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応えられない期待

 一日の行程の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。


 ガヤガヤと人は抜けていけど教室は尚も喧騒の中。


 その喧騒の内容は今日発表された試験結果がほと

んどを占め、嬉々とした声と悲嘆、真逆の二つが聞いて取れる。


 「瀧虎(たきとら)は成績どーだったん?」


 椅子を後ろに倒して振り向いた少年の顔は憂鬱気だった。


 「また落ちた……」


 聞かれた側の少年もまた表情は優れない。


 「一年の頃は優等生だったのにな」


 「それでもまだ中の上にはいるよっ」


 むきになった男子にまぁまぁと笑って諌める。


 「まぁ、俺のが不味いからなんともいえないんだけどな」


 そう言って男子は立ち上がるとバッグと小剣を持って教室を出ていった。


 後ろの席の少年、瀧虎(たきとら) (かい)も腰に長剣をぶら下げて帰り支度を始める。


 周りを見渡せば少年ら同様、皆一様に武器を身につけている様が見てとれる。


 異様な光景。


 しかしこの光景はこの学校では当たり前であり、これこそがこの学校の本分であった。


 探索者育成学校。


 10年前に突如として世界中に出現した迷宮。それは人類に未知をもたらし、同時に発展をもたらした。


 未知の金属、未知の樹木、未知の液体。そして生命。富に釣られてやってきた人間を待ち構えていたのは幻想上の怪物達だった。


 犠牲は沢山でたが、怪物達の討伐で人類がさらに得たものがあった。それは[進化]。


 怪物を倒したものが怪力を得、扱ったことのない武具を達人のように振り回し、そして魔法を再現せしめた。


 迷宮に潜った各々が超人のような力を得たことからそれらを管理するため探索者資格が生まれ、探索者は国の管理下に置かれることとなった。


 そしてこの探索者育成学校は優秀な探索者を育むために創立され、今日まで有名探索者を排出してきた名門校。


 瀧虎 灰もその学校の学生であり、将来を有望視される存在だった。


 「やっぱり追い抜かれるよな」


 一年の頃は多少扱い慣れていた剣を武器に学年でも一桁に入る成績を修めていたが、周りの成長速度に追い付けなくなってからは下がりっぱなし。


 将来の有望株は徐々に落ちて今では凡夫に成り下がっている。


 「成績はどうだったんだ?」 


 立ち上がり帰ろうとする灰に凛とした声がかかる。二度目の投げ掛けにややげんなりして振り向く。


 「(とばり)さんか、隣のクラスなのにわざわざ聞きに来たの?」


 後ろに一つ結びをした大人びた顔つきとスラッとした長い手足。


 ピンと伸びた姿勢は凛々しさを伺わせる。そんな男勝りな口調の女の子。


 (とばり) (りん)。 


 その声色と表情にはやや刺が感じられる。


 険のある台詞を返せど返事無く依然として立ち塞がる。


 「73位だよ」


 ため息混じりながら正直に返す。


 「前は65位だった」


 「そう……だけど」


 「その前は61位」


 「覚えてるの?」


 詰問されているような感覚に戸惑う灰。


 なぜ成績が落ちているのかと。


 そんなもの灰の中で答えが出てきっているし、特にそれを改めようともしないし……できない。


 「なんで毎回聞いてくるかなぁ。僕の成績なんて聞いても面白くないでしょ?実際帳さん毎回機嫌悪いし。成績優秀な帳さんが興味もつような」


 「一年最初の試験では1位だ」


 そう、帳のいう通り、灰の成績は入学時当初の時点で1位。入学時最初の試験で歴代に迫る成績を叩きだし周囲をざわつかせた。


 「1位タイね」


 注目の的になったのは灰だけではない。灰と並んで高得点を叩き出した人物こそ目の前の少女、帳 凛だった。


 「そうだ。それがなぜ、今では73位などと落ちぶれている」


 「落ちぶれてるって……まぁ確かにそうだけど」


 歯に衣着せぬ物言いに肩を落とす。


 「けど、別に珍しいものでもないらしいじゃん?」


 過去の先輩達の成績を見ていっても、最初優秀だった生徒が卒業時点では平均以下、卒業のための成績に及ばず退学なんて話もあるくらいだ。


 「一番最初の試験なんてダンジョンで力を得てそう間も置かずにでしょ?探索者なんてダンジョンで得た力が殆んど何だからあんまり意味ないよ」


 ダンジョンに入ったばかりでは力は無く、ダンジョン内の魔物を倒して初めて力の種を手に入れる。


 どう種が芽吹いてどこまでどの程度の速度で成長するかなんてのは時間が経たねばわからない。


 だからこそ素の実力程度しか無い最初期のテストなんて宛にもならない。灰の言った言葉はそう言う意味だ。


 「ならダンジョンに潜れば良い。聞いたぞ。実習科目以外ではあまり潜らないと」


 探索者育成学校の生徒なら学校保有分のダンジョンに優先的に潜る事ができる。


 それは授業だけでなく自主訓練として放課後や休日に潜ることも可能であり、ほとんどの生徒が訓練に励んでいる。


 「いや、まぁ僕もそこそこ忙しくて……」


 「それは探索者として大成することよりも大事なのか?」


 口調そのものは落ち着いている。しかし帳から感じられる空気は明らかに怒気を孕んでいた。


 「……」


 機嫌の悪さを感じ取った灰はどう返して良いものかと思案したが、その表情を良いものと取られなかったのか帳の顔に険が増す。


 「わかった。もうこれ以降は聞いたりはしない。悪かった」


 今までにない締めの台詞。


 遂に見放されたのだとわかった。 


 「うん。それがいいよ。僕なんかの事ばかり気にかけてら彼妬いちゃうよ?」


 「なっ……!」


 すっとんきょうな顔になった帳はみるみるうちに顔を赤くしていく。


 「わ、私は将暉とそう言った関係ではないぞ!」


 赤くなった顔がぐいっと詰め寄る。


 「誰も京君なんていってないけど?」


 「あっ」


 しまったと顔に書いてあるように表情が変わる。


 「あ、いや!同じパーティーで男は将暉一人だからてっきりその……」


 「あはは。まぁハーレムパーティーなんて言われてるからね。そりゃ浮かぶのは京君だけだよね。」


 堅物染みた美人が表情をコロコロと変えるものだからついからかいたくなって意地悪をしてしまった。


 ごめんごめんと笑いを抑えた顔で謝ると帳はむすっとした表情へとまた変わる。


 遠目ではいつも表情を変えず、クールに人と話す帳を見ているためこうして毎度毎度何かしらでからかうと普段とのギャップで面白い。


 「とにかく!将暉とはただのパーティーメンバーでふしだらな関係ではない!!」


 「ふしだら?やだ、えっち」


 「……!!!」


 さらに顔を赤くした帳は、もう帰るからと叩きつけるように言うと踵を返して教室を出た。


 やりすぎたかな?と頬を掻く。


 「探索者……か」


 ポツリと溢す言葉は誰の耳にも入らない。


 帰り際に何人かの生徒に成績の事を聞かれたりからかわれたりとしたがどれも悪意のあるものではなく、単にクラスメート同士のじゃれあい程度。


 瀧虎 灰の交友関係は広く浅く、良好であった。


 帳 凛には申し訳ない気持ちをもつ灰は、彼女が立ち去る際に僅かに覗いた寂しげな表情を思い出す。


 ライバル視していたのだろう。


 入学当初の試験中、何度か彼女と肩を並べた。入学前から武道か何かをやっていたのだろう。


 彼女一人だけ戦う様が違った。そして向けられた競争心。


 言葉にはしていないものの彼女はあれ以降、明らかに灰と張り合っていた。


 最初は楽しそうな彼女の表情が次第に物足りな気になり、怒りを携え、そして遂には落胆された。


 灰はこの現状を客観視して常に思う。情けないし申し訳ないと。


 張り合えるだけの力もやる気も灰自身に端から無いのだから。

 

 


 


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