手
小学生の時の話。
私の地元は田舎の村で、とりたてても何もない場所だった。
山や川、田んぼに畑など豊かな自然環境はあったが、無医地区だったし、信号機も村内に四カ所しかない。
大型店舗もなく、訪れる人も滅多にいなかった。
そんな田舎の小学校は山の上にあった。
とはいっても、子どもの足でも徒歩で20分ほどの距離だ。
通学路は山の中にあり、山道や畑道、墓地が点在する中を通って小学校に着く。
途中に人家は無く、日が暮れてしまえば真っ暗で、時折、野犬も出没した。
当時の私はそんな(いま思えば物騒な)通学路を2、3人で登下校しており、時にたった1人で帰宅することもあった。
ある夏の日のことである。
私は友人たちと学校のプールで遊び、一人で家路についた。
日が暮れかけ、ヒグラシが鳴く中、やや速足で帰りを急いでいた時である。
帰り道のアスファルトに大きな亀裂がある場所にやって来た。
地震か、アスファルトの劣化出来たであろう亀裂は、以前から路面上に長く走っており、中から雑草が伸びでいたが、畑を行き来する軽トラに踏み固められ、亀裂の部分だけが黒い穴を覗かせていた。
普段、通学路として行き来していた私たちは、その穴に石を蹴り入れて遊んでいたので、よく見覚えがあった。
その亀裂に白い軍手が落ちていた。
大方、畑仕事をしていた人のものだろう。
私は気にもとめず近付いて行った。
その時だった。
不意に軍手に変化が生じた。
何と、ぺちゃんこに潰れていた風に見えた軍手だあったが、まるで誰かが手を入れているように厚みを持ち、まるで亀裂から這い出ようとするように指を蠢かしていたのである。
それは亀裂の中から何者かが手探りで路面をまさぐっているようだった。
驚きのあまり、思わず声を上げた私の目の前で、軍手は驚いたようにスポッと亀裂の中に吸い込まれて消えた。
あとにはただ路面の亀裂が残るのみ。
中を覗き込んでも、暗く何も見えなかった。
そして何より、人間が入り込めるような隙間ではなかった。
それから私は逃げるように家に走って帰った。
妙なものを見たことより、薄暗い帰り路の方がひどく不気味だったのを記憶している。
ちなみに、その路面の亀裂がある場所は、戦時中、戦争に出征した兵隊さんたちを慰霊する石碑が立っている墓地の真ん前だった。




