第9話 風紀委員の鷹宮さんは、品行方正を崩さない①
翌日。
僕は、いつも通り学校へと登校する。
ただ、昨日は色々なことがありすぎて、家に帰ってからも何も集中できないというか、とにかく上の空だった。
そのせいで、小学生の妹から心配されたりもしたけれど、なんとか平静を装って誤魔化しておいた。
「いや……でも、本当に良かったのかな……」
周りに誰もいないことを確認しつつ、僕はため息を吐き出す。
当然、悩みの種は鷹宮さんとのことだ。
結局、鷹宮さんは三枝から提示された『僕のカノジョになる』という条件を呑んでしまったのだが、その具体的な内容というものは提示されていない。
――まぁ、詳しいことは後々話していきましょう~。そっちのほうが断然面白いですし。
「……三枝、完全にゲーム感覚でやってるよな」
あの三枝のことだ。良からぬことを考えているに違いない。
最悪、僕が三枝のブレーキになって暴走を止めるつもりではいるけれど、先のことを考えると、やっぱり出てくるのはため息だけだ。
そして、僕の気が滅入っている間に、いつのまにか周りには僕と同じ制服を着た生徒たちが同じ方向を目指して歩いている姿が目立ってきた。
もうすぐ、僕が通っている聖堂院学園に到着するのだが……。
「……あっ」
その校門前に、鷹宮さんが立っていた。
でも、それは別に珍しくもなんともない光景で、彼女の周りには、いつものように腕に『風紀委員』と書かれたワッペンを付けた人たちもいる。
そして、彼女の目が一瞬、僕のほうへと向けられる。
僕は、昨日と同じように自分が緊張をしてしまっていることに気付く。
だけど、その理由は全然違うもので、それでも、何か声を掛けられるんじゃないかとドキドキしながら鷹宮さんの前を通ったのだが……。
「…………」
彼女は、僕に声を掛けるどころか、まるで興味がないといわんばかりに、そっぽを向かれてしまった。
思わず、僕は校舎に向かって歩いていく途中で振り返ってしまったのだが、そのとき、彼女はシャツを出していた生徒に向かって、ちゃんと服装を正すようにと注意喚起をしているところだった。
いつも通りの、風紀委員としての仕事をする鷹宮さんの姿に、本来なら安心してもいいようなものだけれど、そのときは何故か、一抹の寂しさのような感情も芽生えてしまった。
しかし、そんなものは、僕の自分勝手な感情である。
鷹宮さんがいつも通りでいるのなら、僕だっていつも通りに学園生活を送ろうじゃないか。
そんな謎の決意をした僕は、教室に入ってからも、1時間目の授業が始まる準備をして、担任の先生が来るのを待っていた。
それから、多分20分くらいは経過したと思う。
もうすぐ、予鈴が鳴る時間だな、なんて暢気なことを考えていたところで。
「藤野くん」
教室に入ってきた鷹宮さんが、僕に声をかけてきた。
「えっ!? あ、えっと……」
そして、テンパってしまう僕。
一瞬、鷹宮さんが「何を焦っているのですか?」と怪訝そうな顔で僕を見て来たけど、それを口に出さずに彼女は言った。
「……昼休み、時間はありますか?」
「えっ、は……はい……」
「では、少し付き合ってください」
それだけ言い残すと、鷹宮さんはそのまま自分の席へと戻ってしまった。
そして、気が付けば、クラスの何人かの視線が、僕に集まっていることに気付く。
「……あいつ、鷹宮に話しかけられてたけど、なんかしたのか?」
「そういえば、昨日校門の前で止められたの見たよ」
「じゃあ、鷹宮さんに目を付けられちゃったってこと? かわいそー」
そんなクラスメイトたちの囁く声が聞こえるが、予鈴が鳴ると同時に、その喧騒も消えてしまう。
ただ、やっぱりクラスの人たちは、鷹宮さんに声を掛けられる=何や校則違反を犯したと思っているらしく、僕もそんな生徒の1人だと思われてしまったらしい。
まぁ、それは間違った解釈ではないのだけれど……。
それよりも僕は、改めて鷹宮さんがクラスでも異質な存在として扱われていることを思い知らされる。
しかし、当の本人は、全く気にした素振りを見せていなくて。
それでも、僕はそんな鷹宮さんの立ち位置に、心なしか不安のようなものを抱いてしまったのだった。