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不穏

 「いきなり10階層なんて俺はついていけねーよとは思ったが、お前ら強すぎだろ……」

 

 前回の8階層でも偉助からして見れば分不相応な階層であり、今回の10階層なんてものは帰還までの時間さえ伴えば、それだけでこの授業の単位が取得できるだけの難易度に設定されている程の敵のレベルなのだ。それを6階層程度で足踏みしていた偉助にとってみたら荷が勝ちすぎている階層と言えた。


 しかし、帳、相賀のこの二人は敵を見つけては瞬殺、見つけては鏖殺、とどんどんと足を進めており、既に到達階層は偉助の限界の階層にまで来ていた。


 時間なんて殆ど経っていない。


 スピードを維持するため偉助が索敵する手間を省き、先手後手に関係なく戦闘を行い突き進んでいる。


 「これじゃあ俺が寄生してるみたいじゃねーかよ」


 つまらなそうに呟く偉助の声は前で暴れる二人には聞こえていなかった。





 帳が振るう刀の一撫でで小醜人(ゴブリン)の首が飛び、返す刀でもう一体が袈裟に斬られ倒れ込んだ。


 相賀の常時展開型の魔法陣から放たれる風の刃が次々と骸骨(スケルトン)をバラバラに解体していく。


 相賀の繰り出す魔術スキルは都度のトリガーワードを必要とすること無く、初めの起動のみに発してからずっと魔法陣が展開され続けていた。


 この階層あたりから敵の数が増え始めるが、二人を足を止めるだけの脅威にはなり得なかった。


 「それにしても京くんってあんなに直情的な人間だったんだね。ビックリしちゃった」


 「普段はもう少し周りに気を配るんだがな、だいぶ頭に血が上っていたのだろうな」


 戦闘の合間に二人は言葉を交す。


 暗闇に一瞬の明滅。


 離れた位置から投げられたナイフが風に叩き落され

、風は勢いをそのままに小醜人を切り刻むんだ。


 「だとしても、自分に全く利益のない決闘をして何がしたいんだろうね」


 相賀は勝利の報酬として相手パーティをもとめた。


 対して京の求める報酬は帳ではあるが、その本人は決闘の結果などを受け入れる気はさらさら無く、実質的に報酬が全くない状態だった。


 「知らん」


 気分のよろしく無い帳は京の目的など深く考えずに敵を斬ることに意識を尖らせる。


 その様子を見て相賀は苦笑を浮かべて京に少し同情した。


 「多分、京くんは自分の強さを証明したら帳さんが戻ってくるって信じてるんじゃないかな?」

 

 「今更だ。将暉の強さはよく知っている。それを改めて目の前で見せ付けられても私の心は何も変わらない」


 乙女は乙女でも剣に恋する戦乙女な彼女は京の気持ちには気づかないのだろう。


 「そもそもどうして帳さんはあのパーティーに入ったの?」


 帳の性格が京のパーティーと合っていないのは他の目から見ても明らかだった。


 他者を見下しがちな京とそれに同調し、京の気を引こうとする女子達とは、帳のような仕事人間もとい、実力主義の考えとは合っていない。


 「私も早く強くなりたいと思っていた人間だからな。将暉のパーティーに加わればそれだけ強い敵との戦闘回数が増える。強くなる為に強いパーティーに入った。それだけの話だ」


 聞いてみればありきたりの動機だった。


 特に上昇志向の強い人間からしたらそれは当然で、武人気質の帳ならそれが当たり前と言えた。


 「思っていたって聞くと今はそうじゃないみたいな感じに聞こえるね」


 「……強くなりたいというのは今も変わらない。しかしどう強くなるのか、少し迷っているんだ」


 迷いを抱く帳の刀は見るものが見ればその太刀筋の鈍さを指摘してくるだろう。


 しかし剣の事などわからない相賀には一太刀で沈めているという結果だけしかわからない。


 帳は自分の太刀の悪さに内心で焦っていた。


 スキルを使う頻度を落とし、刀の基本を重視して、帳一刀流の技を積極的に使っているが、やはりその練度の違いに己の未熟さを突きつけられている気持ちになった。


 今まで目を逸らしてきた事実に改めて目を向けた時、それを直視するのは辛いものだった。


 技のキレも威力も桁違いなスキルを使用すれば、それに頼れば楽になるだろう。


 しかしどうしても拭いきれないプライドと自身が憧れた剣技と背中に追いつきたくて今更ながら帳は現実へと向き合った。


 探索者として、よりも、一人の剣士として強くなりたい。


 帳はそう考え始めていた。


 相賀は帳の言葉を理解できないでいた。


 今まさに敵を倒していっているのだから現在進行系で経験値が帳の中に蓄積されていっており、強くなっていっているのに、どう、とは言われても要領を得ないのだ。


 ただ振るわれているようにしか見えない一つ一つの太刀筋も基本となる足運びの一つをとっても、試行錯誤を繰り返して、プラスマイナスを行き来しながら僅かずつだが変化している様子など相賀の目には映らない。


 「それよりも相賀。そろそろ説明を願えないか?」


 ハプニングとダンジョンに姿を晦ましていた相賀とはあの夜の話の続きができていなかった。


 ダンジョンの中で何が起きたのか。


 相賀のパーティーはどうなったのか。


 あの浮世離れした少女は何なのか。


 そして相賀を襲った仮面の男は何者なのか。


 聞かなければならないことは沢山あった。


 相賀は帳と話していたそれまでの緩んだ表情を消していた。


 「……ダンジョンの中での事はあまり覚えていない」


 打って変わって色の無くなった相賀の声に帳は耳を傾けた。


 「気付いたら僕はどこかもわからない場所で一人になっていて必死に上を目指して進んだんだ。同じパーティーのメンバーも居なかったから一人で敵を倒しながら」


 記憶の定かではない様子の相賀はただ、地上への道のりを振り返った。


 「探さなかったのか?」


 「……そんな余裕は無かったよ」


 その言葉に帳は酷な事を口にしたと自覚した。


 しかし、仲間が居ない状態でいきなり上を目指すだろうかと脳裏に過る。


 ダンジョン内での一人での行動は当然に危険が伴う。


 それが場所も定かではないような場所で意識を取り戻したのならば真っ先に周辺に仲間がいないか探すのが無難であるような気がしたからだ。


 当時の相賀のような実力なら尚更に。


 まるで最初から仲間の事など意識していないような……


 しかし考えすぎだと頭を振るった。


 「道なりで戦ってる内に力が増してることにも気付いたし、強力なスキルも覚えていることにも気づいたんだ。そこからは安心……というより高揚で舞い上がったかな。アレ?どのタイミングだったかな?」


 相賀は声の調子を上げて記憶をなぞる。


 選ばれた者のように感じた相賀は己の置かれた境遇にどこか酔いしれているようだった。


 「でも……だよ。ダンジョンから出たらすぐにあいつが居たんだ」


 興奮から一転、怒りを宿した顔へと変貌した相賀を見て、それが誰を指しているのかすぐにわかった。


 仮面の男だ。


 相賀の側に現れた少女同様に、浮世離れした髪色を持った面妖な男。


 月のようでいて、燃え尽きた灰のような髪色と、こちらを嘲笑うような仮面が癇に障る正体の分からない謎の探索者を思い出して帳を苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。


 「あいつは僕を見るなり有無も言わぬまま襲ってきたんだ。あれ?嫌、何か問答したような……」


 「相賀?」


 先程から発言があやふやな相賀に帳は首を傾げた。


 「いや、ごめん。確かあの後あいつに気絶させられたから記憶が怪しいんだ」


 「それは仕方ないことだが大丈夫か?」


 帳が駆けつけた時の状況を思い出せばそれもおかしくは無いが、それでも気絶前後ならまだしも、ダンジョン内や襲われた直後の記憶があやふやだというのはどこか不安だと帳の心を煽った。


 「その後は帳さんも知っている事だね」


 「あ、あぁ……」


 腑に落ちない所は多々あるものの、状況が状況なだけに、記憶が混濁しているのだろう。時間とともに当時の事をハッキリと思い出せるかもしれない。


 「そうしたら、相賀でもあの仮面の男はよく知らないのか。そうしたらなぜあの男が探索者を狩っていると知っていたんだ?あの男とはダンジョンを出てから初めて相対したのだろう?それとも有名なのか?」


 記憶が曖昧だからか、矛盾が生じていた。その疑問を相賀にぶつける。どうして眼の前の少年は自分の話のナガレに疑問を抱かないのであろうか。それとも何かを隠しているのではないかと疑念が浮かび上がった


 「それはシーカーに聞いたからね」


 突然出てきた名前に帳は困惑した。


 その名前自体は知っている。


 あの時にそう相賀が呼んでいるのを聞いていたから。


 しかし今までの話の流れにどこで出会った話なんかあっただろうか。


 意図的に省いているのか、隠しているのか、言い忘れているのか分からないが、帳からしたら突拍子もなく出てきた登場人物に頭が混乱する思いだった。


 「そのシーカーという少女とはどこで出会ったんだ?ダンジョンの中での話には出てこなかっただろう?」


 話を整理するために、その少女の情報は必要だ。


 仮面の男の情報をその少女が握っているというのだから尚更だ。


 「どこってそりゃ……アレ?、どこ……だっけ……あれ?でも……」


 「お、おい……相賀?」


 それを聞いた直後の相賀の反応は顕著だった。


 思い出せない記憶を必死に探る中に、混乱が隠せない様子の相賀。


 どうして?、なんで?と口にこぼしている。


 少女の存在に今まで一切の疑問を抱かなかった様子の相賀に帳はその不気味さと言いようのない不安を抱いた。


 「……ダンジョンの中で?いや、…っと僕は一人……ったし、え?……でも、最初……最初?いつ……ら」


 たんだんと目の焦点が怪しくなっていく相賀に慌てて声をかけようとする帳。


 しかし、戦闘は続いている。


 ダンジョンの脇道、灯りの届かない薄暗闇に戦いの隙を見計らっていた凶手が一体、その妖しく灯る両目を尖らせた。


 様子のおかしい相賀を視界に捉えた小醜人の一体がここぞとばかりに吶喊を仕掛けてきたのだ。


 相賀の様子に平常心を奪われた帳は小醜人への反応が遅れた。


 一歩間に合わない。


 「相賀!」


 ダメ元で声を飛ばすが相賀の耳に帳の声は届かない。


 疑問を並べる小さな声にかき消される。


 迫りくる小醜人。


 醜い笑みを浮かべて、眼の前にまで近付いた獲物にナイフを振り上げた。


 風を切る音と共に、肉を貫く鈍い音が静かに響いた。


 「周成!」


 小醜人のナイフは振り下ろさせる事は無く、代わりにその眉間に偉助の投げナイフが深々と刺さっていた。


 急いで駆け寄る偉助。


 危機の中にあった相賀の肩に手を置いた。


 「大丈夫だったか?周成。後ろから見ててなんか様子が変だったが」


 肩に置かれた手を見る相賀。


 スーッと表情が元に戻っていくと目をぱちくりと開けて偉助を見た。


 「あれ?いっくんどうしたの?」


 「どうしたのってお前……」


 「うん?そういえばもう敵もいないね。早く進もうよ。京君が調子付くとうざそうだし」


 何事もなかったように切り替わる相賀の様子に帳は二の句が継げないでいた。


 さっきまでのやりとりをすっぽりと忘れてしまったかのような相賀に得体のしれないものを感じた。


 おそらくそれはシーカーと呼ばれた少女が由来なのは間違いない。


 絵画の中から出てきたような少女の姿を思い出す。


 その絵画から出てきたような美しさの記憶は一変、途端に不気味な人形のように印象を変えた少女に帳は息を呑んだ。


 何か、いけないものに触れたような気がした。


 「ったく、強くなったからってあんまりナメプはすんなよな。……帳?」


 相賀が半ば遊びのつもりでいると勘違いした偉助は険しい表情の帳へと声をかけた。


 「……あ、いやなんでもない」


 あの時の記憶の中にいた帳は偉助の声で現実へと引き戻されて生返事を返した。


 「ほら、周成。ふざけてるから剣姫様が怒ってるじゃねーかよ」


 「えー僕なにかした?」


 心当たりが無いと驚く様子の相賀に帳はもうこれ以上なにも聞けないでいた。


 既に何かが大きく動いているような気がしてならなかった。

 

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