勇者()との対面
「灰!頼んだ!」
クラスメートかつ、パーティーメンバーの春日 偉助がスキルの行使をもってして、目の前の異形の足を数瞬釘付けにした。幾度も繰り返した戦法による好機を灰は見逃さない。流れを汲み取っていた灰は、既に数歩の距離。探索者の身体能力をもってすれば十分すぎる足止めだ。
横合いからの一閃。鋭いその銀線が長すぎる鷲鼻を持つ頭を刈り取った。
「ふぅ、お疲れ~」
偉助は肩を回しながら灰へと近寄ると異形の死体の側で屈み込む。
「それ見て楽しい?」
「いんや?けど自分達が倒した相手だべ?最期まで見届けるさ」
首の無い異形に当然命は無い。今まさに自分達の暴力で散らしたのだから。しかしこのダンジョンの異形の最期は人間とは違う。
グスグズと溶けるように形を崩していくと、風に吹かれた塵のように空へ消えていく。薄暗いダンジョンの中だからこそわかる程度の輝きを散らして。
「ほんとこいつらってゲームみてえだよな」
ぼそりと呟かれた声に表情は伺えない。
どこまでも非現実的な存在。
「それは探索者もだよ。ただ倒すだけで強くなるしね。何も考えずに倒してもね……」
「ほんと歪っつうかこの世のものじゃねーよな。さてっとさっさと進みますか」
偉助は立ち上がると灰に視線を向ける。
「怪我はねーの?」
「ないよ」
「ま、そーだよな。この程度でお前がドジ踏む分けねーよな」
偉助は杞憂に笑う。
「そもそも俺たち2人でパーティーなんていうぼっちタッグだからな。こんなところで戦力ダウンされたら洒落にならん」
「もう成績落として馬鹿にはされたくないからね。進もうか」
現在二人はダンジョン探索の実習中である。この授業では生徒が潜る事のできる地下10階までの到達階層とそれに応じた時間によって大まかな評価が決まる。
通常、パーティーは4~6人と相場が決まっているものの、2人の能力の特性上、現在は必要とされず、はみ出し者同士で組んでいると言うわけだ。悲しいことに最近ではこれが定着しつつある。
「はぁー」
「どしたの」
偉助のこれ見よがしのため息に灰は合いの手を入れる。
「いやぁ。いつになったら俺らもド派手なスキル手に入れられるんだろうなぁってさ」
───スキル。
RPGもののゲームのような呼び名のそれはまさにイメージそのまま。
どういう原理なのか、ある程度の法則は見つかれど、力の謎には現代科学のメスは一切通らず、究明されないまま使われているご都合主義のような代物だ。
どういうわけかモンスターを倒すと身体能力が増す。地道なトレーニングも無しに。
どういうわけかモンスターを倒すとポッと頭の中にスキル名が浮かび、超常現象を操れる。力の原理も分からずに。
このように探索者というのはゲームと現実をごっちゃにした若者の妄想のようなものを現実に書き出してしまったかのような存在だ。
故に、その力は絶大だ。
特に、超常現象を操る『スキル』はそれが顕著。
銃すら弾くバリアを張れるものもいれば、戦車すら吹き飛ばす火力を単騎で発揮するものすらいる。
役割に長じた『スキル』を持つものはパーティー内にて重宝される。特に火力担当はどのパーティーも垂涎ものだ。
その火力をだせる『スキル』が二人には絶望的になかった。
「もうどのパーティーも流石に固定化してるしね。器用貧乏な僕らは穴埋めには適しても所詮は下位互換だ」
戦闘勘の優れた近接特化の灰は、指揮や立ち回りや仲間のフォロー、敵の翻弄といったスキルに依存しない能力は高いものの、前衛として肝心な火力や後衛の守りといったスキルを持ち合わせていない。そのために分かりやすく扱い易い、高火力や硬い防御スキルを好む他生徒に敬遠されている現状だ。
一方の偉助も似たような理由だ。『魔法剣士』という如何にも万能そうな職業にも聞こえるが、その実態は器用貧乏。『魔法剣士』だけの強力なスキルがあるとされるがそれが開花する兆しも見えない。実際、他の同職の生徒と比べても恵まれないスキル群となっている。本人の優れた体術なんてのは今や目もくれないのが現状だ。
本人達の高い能力で色んな役割をこなすことのできた灰達は、『スキル』の成長や変化が著しく、パーティー変動の多かった2年生までは助っ人要員として重宝されていた。
しかし、それも落ち着きを見せ始め、最も大事な三年次の成績を考慮してそれぞれの役割に特化したメンバーの選定、パーティーの固定化と最適な運用法へとシフトしてからはお声がかかることがパタリと無くなった。
他の生徒が灰達を軽んじているわけではない。灰達の個人としての能力の高さはほとんどのものが認めている。しかし、求められているとのが模索段階だった二年次の時とは違うのだ。
「『スキル』一個で扱いがガラリと変わるんだから運ゲーすぎじゃね?」
「まぁ、それは思う」
「お、話をすればSレアガチャ引いた主人公君じゃん」
ダンジョンを足早に駆けていると見知ったパーティーと対面した。
「おや、早いね、2人なのに」
話しかけてきたのはパーティーの先頭に立つモデルのような体型の男子生徒。絵に描いたような涼しげな姿はダンジョンの中とは思えない程にリラックスしている様子。戦闘も幾つかこなした筈ではあるが、そこに疲れは感じられない。
「いやぁ、相変わらずの涼しげっぷりと華やかさに嫉妬するよ。京 将暉くん」
偉助は名前を呼んだ男子生徒、京 将暉の後ろを見る。
同パーティーメンバーは先頭の京を除く4人が皆、女子生徒だ。なんとも男子生徒から反感を持たれそうな立場である。
「モテない奴らの嫉妬は醜いわよ陰キャ」
背中に弓を担いだ女生徒が憎まれ口を叩く。
「え?犬飼さん、それって僕も含まれてるの?」
「当然よ。授業でしかダンジョンでお目に掛かれない希少な陰キャよアンタは。何?普段は石の裏にでも張り付いてんの?もっと努力したら?」
「……これは中々にキツイ」
「言い過ぎだよ優美ちゃん。それに灰君はそこそこカッコいいから許してあげよ?」
面食いなフォローを入れたのはゆったりとした声の小柄な少女。短杖を抱き抱えて強調される豊満な胸は恐らく意図的だ。
「わぁーお、摩耶華まやかちゃんおっとりした声で結構エグいこと言うね。因みに俺は?」
「……」
返ってきたのは抱えた杖から覗き込む、温和な笑顔だけだった。
「やっぱこいつのパーティー嫌いだわ」
「まぁまぁ」
「お前はイケメンだって誉められたからいいんだろぉけどさぁ」
「そこそこだけどね」
と、灰も訂正を入れながらもどこか胸を張っているように偉助には見えた。
「ちょっと嬉しそうじゃねーか」
「下らない。顔でも将暉に比べればダンゴムシレベルよ」
「こいつには俺らがさっき倒した化け物とそう変わらない程度に見えてるんじゃないだろうな。脳天ぶち抜かれねーよな」
「やっぱりダンジョンって怖いね」
「あんまり悪ふざけしないの。時間だって評価対象になるんだから。それと滝虎君、返答がちょっとズレてる」
仲裁に入った眼鏡の女生徒は摩耶華と呼ばれた女生徒の物よりも長く、持ち主程の丈がある。
「麗奈の言う通りだ。往路に時間を掛けてたら折角の前半の好タイムが台無しだ」
「え?なにお前らもう折り返しなの?」
ばったりと向かい合うように対面したことからまさかとは灰も偉助も思っていたが。
「そうだよ。地下10階まで行ってその帰りだ」
灰達のいる階層は5階層。京パーティーが今往路だとするとその行軍スピードは単純計算で灰達の3倍。
「この時期に10階層到達って歴代でもトップクラスじゃね?」
「この無駄な時間を削れば尚良い。それに歴代トップクラスじゃ満足できないよ。うちのパーティーには入学時最初の試験とは言え、歴代トップの成績を叩き出した剣姫がいるんだから、ねぇ凛」
不遜な態度にも見て取れる京はそう言って自身の斜め後ろに目をやった。
「あまり名前で呼ばないでほしいんだが」
今まで目を伏せるように黙りを決め込んでいた帳 凛がようやく口を開いた。
「良いじゃないか、凛だって俺の事を将暉と呼んでくれている」
「それはそう呼べとそっちが……近い」
京が凛に顔を近づけると凛は露骨に嫌がる素振りを見せる。
「時間無いんでしょ?進まないの?」
変な事が始まったと、灰は帰路に戻るよう促す。
その言葉に京は灰に振り向くと、どこか勝ち誇ったような顔で灰を見やる。
「そう言えば凛のあの成績は同列1位で、そのもう一人が君だったかな?随分と差が付けられた物じゃないか」
「おい、将暉」
制止をかける凛だが、将暉は止まらない。
「持ち前の剣技と職業適性による身体能力をダンジョンで順調に伸ばし続けて、ユニークスキルにも恵まれた凛と、ろくにダンジョンに潜らず、後続に抜かれてばかりの君ではもう雲泥の差だ。そんな君を一時とは言え、ライバル視していた彼女が可哀想だ」
「将暉っいい加減に……」
「帳さんがすごいのはそれだけじゃないけど、うん僕と彼女じゃ始めから違うよ。僕はライバルなんて烏滸がましい事考えた事ないからあんまり目くじらたてないでよ将暉くん」
「ッ……」
「チッ」
凛の熱し始めた声音を遮るように灰が京を宥める。
凛に対して特別な感情を抱いている京は時々このようにして灰に突っかかることが度々あった。灰にとっても慣れたシチュエーションにもなっている。
「いい加減戻りましょうよ。そんな甲斐性なしに時間割いてる暇無いんだから」
麗奈と呼ばれた女生徒は大杖で床を叩いて空気を引き締めた。その顔はややムッとした表情で苛立たし気。
「そうよ。そんな便所虫なんて踏み潰してさっさと帰るわよ」
「はぁーやっぱり漢気って大切だよねー。顔も別にそこまでタイプじゃないし」
更に口の悪くなった優美に続いて、ため息を漏らして肩を落とす摩耶華。
「散々だな」
灰の肩に置かれる手がプルプルと震えている。見なくても分かる。もう片方の手はきっと口を抑えてる。
京パーティーが灰達に興味を失くしたように顔を背けて歩き始めた。
「凛はもう俺のものだ」
スレ違い様に灰の耳に囁かれる言葉は女生徒達には届かない程度の声量だった。
ダンジョン内で他パーティーと出会す事は珍しいことではないが、ここまで険悪なのはあまりお目に掛かれないだろう。
索敵や戦闘とは別の疲れにどっと襲われた灰はため息をこぼした。
振り返ると、そこにはわざとらしく憐れみを浮かべた偉助がこちらに顔を向けていた。
「……NTR?」
「違う」