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赤い世界


 生まれたての目は、しっとりと潤んでいる。

 俺を見つけると興味津々といった風に、見つめる。

 見ていると目の下の肌に、水平に亀裂が入った。

 亀裂が開くと、中の赤い部分が見えた。

 赤い部分に、短時間で真っ白い歯が生えた。

「食わせろ」

 俺は慌てて扉の鍵を外す。

「食われるもんか」

 もはや全身が真っ白になり、長山の面影は一切無くなっていた。

「お前を食えば、また人の姿に戻れる」

「まさか、ここで何人も食ったって訳じゃ……」

「それを聞いてどうする?」

 おそらく、さっきの長山の姿は、一つ前に食べた男の姿だ。

 この世界の中で、何度もこの白人間形態と通常人間の形を行き来したに違いない。

 話す記憶の内容と、姿や格好が食い違ったり、一部記憶が失われているのも無理はないことだ。

「この世界に落ちてきた時、助けた恩を忘れたのか」

「食べるつもりで助けたんだろう」

「その通りだ。他のやつに取られる前に確保したんだよ」

 逃げ切れるだろうか。

 この白い人間、いや人間と呼んでいいのだろうか。白人間がどのくらいの能力があるのかわかっていない。

 だが、指を加えて待っているわけにもいかない。

 俺は後ろ手で、扉に触れた。

「どうせ食べるものがなくなれば、お前も俺と同じことになる」

「……」

「ならば俺に食べられろ」

「断る!」

 俺は勢いよく扉を開け、外に飛び出した。

 雪が降り続いている。

 よく扉が開いた、と思えるほど周囲には雪が積もっていた。

 さっきの女が流した血も、もう薄くしか見えない。

「待てよ」

 長山だった白い人間が小屋の外に出てきた。

 流した血が向かっている方向から、離れていく方を選んで俺は進んだ。

 雪が深すぎて、走るに走れないからだ。

 とにかく雪をかき分けながら、進んでいく。登っているのか、降っているのかもわからない。ひたすら真っ白な世界だった。

「お前は新雪を踏み潰さねばならないが、俺はお前の足跡を追えばいいんだ。捕まるのは時間の問題だぞ」

 俺は振り返った。

 やつとはかなり距離があるが、確かに向こうが言う通り、この新雪の不利(ハンデ)はなさそうだった。


 逃げた。

 逃げ続けた。

 俺は次第に雪をかきわけ進むことに慣れてきた。

 動くことで体は温まったが、冷たすぎて手先の感覚や足の指の感覚はなくなっていた。

 目指す場所もなく進んでいると、少し生えていて木々がなくなり、ゴツゴツとした岩のある地形に入り込んでいた。

 岩が大きく、複雑になって先も、後ろも見通しが悪くなってきた。

 岩が増えるにつれ、雪は減ってきた。

 長山が、どこまでついてきているのか。

 俺は確かめるために、立ち止まり様子を見ながら岩に登った。

 見通しのよい岩の上から、自分が通ってきたルートを振り返る。

「……」

 長山のような白い物体なら、すぐにわかりそうだが、どこにも見えなかった。

 逃げ切ったのだろうか。

 俺は少し安堵して、頭を下げ、横になった。

 次の問題は、ここがどこで、どうやったら帰れるのか、ということだった。

 この世界にいたら、やがてあの『白い』ものになってしまう。そんな気がする。

 長山も好きであれを食べたのではないだろう。お腹が空いてきて、限界に達し、たまらず口にしたものがあの『白い』ものだったに違いない。

 小屋とは違い、ここは寒かった。

 寒い中、じっとしていることは、死を意味する。

 岩の上から、俺は周囲を見回した。

 この先に進んだところに、ぼんやり赤い空が見えた。

 日差しがあるなら、そこを目指すべきだと考えた。

 俺は岩を降りた。

 岩に隠れて赤い空は見えなくなっていたが、岩を縫うように歩きながら、赤い空の方向へと進むことにした。

 再び、岩が小さくなってくると、向かう方向に赤い空が見えてきた。

 俺は進んだ。

 赤い世界を目指して。




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