第1話 最上くんは読書する
蘆毛フミカはいそいでいた。
初夏の西陽が差しこみ、茜色に染まった廊下を、早足ですすんでいく。
フミカは、〈1年1組〉の表示プレートがある教室の前で足を止め、中をのぞいた。
薄暗くなった教室に男子生徒が一人、すわっていた。手元には文庫本がみえる。
(……今日もやっぱり待ってる)
フミカは、教室の引き戸を開けた。
「最上くん、ゴメン。遅くなっちゃった」
最上ガモンは開いていたページに栞をはさみ、文庫本をとじると、フミカのほうへ顔を向けた。
「おつかれ、蘆毛さん」
「ごめんね。先輩がなかなか帰してくれなくて」
「あやまることないよ。俺が勝手に待ってるんだから」
「でも……わたしの部活が終わるまで待ってるって、退屈じゃない?」
「退屈はしてないよ。本も読めるしね」
机の上に置かれた文庫本には〈星を継ぐもの〉というタイトルが書かれていた。
「なんの本?」
「古いSFだよ」
「へえ、おもしろい本なの」
「うん。おもしろいよ。謎解きが宇宙規模の話でね。といっても、もう三回目だから答えは知ってるんだけど」
「えっ、三回も読んでるの? わたし、おなじ本を何回も繰り返して読んだことってないかも」
「もう読む本がなくてね。しかたないんだ」
「そんなにたくさん本を読んでるんだ」
「うん、まあ……そうだね。この学校の図書室にある本はたいてい読んでるかな」
「え。うそ、でしょ」
最上は笑顔を返すだけだった。
「さあ、蘆毛さん」最上は席を立ち、文庫本をカバンにしまった。
「帰ろっか」