?」


 「……何が起きて」


 「……うぅあちこちが痛い」


 気絶から目を覚ました京パーティーの三人の少女が状況を確かめようと当たりを見回した。


 「目を覚ましたか」


 どこか安堵したような京が三人に声を飛ばす。


 「三人とも!新手の敵だ!手伝ってくれないか!」


 駆け足で京のところまでやってきた三人は相賀の様子を見て絶句した。


 「ちょっと!将暉!これはやり過ぎじゃないの!?」


 優等生な判田 麗奈は相賀のグロテスクな容態を見て京の胸ぐらを掴んで焦りをあらわにする。


 「俺じゃないって……」


 「……これで生きてるの?」


 滝尾 摩耶華はそんな状態でも息をする相賀を見てドン引きしていた。


 「……」


 犬飼 優美は直視できない様子で普段の辛辣な口は流石に鳴りを潜めており、その表情は心配と同情する気持ちが伺えた。


 「悪いが、俺の親友の為に戦ってくれないか?」


 「は?なんで摩耶華達があんた達の為に戦わなくちゃいけないのよ」


 「危なくなったら俺が時間を稼ぐ。その間に逃げてくれて構わない。それまでお願いだ」


 偉助のその真剣な表情に滝尾摩耶華と判田麗奈は敵愾心を引っ込める。そもそもパーティーリーダーである京の要請だ。二人に最初から断るつもりは無かったが、険悪なパーティーの相手の言葉を素直に呑むのは何となく気が引けていたのだ。しかしそんな真剣な顔で請われてしまうとなると話は変わる。それを無下にするほどの冷たい心を二人は持ち合わせてなどいなかったのだ。


 「状況から見るに相当に強いんでしょう?」


 問答をすることもなくとも弓を構えて矢を抜いた優美が臨戦態勢へと移し、問う。


 「私と将暉が二人で戦っても勝てないだろうな」


 「無茶苦茶ね」


 戦闘経験のある帳が由美に答える。


 「春日、俺は自分のパーティーの安全が最優先だ。戦況が悪くなれば機を見て離脱するからな」


 「もちろんだ。さっきも言ったが俺は最後まで粘るからよ。囮にでも殿にでもなんにでもしてくれ」


 「私も最後まで付き合おう。敵に背中を向けるなど剣客としての恥だからな」


 帳の覚悟を見て京は苦い表情を浮かべ、苦悶するように葛藤をしている様子だった。


 「だぁー!わかったよ!けど危なくなったら俺のパーティーだけなにがなんでも逃がす!そこだけは譲らないからな!『聖剣開放(イヴァンアス)』!」


 「わかってるって」


 何に悩んでいるのか想像のつく偉助は少しおかしくなって笑う。


 京の剣が聖剣へと変じ、その力を開放した。


 

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