勇者と竜
魔力と武威がぶつかり、戦いは避けられない。
相賀 周成と京 将暉の決闘が始まった。
相賀は京にユニークスキルの『鑑定』を使用した。
相変わらずでたらめなステータスを有しているがレベルで勝る相賀が、ステータス上でも優位に立てていた。
「……ん?」
先日遠目で見た時とそう変わらないステータスのはずだったが、相賀のレベルが上がったためか先日よりも詳細にステータスが覗く事ができたのだが、それが変だった。
名前 京 将暉
《種族》人間
《職業》勇者
レベル 40
STR 88
VIT 75
AGI 85
INT 80
RES 75
DEX 77
《保有スキル》
『ソードマスタリーⅣ』『アーマーマスタリーⅣ』『聖魔術Ⅳ』『炎魔術Ⅲ』『水魔術Ⅲ』『風魔術Ⅲ』『地魔術Ⅲ』『魔術耐性Ⅱ』『闇魔術耐性Ⅱ』『毒耐性Ⅱ』『スラッシュⅢ』『ハードスラッシュⅡ』『パリィⅡ』『ツインスラッシュⅡ』『聖なる一閃』『聖なる後光』『聖なる武器』『聖なる小楯』…………etc
《螟夜Κ蟷イ貂臥「コ隱》
『螂ウ逾槭?蟇オ諢』『荳サ莠コ蜈ャ縺ッ繧ュ繝溘↓豎コ繧√◆縺?シ∫ァ√r讌ス縺励∪縺帙※縺上l?』
(文字化け?)
今まで文字化けしたステータスなんて見たことがなかった相賀は一瞬目を白黒させたが、いつまでも動揺はしていられなかった。
ガンッ!
目の前で振り下ろされる剣を寸での所で避ける。
変なステータスに気を取られた事に相賀は舌打ちを鳴らした。
(あんなの見たことないけどスキル欄の所にはなかった。スキルで無いとするとそう不安は無さそうだけど)
厄介な物でないことを願いながらずっと展開を続けている魔法陣から風の刃を撃ち放った。
危うげ無く避ける京にまたしても舌打ちをしそうになるがその暇も相賀にはない。
「『聖なる光線』」
京の頭上に浮き上がった魔法陣が相賀に向けて一条の光を撃ち下ろした。
「『魔力障壁』!」
出の早いスキルで京のスキルに対抗する相賀。
腕ほどの光の線が盾となった魔法陣に突き立った。
「くっ」
収束していた光は盾への衝突と共に広間全体へと散るように放射されていく。
腕で顔を覆い隠さねばならないほどの光量。
それは熱すら持っており、盾を越えて相賀の肌を焼いた。
時間にして数秒程度。
ようやく収まった京のスキル。
光はようやく落ち着いた。
しかし、光が強すぎたが故に、今では逆に広間全体が薄暗く感じてしまう。
目がまだ慣れていないのだ。
視線を敵に向けた。
しかしそこには京の姿は無い。
頼りない視界でその姿を探す。
「こっちだのろま」
声は上から聞こえた。
「なっ」
転がるように避ける。
相賀の元いた場所は大きな音を立てて床が吹き飛んだ。
戦い方が上手い。
相賀は率直にそう思った。
スキルに頼った探索者だとターン制RPGのように攻撃をしてされてを繰り返してしまいがちだが、京の戦い方はアクションゲームのようにコンボを決めて一方的に殴るような、そんな戦い方だった。
その展開の早さに防戦一方だ。
(くそっ。建て直さないと)
すぐ目の前まで迫る京にとっさに風の刃を放った。
それは運良く京の足元を砕き、数瞬足を止めることに成功した。
「『常時展開型魔法陣・風刃』」
頭上の魔法陣と同じものを瞬時に展開。
2つになった魔法陣から風の刃が牽制として次々と放たれていく。
それに合わせるように、溜めのいらないスキルを発動させ追い打ちをかけていく。
京には魔術に対する耐性に加え、属性耐性まで有しているために、軽めの相賀のスキルでは精々足止めが精一杯だった。
しかしいつまでもも足止めを大人しく食らう京でない事は相賀も承知の上だ。
ダメージを通す為には発動に溜めが必要なスキルをぶつける必要があった。
そのための足止め。
相手が考えながら戦うのならこちらもそれに応じなければ戦いにならないことはこの短い時間の中でも相賀は察することができた。
しかし、そう長く足止めはできない。
自身の大技を発動するだけの時間は無い事は何となく気付いている。
スキルにはない、相賀が持つ危機察知能力がそれを知らせていた。
「『烈風の断刃』!」
相賀の持つ中でも比較的殺傷能力の高い『烈風の断刃』。
『風の刃』よりも大きく、人為的に起こされた局所的な真空の刃は、低レベルな探索者ならば胴を真っ二つにされるほどの殺傷能力を持っていた。
高速で飛来する目に見えづらい風の太刀が、牽制を凌ぎきった京に遅いかかった。
牽制を無傷で凌いだ京は、何かが迫っている事に気付いたが迎撃できるだけの暇はない。
両腕で頭を庇い、身を低くする京。
一瞬、その体を何かが包んだように見えた。
直撃。
京の身体に直接当たらなかった両端の風が背後の壁を砕いた。
壁が崩れ落ちる音が部屋に響く中、京が立ち上がる。
「……ほんと、思った以上に硬いね」
常人ならば輪切りにされてもおかしくないスキルの直撃を食らっても尚、ほぼ無傷で居る京の姿に、相賀は表面上涼しげにしながらも、その内心では焦りを大きくし始めていた。
これで駄目ならより大きなスキルが必要になってくる。
そうなると選択肢は自ずと絞られ、『逆巻く竜の顎』だけとなる。
しかし、このユニークスキルは対人で扱うにはあまりに強力過ぎるために、いくら勇者と言えど相手を殺しかねない憂慮があったために、使用に一歩躊躇っていた。
どう戦うか、思考を巡らせ始める相賀に、京は相賀から視線を外してこれ見よがしにため息を吐いてみせた。
「は?」
思考が停止し、そのため息の意味に頭に血が上る。
「いや、悪い。あんなに元気に噛みついてきたっていうのに、肩透かしなもんでな。これじゃあ、凛に対して俺の強さを十分に見せつける事ができるもんなのかと心配になってついな」
その言葉に相賀の中にあった良識が不思議なほど呆気なく吹き飛んだ。
一瞬にして怒りに支配された相賀は我を忘れてスキルの準備に入る。
京はこちらを侮るばかりで迎撃するつもりがない。
ならば時間に対する心配の必要は無さそうだ。
相賀の足元に、一際大きな魔法陣が現れる。
その大きさに、京も思わず目を奪われた。
大気が少年に集まっていく。
目に見えない重圧が増した相対する少年に京も焦燥感を覚えた。
「────キャッ」
広間全体から集まっていくそよ風に扇がれたスカートがひらりと舞い、誰かが驚いて小さな悲鳴を上げた。
一処に集まった小さな風は、合わさり、喧嘩し、荒々しく大きくなっていく。
強風となった風はそれに留まることを知らず、強欲に大気を引き寄せる。
大気を集めて尚、満足しない大風は、少年の周りに現状とは相反する真空を形成しながらも尚風を手繰り寄せて成長を重ねる。
留まる事を知らないその光景を前に、京も遂に自身が危機に陥っていることに気づくが時は既に遅かった。
離れた位置にいる偉助や凛、京パーティーの少女三人も、身を低くして、体が浮き上がらないようにするのに必死だった。
「周成!これは決闘であっても殺し合いじゃないはずだ!すぐに止めろ!」
偉助の必死な声も今の相賀には届かない。
相賀の表情は怒りと僅かな戸惑いが見えた気がした。
なにかに支配されて突き動かされているかのような親友の姿に偉助は己の身を守る事しかできないでいた。
「春日、離れるぞ」
身を低くした帳が右手で偉助の襟元を掴んで風の影響の最も薄い離れた壁際まで駆ける。
左手でスカートを抑えた帳の表情は少し赤かった。
「……もう、遅いか」
身動きの満足にできない現状まで来てしまった今、妨害するだけの余裕は京にもなかった。
「僕を見下した罪、その身に罰を刻んであげる」
───『逆巻く竜の顎』
業風戦慄く中、荒ぶる風に掻き消される事なく、少年の声は広間に木霊した。
業風、形成。
逆巻く、竜巻。
空気の圧縮、または真空、そしてその流動によって光の屈折現象によるものか、それとも別のものなのか、
三股に割れた角が、
頂点捕食者たる大牙が、
長くしならせる鬚が、
朱く、畏れに魅せられる珠のような瞳が、
それらが、神秘の化身たる竜を象った。
竜の疑似顕現にその場の全員が心臓を鷲掴みされたように竦み上がった。
風の影響とは違う重圧に全員が息を呑んだ。
「以前よりもよっぽど……」
帳はその比べ物にならないスキルの変化に、そのスキルの及ぼす影響を想像しえないでいた。
格の違う風の竜がその顎を大きく開き、勇者へと牙を向いた。
轟く咆哮は風のそれか、それとも竜の雄叫びか。
「くっ……」
侮った相手がまさかここまでのスキルを有しているとは考えていなかった。
いやこんな強力なスキルを一探校生が保有していることがあまりに不自然だ。
上級探索者であってもここまでのユニークスキルは早々いないはずだ。
荒ぶる風に掻き消されながらも、後ろから聞こえてくる悲鳴に京は己を鼓舞する。
迫りくる規格外の竜に京は表情を強張らせつつも持てる力を持って全力で向かい撃つ。
「『聖なる後光』!『聖なる武器』!」
目の前の化身に抱いた畏れが、許す限りの自己強化による全能感によって薄まっていく。
それでも尚、自分が最強だと己に言い聞かせる京。そんな慣れない自己暗示であっても確かに効果はあった。
強張った身体のままでは間に合わなかったスキル行使の為のモーションをスムーズに行うことができた。
剣を背中より後ろに構え、足を大きく開く。
「『聖なる一閃』」
呟くやいなや、ふっと肺の中の空気が吐き出される。
息を吐ききる頃には全身から余計な力は極限まで削ぎ落とされていた。
限界まで無駄を削いだ力はそれだけで鋭利な力へと変わる。
踏み出される一歩。
腰が回り、腕の速さは人速を超えた。
剣の先は掠れて誰の目にも捉えられない。
光を纏った剣の軌跡だけが剣の所在を証していた。
化身の大顎が光を噛み砕かんとかちあった。
衝突する竜と光剣。
空間が激しく揺れた。
「くっ……!」
「周成……っ」
もう先程までの余波とは到底言えない暴風と、目を焼くほどの光が一帯を埋め尽くした。
風が徐々に弱まり、遅れて光が小さくなっていく。
風が完全に収まり、静寂が訪れる中、狼狽する声が聞こえてきた。
「あり、えない……だろ……有り得ないだろぅ!?」
絶叫をあげる少年の前には、顔や全身を血に染めるもその全てを凌ぎ切った少年、竜を討伐せし得た勇者がそこには立っていた。
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