変化
長山は扉に手をかけた。
すると外から声がする。
「誰か引っ張り込んだね」
女の声だろうか?
長山は答えない。
「独り占めする気かい? 顔ぐらい見せとくれよ」
言い方が女性のようだが、扉ごしに聞こえてくるので、はっきりとは分からない。
長山は俺の方に目線を向け、顎で『こっちにこい』と指図した。
「……」
扉の外に何がいるのか? 長山が黙っているせいで、緊張が高まっていく。
俺はコーヒーを倒さないよう、ゆっくりと扉に近づいていった。
俺が扉の前に立つと、長山が横に避け扉の端に手をかけた。
扉を開けるぞ、という風に目で合図してきた。
俺は頷く。
長山の手により、勢いよく扉が開いた。
目の前には真っ白い死装束を着た髪の長い人が立っていた。
頭も、肌も、真っ白だった。背景も雪景色で、境が曖昧に感じる。
髪は長く、顔にかかっていて輪郭すら見えない。
女性…… だろうか。
「へぇ、元気そうな男だねぇ。こっちに来てよく顔を見せておくれよ」
あからさまに視線を動かすと、長山の位置がバレてしまう。俺はぼんやりと視野の隅に見える長山の顔を確認すると、首を横に振っていることがわかる。
つまり、扉の向こうに行くな、という意味だ。
「じゃあ、あたいの手を温めておくれ。おててがちんちんして耐えられないの」
スウ、と手が伸びると同時に垂れ下がっていた髪が少し動いて、女の顔が見えた。
限界まで見開いて血走った目には、狂気が宿っているようだ。
手は羽織っている死装束よりもさらに白く、異質なものに見えた。
俺は怖くて伸びてくる手を避けるように、後退りする。
「!」
何が起こったか、一瞬わからなかった。
小屋の中に女の手が落ちていること、長山の手にある鉈に黒っぽい液体が付き、垂れていくことから、長山が女の手を切り落としたこと分かった。
「ぎゃあああ、、、」
手を切り落とされた女は、切られた右手を左手で押さえると逃げていく。
長山は素早く扉を閉め、鍵をした。
「ふぅ……」
俺は何から話していいか分からなかった。
「食ってみるか?」
「?」
長山の視線を追うと、意味がわかった。
「まだイキがいいぞ」
切られた手の切り口が、白い肌で包まれるように塞がっていた。
指はふっくらと丸みを帯びてきて、しかもまだ、ピクッ、ピクッと、小刻みに動いている。
そうか。俺は考えた。
さっきの白いソーセージのようなものも、元はこれと同じものなのだ。
俺はその『白いもの』を食ってもいないのに、さっき呑んだコーヒーを吐き戻していた。
「食わず嫌いは、直らないもんだな」
長山は落ちている手を拾い上げると、丸ごと口に突っ込んだ。
歯を立てると、痛みに反射してか、指が動いている。
俺は長山から顔を背けた。
「うぅ、うぅ、うま……」
うまい、とでも言いたいのだろうか。
俺は横目でチラリと長山を見た。
「!」
髭でよく見えないが、長山の唇の色が白く変色し始めた。
血の気が引いている、という程度ではない。
口に加えている『真っ白い』手の色と全く同じ、ペンキのような真っ白い色だ。
目も白目を剥いていて、明らかに様子がおかしい。
「ど、どうした長山?」
長山は、持っていた鉈を落とした。
「うぅ、うぅ……」
みるみるうちにその白い色が唇より外へと広がっていった。
濃くて鬱陶しい髭も、みるみるうちに白くなっていく。
髭の一本一本が太くなり、絡んだところは繋がっていく。
鼻の穴も周りが膨らむことで塞がっていった。
白い色は、頭全体に広がり四倍五倍に膨れ上がっていた。
頭を支えている体も、小刻みに痙攣を繰り返している。
首、胸や腹、肩や腕、と次第に丸く、白く変質していく。
顔は耳、鼻、口や目が消えて球面のようになっていた。
「長山!」
呼びかけると、何もない顔を俺の方に向けようとした。
ゾッとしながら、長山と距離をとる。
俺を見ようと頭を鳥のように動かしながら、探っている。
顔の表面が震えたかと思った時、そこが割れて目が一つ現れた。
「うわっ!」
あまりの気味の悪さに、俺はそう叫んでいた。