憧れと原風景1
灰達の帰還後は忙しないものとなった。
二人は意識を失い、怪我人を連れ帰った二人も全身に傷を追い、見るからに満身創痍といった様子に、待機していた先生達は大慌て。
すぐに四人は医務室へと連れていかれ、治療の最中に事情聴取が始まった。
始めは、灰や偉助が足を引っ張ったのではないかと邪推する教師もいたが、そこは帳が強い口調できっぱりと否定した。
その帳の様子に大人達は困惑した様子だった。
なにせ、帳の実力は学校中に広く知られており、当然教師達も帳のそれが学生の域にない事を知っていた。
そして8階層での出来事だと言うことを聞いて尚困惑を強くしていた。
8階層程度、帳一人でも問題のない階層だ。そこにスキルは貧弱でも、素の能力に優れる灰と偉助が加わり、その上で魔術師クラスとして急成長を遂げた相賀が、遠距離での火力を担えば十分に優れたパーティーと言えた。
帳が淡々と説明をしていく中で、徐々に大人達の様子が変わっていった。
驚愕が大半、狼狽が少し、沈黙が僅か。
大抵の者が見たことも聞いたこともない魔物の情報に耳を疑った。
そんなデタラメな存在が8階層なんていう浅い階層に本当にいたのかと二人の気を確かめるような質問も幾つかあった。
しかし、後に目を覚ました偉助と相賀からもまったく同じ返答が返ってくれば、もう信じるしかない。大人達の総意はそういった答えに帰結した。
教師達はしばらくダンジョンへの探索を一旦中止にすることを決定。
教師陣と雇った探索者達で8階層の捜査を開始していた。
急遽の探索実習の中止に学校中が少し騒がしい。
楽ができると喜ぶ生徒も多い中、焦りを見せる者もいる。
特に三年生は就活の時期だ。
フリーで探索者をする者はいいが、企業所属の探索者を目指すならこの時期の実習は重要になってくる。
特に国家公認探索者、国家お抱えの公務員になるならば今頃死に物狂いでダンジョンの中で狩りを続けなければならないはずだ。そのもの達にとったら最悪の事態と言えた。
「なぁー。なんか一部の奴から睨まれてんだけど。お前はなんか心当たりあるかぁ?」
机にぐったりとうつ伏せる偉助が後の席の灰に愚痴垂れる。精神的に参っている様子だ。
「お姫様にお米様だっこされてダンジョンから出てきたことじゃない?」
「それは周成だっての。俺は野郎におんぶされてたから恨まれるのも羨ましがられるのも心当たりはねーよ」
あれから、偉助と相賀には帳 凛がちょー頑張って、すげー技であの蝋人間をぎったんぎったんにしたと伝えてある。
そのあまりに適当な説明に偉助はジト目をして信じた様子はなかったが、そこは帳にも上手く話は合わせてもらい、ひとまず納得してもらった。その説明の最中でもジト目を灰に向け続けていた所を見ると本心では納得はいっていないのだろう。まぁ当たり前かと灰はあまり気にした様子はない。
「偉助。あまり口外はしちゃいけないって話だったろ?僕は嫌だよ。生徒指導室とか」
「わかってるっての。けどさぁ、あんだけの事があってよぉ、なんでか俺達の周りからの評価が下がってんだぞ?納得いかねーぞ」
「仕方ないよ。帳さんがあんな浅階層で苦戦するわけないんだもん。さぞ誰かさん達が足を引っ張ったんだろうっていう話らしいよ」
未発見種が現れたら事はダンジョンの封鎖と同時に説明がされたが、その中身までは口外を許されていない。つまりは箝口令と言う奴だ。
そのため未発見種とは言え所詮は8階層。帳 凜をもってすれば苦戦に値しない。周りからはそう認知されているのだ。
そんな帳が全身を傷だらけにしながら、意識不明の仲間を背負って帰ってくれば、周りが抱く感想は灰達にとって、大変不服なものになるのだ。
「仕方ないよ。前評判がここ最近悪かったんだから」
スキルに恵まれない二人は、そのスキル依存でない能力をもってしても、徐々に徐々に力不足が周囲に露見し始め、評価を改めて始めていたのがここ最近だ。そのタイミングで今回の事を知られてしまったために、それは確定的なものになったと言える。
「俺はいいんだよ。俺は確かになにもできちゃいなかったからよ。お前まで煽りを食らうことはねーだろ」
偉助は口をへの字に曲げて不満げな様子だ。
「僕だって似たようなものだよ。帳さんの援護しかできなかったから」
「十分だろ。最後まで戦いについていけりゃあよ」
「偉助はもっと自分に自信を持ちなよ。親友を庇っての負傷は名誉ものだろ?」
「その親友ともあれ以降顔を合わせてないんだわ」
「ありゃりゃ、愛想つかれた?」
「かもなぁ。あいつにとったら俺はヒーローだったんだと。ったく子どもの頃の出来事にいつまで憧れてんだよあいつは」
「そういえば相賀くん、あの時よく分からない事言ってたね」
「……あぁ、レベルがどうのカイジンがどうのって話だよな」
それだけではなかったが、偉助がそこを触れて欲しくないのを察した灰はそのまま話を続けた。
「レベルはなんとなく分かるね。つまりはその人の今現在の強さでしょ?」
偉助のスマートフォンに入っているゲームはそんなのばっかだ。いや、今時はRPGもの以外にもレベルという概念は広く使われているのだろう。強さを数字化する事程に分かりやすいものは他にないだろう。
「俺はダンジョン潜ってて、ファンファーレを聞いた事はないけどな」
「ファンファーレ?」
「いやいい。そう言えばお前ゲームとかしないもんな」
聞いたことぐらいあるだろうけどなーっと話す偉助に、灰はそのファンファーレがどんなメロディか少し気になった。
「あいつはなんで俺や帳のレベルってのをしってんだろうな」
「それこそスキルじゃないの?」
「『鑑定』スキルってか?」
「名前は知らないけど」
サブカルに疎い灰は、お決まりを知らない。
「相賀曰く、俺のレベルは21らしい」
「高いのか、低いのか」
「あの反応だと低いんだろうな」
失望したようなあの顔が偉助の脳裏から離れない。
「でも帳さんでも30弱だって言ってたからそう弱くはないんじゃない?」
「あいつは上級クラスだからなぁ」
灰はその後も試しに慰みの言葉を掛けてみるが、うぁー、と偉助はショックから立ち直れずにいた。
「俺ってよえーんだなぁ」
言葉にならない呻き声で項垂れていた偉助はパタリと止めて、ポツリと溢した。打って変わって真剣な声に灰は机に伏したままの偉助の背中を見る。
「灰はさ、誰かに憧れた事ってあるか?どうしようもないほどに、目蓋の裏に焼き付いて離れない、憧れの原風景ってのをもってるか?」
突然の質問。しかし、その声色に遊びもなければおどけるような色もない。ただ、真剣に、何かを目蓋裏に呼び起こして、その光景に嘘をつかないように、大切に触れるように。
偉助はゆっくりと背中を起こした。
いつにない真剣な様子の偉助に灰はからかうようなことも言えずに、沈黙で続きを促した。
「俺はあるんだ。憧れた人たちがいる。今でもその人たちに追い付きたいって強く思うんだ」
食い縛るような音がした。
「でも俺に才能はなかった。その人たちに続く道は途中で途絶えてた。俺の中にある原風景は、俺の道の果ての壁に掛けられた絵画でしかなくなったんだ」
悔しさを必死に隠した声だった。
「でもそれでも諦めきれなくて、道は違っても、同じ高みまで足掻きたくて、俺は探索者になったんだ」
少年は拳を強く握って覚悟を見せた。
そうあの時誓ったのだと言うように。
「ってなにいってんだろうな俺。探索者になっても弱いまんまなんだから。どうしようもねーよ」
振り返って誤魔化すように笑う偉助。
しかし、その笑い声に釣られて笑うような事はしない。
灰にだって、茶化して良い時と悪い時くらいの分別はついた。いやそんなことより、茶化してやろうなんて普段の気持ちは欠片もなかった。
「僕も昔は憧れた人がいたんだよ」
柔らかな声で。
懐かしむような顔で。
「昔はって……」
自分の事を普段話さない友人のその言葉に、偉助は言い淀んだ。深く詮索するのをなんとなく、その表情から避けたのだ。
「そっか。俺達って似た者同士なのかもな」
付き合いの悪い友人との何気ないはずだった会話で、どこか友好を深められた気がした偉助は柔らかく笑った。
「でも、僕は偉助の才能を一個見つけたよ」
ニカッと笑って指を立てる灰に、あぁなんかいつもの感じに戻ったなと思って笑みを消して訝しむように答えを聞く。
「……なんだよ」
「ポエム」
よし殴ろうと、席から立ち上がったその時、教室の外から声がかかった。
「滝虎、すこし話がある。顔をかせ」
探索者育成学校歴代最強。
勇者───京 将暉。
そのひとだった。
からかうなって!
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