おかしな乗客
しばらくして目が覚めると、室内も暗いままだったが、外もまだ暗い。
どうやら目が覚めたのは、隣にいる乗客が肩にもたれかかって来たからだと考えた。
隣の乗客は長い髪で隠れて、顔は見ない。
周りを見渡すと、他の座席には誰も座っておらずなぜ俺の隣に座ってきたのか理解できなかった。
バスが揺れると、隣の乗客がまた肩にもたれかかって来た。
俺は軽く肩を動かしてアピールした。
「!」
俺が肩を揺すったせいで、隣の乗客が椅子から落ちてしまった。
「大丈夫ですか!」
俺は驚いて通路側に降りて、その人に呼びかける。
反応がない。
「えっ?」
服から出ている手足が茶色く、干からびたようにシワシワだった。
「御免なさい」
俺はそう言いながら顔を覆っている髪を避けた。
「ミイラ???」
目は無く、ただ落ち込んでいるだけ、鼻も同じように内側へ抉れている。唇は無く歯が剥き出しになっていた。
「大丈夫ですか?」
揺すっても目覚める様子はない。
いやそうだろう、本当のミイラかミイラのようなおもちゃとしか思えない。これが生きていたとは考えにくい。
俺はとにかくその乗客を別の椅子に引っ張って行き、横たえた。
「運転手さん!?」
誰が俺の横にこんなものを置いたのか。
「運転手さん?」
前に行きかけるとバスにブレーキがかかり、ガタガタと揺れながら止まった。
俺は倒れないよう手すりを掴まえた。
バスが完全に停まると、中央の扉が開く。
俺は運転手に声をかけるために、扉を通り過ぎようとした。
しかし、中央扉から乗ってこようとする、乗客に目を奪われた。
その乗客は、さっき隣に座り込んでいた『ミイラ』と同じように、目鼻がなく皮膚が干からびていたのだ。
「なんだよこれ」
俺は窓に張り付いて外を凝視した。
バス停で列をなして待っている客すべてが、同じようにミイラだった。
一人目が入っていくと、二人目もバスに足をかけて入ってくる。
「運転手さん、やばい! 早くこのバス出発させないと!」
俺はミイラの腕を引いて倒し、中央扉に押し戻した。
倒れたミイラの目から蛆虫が湧き上がってきて、音を出した。
「これは死者のバスぞ。貴様こそ降りろ」
「違う!」
俺は乗ってこようとしていたミイラも含めて押し出した。
そして運転席に急ぐ。
「早くバスを出して!」
見ると、帽子を被っているバスの運転手も、同じミイラの姿をしていた。
俺は慌てて、運転手の腕を引いて引きずり下ろし、代わりに運転席についた。
サイドブレーキをとき、アクセルを踏み込んだ。
「?」
音がうるさくなるだけで、前に進まない。
バスはクラッチ付きだった。
教習所でしかやったことがない。
圏外だからネットの動画を見ることも、見ている時間もない。
なんとなく覚えている限りのことをやり尽くすと、バスは急発進した。
急発進して俺は気づいた。
「ブレーキペダルがない」
足元に大きく踏み込むところがないのだ。
アクセルと、クラッチしかない。
「とにかくクラッチを切って、サイドブレーキを」
サイドブレーキを引き上げると、取手ごと外れてしまった。
「ま、曲がらないと!」
俺は水平気味の大きなステアリングホイールを必死に右に左にと回し、道をキープした。
しかし、下り坂で勢いがついていくと、操作の限界が来ていた。
どこか、左右の安全なところにぶつけて停まるしかない。
その考えは甘かった。
次の瞬間、バスは正面のガードレールを破っていた。
体が浮いたようになり、後はよく覚えていない。
ぐるぐると天地が回り、バスは谷に落ちた。