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投げつけられた手袋、拾えよ

 「どういうつもりだ」


 勇者、(かなどめ) 将暉(まさき)に呼び出され、連れてこられたは風の強い屋上だった。


 語調の強い京に、めんどくさいと頭をかく灰は、何をそんなに問い詰める必要があるのかと心当たりを探す。


 心当たりがあるとすればそれはやはり昨日のダンジョンの件だろう。


 しかし、あの蝋人間の事を帳が話しているとは思えないし、仮に話していたとしてもどういうつもりだと、こちらの腹積もりを探られても困る。


 灰はうーむ、と唸るように頭を捻るが、どうしても京の琴線に触れるようなことをした覚えが灰にはなかった。


 だから灰はすっぱりと考えるのをやめて眉尻をあげた勇者をおちょくることにした。


 「どうしたの?もしかして愛しのお姫様に振られた?」


 京はとりあえず灰の口から帳の名前を聞けば、面白いように反応をしてくれる事は分かっている。昨日の事でやや睡眠不足気味の灰はこのくらいはいいだろうと気晴らしをしたつもりだった。


 「やっぱりお前が何かしたのかっ……!」


 「は?」


 思いも寄らない反応に灰はきょとんとした。


 まともに取り合う気のなかった四球狙いでボール球を投げたつもりが、まさかの顔面デッドボールで相手は怒髪天。乱闘寸前の意気だ。


 「凜がいきなり俺のパーティーを抜けると言い始めやがった!しかも次に身を寄せるパーティーがよりにもよって滝虎、お前の所なんてな!あいつになにをした!」


 ────精霊と戯れてもらいました。


 そう言うわけにもいかず、ただ一緒に探索をしたとしか言えない灰はどういう風に説明すれば良いだろうと悩む。


 そもそも帳が京パーティーを抜けてぼっちの集まりの即席パーティーに正式加入するなんて話は当然灰は聞いていないし、恐らく偉助も聞いていない。そのどちらの話も寝耳に水だった。


 「帳さんがどう思ったかまでは分からないけど、僕たちと帳さんはただ普通にダンジョンに潜っただけだよ。そこで未発見種の魔物と戦った、変わったことはそれくらいだ」


 今にも殴りかかってきそうな……とまではいかずとも胸ぐらくらいは掴みかかってきそうな程に興奮状態にある京を刺激しないように、灰は落ち着いた声で、取り留めのない説明をした。


 「それでいきなり抜けるってか?信じられるわけないだろう!」


 唾が飛ぶほどの勢いに、灰は露骨に表情をしかめて顔を避ける。


 「そもそも、京くんがあの授業をサボったからこうなったんじゃないの?」


 偉助の本音に付き合って、少しその空気を楽しんでいた灰は、下らない事でそれを邪魔されて、さらに、唾が顔にかかりそうになるくらいに距離を詰められてうんざりだった。


 このまま帰って、昨日の宿題の続きを片してしまいたい灰はうんざりといった様子で、普段の京に対する取り繕った態度は剥がれていた。


 「サボったんじゃない!俺にだってやることはあるんだっ……それに、まさか凜がパーティーを組むなんて思わないだろう!一人で突っ込んでいくのがあいつだろう!」


 酷い認識だ、と言いたい所だが、残念なことに灰から見た帳も同じ認識だ。まさか正式なパーティーでもバーサーカープレイを楽しんでいたのだろうか。いや、むしろ臨時参加のパーティーだからこそ抑えていたのだろう。いくら連携が未熟なパーティーとはいえ、本人がそれでは上手くはいくまい。それとも見込みがないからこそだろうか?


 「……そこは少し同意するけど。僕たちはなにも聞いていないから、そんなに詰め寄られてもなにも答えられないよ」


 それを聞いた京は少し威勢を削がれたのか一歩後へ下がった。


 「あいつは今日俺たちにパーティーを抜ける話をした後、お前の話を少ししていた。どうやらお前を買い被っているらしい」


 「迷惑な話だね」


 まさかあの時の事を話したのではないかとその言葉に耳を傾ける。


 「剣技やスキルに頼らない立ち回りやフォロー、戦闘勘というものの良さが優れていると。じろじろと見られるのが嫌らしいともな」


 「……迷惑な話だね」


 「他にも何かを言いたそうだったがな」


 どうやら帳は秘密を守ってくれているらしいことに灰は内心ほっとした。


 「お前は何か秘密を抱えているようだな。それが凜の興味を引いている」


 勘の鋭い京の言葉に灰はなにも言わない。


 「当たりか。お前がどんな秘密兵器を隠しているのかは知らないが、凜はお前には渡さない」


 京の執着を窺わせる様子に灰はため息を吐く。これは簡単には話がつきそうにない。


 「だから滝虎。決闘をしないか?」


 「は?」


 時代錯誤の提案に灰は目を丸くした。


 「男らしく堂々と女を賭けた決闘をしようじゃないか、と言いたい所だが、あいつがそんなことで流されて意見を変えるような女でもなければ、そこらの女のように景品になってくれる玉じゃないからな」


 気の強い帳が、己を賭けて決闘をされたところで、勝った方のパーティーに加わるなんて事はなさそうだ。最初の行動と変わりなく、灰達のパーティーに入ってきそうなものだ。


 「分かってるならどうして決闘なんて提案してくるのさ」


 「簡単な話だ。お前をフルボッコにしてお前より俺の方が強いことを改めて証明すれば、流石に凜も気持ちを変えるだろうからな」


 「そもそもその決闘を受け入れる利がこっちにあると思う?」


 偉助にとっては知らないが、卒業さえできればいい灰にとって戦力の増強は今のところ望んではいないものだった。そのためにこの決闘を受け入れるだけのメリットが灰にとってはないに等しいのだ


 「お前に拒否権があると思うな」


 一方的な物言いに流石の灰も苛立ちを隠さない。


 「ここでいきなりどんぱち始めるつもり?すぐに教師や常駐の探索者達がくるはずだよ。一方的な状況を見られたら流石の君でもまずいんじゃないの?」


 「あぁ、だから決闘の舞台はダンジョンの中にしようじゃないか」


 確かにダンジョンの中なら建物や生徒への被害は失くせる上に、強力なスキルを複数有する京にとっても、全力を出すことのできる絶好の舞台と言えた。


 しかし。


 「ダンジョンの中にだって教師も雇われの探索者もいるはずだよ」


 過保護気味のこの学校では、ダンジョンの中にも実力のある教師や雇い入れた常駐の探索者が各階層に数人ずつ配置されている。いくら学校の中よりも目が少ないと言ってもダンジョンの中で激しい戦闘を繰り広げればすぐにそれらが駆けつけ、力尽くで鎮圧されるだろう。


 京の言うように楽観的に決闘なんてできるものじゃない。


 「なに、やりようはある」


 嫌らしく口角を上げて歯を覗かせる京を見て灰は彼が何をしようとしているのかを何となく想像した。


 「君、結構嫌らしいやつだね」


 京の実家はここら一帯でも名士として有名な家柄だ。当然財力もある。賄賂という手段が取れる事を灰は考える。


 それに加えて、彼の持つ異名がそれに以上のカードとして有効だ。勇者の職業を持つ彼は、国家保有の探索者として活躍が期待されている。そのまま行けば近い将来、探索者としての重要なポストにつくことさえほぼ確実視されているのだ。つまりは将来の権力者と言うわけだ。そんな彼に今のうちにゴマを摩っておきたいと考える輩はごまんといるだろう。


 「封鎖が明けたすぐの実習だ。8階層当たりでいいな。凜が一時的とはいえお前達に力を貸すんだ。そこまでならすぐに到達できるだろう」


 既に彼の中での決闘は決定事項のようだ。時間と場所を指定してきた。


 「逃げられると思うなよ。ダンジョンの中の大人もお前を助けちゃくれない。凜はお前には渡さない」


 睨み付けるようそう言った京は風の吹く屋上を去った。


 京の見せる帳への想いは恐らく本物だ。その形がやや歪んでいたとしても、その懸想は強い。


 帳を他へ逃がさないため、強い嫉妬心をもって時代錯誤な決闘を申し込んだ男に灰は男としての強さを垣間見た。


 やり方が汚くとも、それが自分に有利な土俵だとしても、絶対に女を手に入れるのだという強い意思に、こんな奴もいるのだと灰は感心した。結局あぁいった我の強い男がモテるのだろう。


 不思議な気分だ。


 何か大切な物のためにがむしゃらになれる人間からの敵がい心に、灰はどこか釣られるようにして闘争心を呼び起こされるような気持ちになった。


 「うん、それに付き合うのも吝かではないかな」




 数日後。


 封鎖明けの探索実習の日。


 運命の決闘の時、灰はこの日、仮病を患って学校を休んだ。

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