配役
ダンジョンの内部を破壊した実績のある相賀のユニークスキルは強化を経て尚、その勇者を喰らう事はできなかった。
全身を血に染めながらも、決して膝は着かないその姿に相賀は追い打ちをかける事もできないでいた。
「さ、流石は勇者なだけはあるよ。でもあの化け物達に比べたらよっぽどマシだ。流石の君でもこれは痛いんじゃないの?」
一瞬、苦い記憶が蘇ったそれを振り払って京を見やる。
全力をぶつけても倒れない京を前に動揺を隠せなかったが、前の奴らとは明らかに結果が違った。
満身創痍じゃないか。
その事実に自身が無力で無いことを確かめ動揺を落ち着かせるも、そうじゃないと頭を振った。
本来なら殺してしまっていてもおかしくなかった。
自分をコントロールできずに放ってしまったユニークスキルに相賀は自分でも戸惑いと、遅れてやってきた焦りを感じていた。
好きではないとはいえ、同級生をこの手で殺めかけたという事実に胸が痛く鼓動する。
どうして躊躇いもなく使ったのか自分でも分からない。
ただ何かに突き動かされるように気付いたらトリガーワードを言い放っていた。
しかし、運良く京は生き残った。
それに相賀は安堵して胸を撫で下ろしたい気持ちになったが、その姿を見せるのも相賀に取ったら癪だった。
それになにより────
「強がらずに大人しく寝てた方が良いんじゃない?」
倒れても可笑しくない傷であるにも関わらず、京の目が死んでいなかったのだ。
強く、鋭い目。
それは食われかけた蛙の目では決してなかった。
相手を案じて追撃を仕掛けなかったのではない、この目に怖気づいたのだ。
その強固な意思を見せる目を見てしまえば、少しの油断など微塵も許されないと本能で感じ取ったからだ。
故に倒れなかった事に対して胸を撫で下ろすなど決してしないのだ。
「油断したよ。あー油断した。まさかあの落ちこぼれが生きて帰ってきただけに留まらず、こんなでたらめなスキル引っ提げて来るなんて思わねーだろ。ストレス発散なんて言ったが、撤回だ。全力でわからせてやるよ。格の違いを」
髪をかきあげたその顔には凶悪な笑みが貼り付けられていた。
「今、覚えたんだ。どうやら俺の最強スキルらしい。試しに使わせてくれよ」
「は?今覚えたって?魔物も倒してないのに……どう……やって?」
言っている途中で何故か言葉に詰まる相賀。
何かを忘れているような。
しかしそれを考えようとすると頭の中が白くなってしまう。
「『聖剣開放』」
京の持つ剣が姿を変えていく。
飾り気の無かった剣が、物語の中でも映えるような程の意匠を凝らした剣へと姿を変えた。
そう、それは聖剣と呼ばれるに相応しい神々しさを持って、京の手の中に現れた。
神聖な輝きに周りが魅せられる。
信心深い者なら、それに神性を見出し、膝をついて祈りを始めてしまいそうなほどに。
部屋が明りに灯されるような輝きではない
散逸することのない強い光がそこにあった。
「ただの強化スキルじゃないの?何をそんなに勝った気になって……」
自身の優位を信じたい相賀は、それでもその警戒心から再び『鑑定』のスキルを京に向けて行使した。
名前 京 将暉
《種族》人間
《職業》勇者
レベル 40
STR 88→103
VIT 75→90
AGI 85→100
INT 80→95
RES 75→90
DEX 77→92
《保有スキル》
『ソードマスタリーⅣ』『アーマーマスタリーⅣ』『聖魔術Ⅳ』『炎魔術Ⅲ』『水魔術Ⅲ』『風魔術Ⅲ』『地魔術Ⅲ』『魔術耐性Ⅱ』『闇魔術耐性Ⅱ』『毒耐性Ⅱ』『聖剣開放Ⅰ』『スラッシュⅢ』『ハードスラッシュⅡ』『パリィⅡ』『ツインスラッシュⅡ』『聖なる一閃』『聖なる後光』『聖なる武器』『聖なる小楯』『自然治癒Ⅲ』…………etc
《螟夜Κ蟷イ貂臥「コ隱》
『螂ウ逾槭?蟇オ諢』『荳サ莠コ蜈ャ縺ッ繧ュ繝溘↓豎コ繧√◆縺?シ∫ァ√r讌ス縺励∪縺帙※縺上l?』『繧ゅ≧繧?a縺溘⊇縺?′濶ッ縺??ょ菅縺ョ菴薙r螂ェ縺??縺ッ荳肴悽諢上□縲』『縺ゅ=?∫ァ√?蜍???▲諢帙@縺ョ蜍???▲窶ヲ窶ヲ?∵掠縺冗岼繧定ヲ壹∪縺励※縺。繧?≧縺?縺??よ掠縺上≠縺ェ縺溘↓莨壹>縺溘>縺ョ』
「うっ……」
ステータスを見た瞬間、謎の悪寒が全身を巡り、思わず目を逸らしてしまった。
ステータスが大幅に上昇してしまっている。
彼我の差は殆どなくなったと考えた方が良い。
しかし、それよりも名前と職業が京の唱えたスキル名に変化し、読み取れない文字化けが増えているのが気になる。
これがどういった意味を持つのかは相賀にはわからないが、良い変化ではない気がしてならなかった。
「土壇場でそんなスキルが生えてくるとか反則だよね……」
精一杯余裕を見せても滲み出る焦燥感は隠せなかった。
「行くぞ」
掛け声と共に京の姿が霞む。
魔術師クラスでは目で追うことも難しい速力を持って相賀へと肉薄。
反応が遅れる相賀は、しかし常時展開型のスキルを依然として構えている。
多少の初動の遅れは十分に取り返せた。
鋭い風が京を捉えるべく、限界の速度で連発されていく。
しかしそのどれもが京を捉えることはなく、床を削るのみにとどまった。
明らかに上昇したステータスは今までの相賀の優位を容易に覆した。
相賀は歯噛みする。
満身創痍だった京は、『聖剣開放』以降明らかにその回復速度を早めている。
血は既に止まり、目立った傷も塞ぎつつ合った。
(でたらめだ!)
ステータス優位での立場の差は逆転し、元々の戦闘能力の差も相まって、既に相賀の立たされる戦況は絶望的とも言えた。
これをひっくり返すためにはもう一度『逆巻く竜の顎』を直撃させるしか相賀には手段がなかった。
『聖剣開放』以降京は他のスキルを使用していない。
しかし、スキルを使用せずともその一撃一撃のすべてが相賀の守りを容易く破壊する絶殺の一撃だった。
そんな相手を前に攻勢に回るだけの余力が相賀には無い。
とっておきを持ち出すだけの余裕が絶望的に今の現状には無かった。
もう何度目かわからない程に、相賀は『魔力障壁』を破壊され、その余波に体が吹き飛ばされた。
全身に擦過傷を作り、息は絶え絶えになりながらも身を守るためにスキルを発動し続ける。
勝ちの芽の見えない戦いに、次第に心が曇り始める。
ダンジョンの中で自分一人が助かった中で、相賀は自分が選ばれた人間なんだと思っていた。
強力なユニークスキルをいくつも習得して見違えるほどに強くなった相賀は、欲しいものをすべて手に入れようと思い立った。
初めに憧れた幼馴染と関係を戻して、そしたら周りを花で埋めようと考えた。
思春期の男の子ならば誰だって妄想してしまうようなそれだが、生憎と、自分にはそれだけの力があった。
隣の花壇の花をこちらにすべて移したら、邪魔な雑草を一房抜き捨てて、描いた環境の出来上がりだ。これでひとまず、学園生活を薔薇色に送ろうという計画だった。
まぁ、邪魔な雑草が未だに残ってしまっているのが決闘前の想定外な事ではあったが、花を奪う事は簡単だと思っていた。
しかし蓋を開けてみれば、戦闘は常に不利、大きく侮られてその油断をついて決めた大技も相手に痛手を与えるが、今となってはすべて取り返されている。
選ばれた人間だと思っていた。
だが、ようやく手にした力も真に選ばれた人間には通じなかった。
あぁ、思い上がっていた。
どうして、自分はこんなにも驕り高ぶったのだろう。
よくよく考えて、どうして他人のパーティーを奪い取ってしまおうと考えていたのだろうか。
本当に初めから他人の花壇を荒らそうなんて考えていただろうか。
自分はそんなにも醜く歪んだ性格だったたろうか。
最初は親友の春日 偉助が居て、美人な帳 凛が居てくれたらそれなりに楽しい青春を謳歌出来そうだとは思っていた。
いつからだろうか。
そう考えて、何かを思い出しそうに、いや、思い出してしまいそうになった瞬間、『魔力障壁』が割れる男が耳に届いた。
「周成!!!」
意識が戦闘から離れたその隙を眼の前の主人公は見逃さなかったのだ。
剣は二度振られない。
しかしその代わりに、親友の声と、主人公の少年の拳が相賀の顔面を捉えた。
視界がぐるぐると回る。
地面に背中を叩きつけて、肺から息が強引に吐き出される。
意識は……なんとか保った。
今にも視界を暗転させてしまいそうな綱渡り状態だ。
「……周成」
親友の声が聞こえる。
自分の名前を呼ぶ声。
その声色が何を意味しているのかはわからない。
心配してくれていたら嬉しい。
驚いていたらビックリだ。
落胆されていたら、さみしい。
どうしてこんな無茶をしたのだろう。
相手は探校始まって以降の天才───運命に選ばれた勇者、京 将暉だ。
強いなんて事は当然の如く知っていたし、前の自分なら無謀にも挑もうなんて思いもしなかった。負けて当然だと呆れるだろう。
ならどうして急に滝虎 灰の代わりに決闘に応じようなんて思ったのだろうか。
相賀は薄れゆく意識の中で自分の考えが確りと変わったタイミングを思い出そうとしていた。
あぁ、そういえば。
「……シーカー」
気付けば掠れた視界に幻想的な容姿の少女がこちらを覗いていた。
にっこりと笑みを浮かべるそれは年齢不相応な妖艶さを醸し出し、ある種の不気味さを思わせた。
「よくできました。勇者様を見つけ出してくれたこと褒めてあげる」
記憶の中の姿なれど、その少女を相賀は知らなかった。
まるで違う表情。
まるで違う声色。
まるで恋する乙女のようなその仕草に、能面のような少女しかしらない相賀はその人物が誰なのか、一瞬わからなかった。
主人公を前にしたヒロインのような顔をする少女に、またも自分が当て馬のような脇役に感じられて激しい劣等感に苛まれた。
でももういいか。
相賀はそんな感情の起伏にも疲れて、意識を掴む手から力を抜いた。
「だめだよ、眠ったら。戦う力は殆ど君にあげちゃってるんだから。ほら、戦って?」
子供を励ます母親のような優しく、柔らかい声色とは異なった自分本意な言葉とともに、その小さな手が相賀の顔にかざされた。
「うっ……ぐっ───あぁああああぁぁあぁあああぁああああああああああああ!!」
「眠そうだから起こしてあげてるんだよ。ほらウェイクアップ!お母さんに親孝行できる良いチャンスだよ!」
何かが流れて───いや、違う。
自分の内にある何かが、強引に呼び起こされるような感覚。
自分の中に眠っていた全く別のナニかが、相賀の主人格を覆い尽くし、その大顎でもって喰らい尽くした。
その溶液に溶かされていく。
じりじりと溶け爛れていく相賀という少年の心が。
痛い、熱い、苦しい、寂しい、寒い
「イィィイイィイイィィイイイイイィィイイイ」
嫌だ。
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