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最終回 風紀委員の鷹宮さんは、僕のカノジョになりたくない?


「あー、なんかそういうこともありましたねー。いやぁ、懐かしいですね、先輩」


「懐かしいって……全部、数週間前のことなんだけど……」


 これまでのことを思い出すように、三枝さえぐさはスナック菓子をパクパクと食べながら、僕と雑談を交わす。


「いやいや、何言ってるんですか。アタシたちとの出会いをキッカケに、鷹宮たかみや先輩は今や学校のスターなんですよ?」


 本当、ビックリですよねぇ~、と三枝はパイプ椅子で絶妙なバランスを取りながら、ブロンド髪と一緒に揺ら揺らと揺れている。


 全く、見ているこっちが、コケてしまうんじゃないかと心配になってしまう。


 しかし、そんなコチラの気持ちを知ってか知らずか、その体勢のまま、三枝は話を続けた。


「でも、ぶっちゃけ先輩は寂しいんじゃないですか?『僕だけの鷹宮さんだったのに~!』とか思ってたりしません?」


「思ってないよ」


 僕はそんなに嫉妬深いキャラじゃない。


 それどころか、僕は鷹宮さんがクラスの人たちと楽しそうに話している姿が見れて、ちょっと嬉しかったりする。


 鷹宮さん自身も、最初はぎこちない反応をしていたけれど、今では自然とクラスの輪の中に入っている。


「で、そのクラスの輪の中に、先輩は入っていないと……」


「うっ……!」


 三枝からの鋭い指摘に、思わず胸の痛みを覚える僕だった。


「っていうか、鷹宮先輩がヒーロー扱いされてますけど、先輩だって現場にいたんですから、ちゃんとそのことを言ったほうがいいんじゃないですか?」


 そしたら、先輩だって人気者になれますよ? と三枝は疑問をぶつけてくるが、それに対して、僕は首を振った。


「いいよ、そんなの。だいたい、最初に助けに入ったのは鷹宮さんだし、僕は何もやってないから」


「語らぬ美学ってやつですか? 先輩って、本当に損な性格してますよねぇー」


 ただ、何故か三枝は不満そうに僕の返答を聞いていた。


 ちなみに、少し前に三枝が被害者であった僕たちの後輩でもある女子生徒を連れて来て、僕たちは直接彼女から謝罪と感謝の言葉をもらった。


 そして、そのときに僕はこっそり、その子にあまり自分……つまりは僕のことはなるべく話さないで欲しいと頼んだのだ。


 すると、彼女も了承してくれて、あのときに僕が現場にいたという話は、それほど学園内で流布することはなかった。


 ただ、その子は「そうですよね。お2人がそういう関係というのがバレちゃったら、鷹宮先輩も風紀委員としての立場がありますもんね……!」と、何やらちょっと誤解してしまったようで、別れる最後には「藤野ふじの先輩! 私はお似合いだと思いますよ!」とまで言われてしまった。


「いいじゃないですか。葉子の言ってたことだって、別に間違いでしょ? 2人は恋人同士なんですから」


「それは……あくまで三枝が鷹宮さんに命令していることだろ? 僕の恋人になれ、だなんて……」


 結局、鷹宮さんと僕の関係というのは、この数週間で殆ど何も変わっていない。


 ……いや、つい先ほどの失態によって、むしろ僕は完全に嫌われてしまったかもしれないくらいだ。


「本当ですよ『メイド服で僕をご奉仕しろ』なんて命令したら、誰だってドン引きしますって」


「僕の命令じゃないよ!!」


 思わず大声で反論してしまった僕に対して、三枝はにやりと笑みを浮かべたまま、僕に告げる。


「え~、何言ってるんですか先輩~。先輩が書いてきたシナリオ通りに鷹宮先輩は動いてくれたじゃないですかぁ。ということは、先輩は女の子にそういうことしてほしいってことでしょ?」


「ちっ……違うよ!」


「あっ、今少し間がありましたね~、先輩♪」


 三枝の顔が、またしてもニヤリとした笑みを浮かべる。


「いやいや~、いいんですよ。先輩は欲望を出しすぎるくらいが丁度いいんです。実際、シナリオはそれなりに面白くなってきてますからね」


 そう告げると、三枝は机の上に置かれたパソコンを眺めながら鼻歌を歌い始める。


 今、三枝が見ているのは、僕がこの数週間の間に書き上げたシナリオだ。


 そして、鷹宮さんに演じてもらったシーンは、ヒロインとの恋愛シーンとして書いた一場面だったりする。


「でも、教室でメイド服っていうのは、やっぱり流石にやりすぎだと思うんだけど……」


 正直、深夜のテンションで書いてしまったシーンを、そのまま三枝にデータを渡してしまったので、僕としては自分でリテイクを出したいくらいなのだ。


「いいじゃないですか。言った通りにインパクトのあるシーンに書いてくれて、アタシとしては大満足ですよ。それに、思わぬ副産物もゲットできましたしね」


 三枝は、わざとらしくポケットにしまっていたスマホを取り出して、僕に見せつける。


「鷹宮先輩のメイド服姿なんて、お宝モノですよ?」


 多分、先ほど録画した鷹宮さんのメイド服姿のことを言っているのだろう。


「三枝……お願いだから……」


「分かってますよ。あくまでプライベート用でしか使いませんから。あっ、でも先輩が欲しいっていうなら、資料映像として差し上げますけど?」


「…………いらない」


「もう、先輩ってば、ほんっとお~に素直な人ですよね~」


 キャッキャと笑い声を出す三枝とは対照的に、僕はどんどんと心が沈んでいく。


 理由は、もちろん鷹宮さんのことだ。


 つい数時間前、鷹宮さんは三枝の命令でメイド服を着せられて、それだけじゃなくて僕の書いたシナリオの原稿まで読まされる仕打ちを受けてしまった。


「あんなことさせられたら、絶対もう口を聞いてもらえないよ……」


 実際、委員会の仕事が残っているからと告げ、僕には一切口を聞くことなくこの教室から退室していった。


 勿論、メイド服姿ではなく、制服に着替えて。


「それくらいで人を嫌うなら、所詮、鷹宮先輩もそれまでの人間だったってことですよ」


「三枝、なんで偉そうなの?」


「アタシは偉いからです。こうやって、先輩みたいな人にも優しく接してあげるくらいイイ女ですから」


 僕、何か三枝に悪いことしたっけ?


「とにかく、あんまり気にしなくていいと思いますけどね」


「そうは言っても……」


「……はぁ~」


 すると、三枝はわざとらしいため息を吐いたのち、僕に告げる。


「先輩、少しは考えてくださいよ。いくら弱みを握ってるアタシが呼び出したからって、鷹宮先輩の性格なら、嫌なものは嫌だって始めから断ると思いませんか?」


「……まぁ、確かに言われてみればそうかもしれないけど……」


「だったら、どうして鷹宮先輩はメイド服を着て、協力してくれたんでしょうねぇ?」


「それは……」


 三枝に言われて、僕もちゃんと考えようとしたのだが……。



 ――キーン、コーン、カーン、コーン。



 放課後の下校時間を告げるチャイムが鳴り響いた。


「さて、時間ですし、帰りますよ、先輩」


 そういうが否や、三枝はすぐにパソコンを消して鞄を持って立ち上がる。


 結局、僕は三枝から答えを聞き出せないまま、同好会の教室を後にした。


「じゃ、先輩、このあとどうします? いつもみたいにマック寄って帰りますか?」


「いや、僕たち一回も一緒に行ったことないよね?」


「いいじゃないですか~。なんか、もうすぐしたらポテトがSサイズしか頼めなくなるらしいですよ?」


「そういう時事ネタ挟まないで。色々とややこしいことになるから」


 そんな雑談を交わしている間に、もう下駄箱の前まで到着してしまった。



「「……あっ」」



 すると、一人の女子生徒が丁度、上履きを履き替えたところで、目が合った瞬間、僕たちは同時に声を漏らした。



 艶のある長い黒髪に、僕の姿が映った瞳の奥は宝石のように輝く。

 この学校の風紀委員であり、僕のクラスメイト――鷹宮たかみやしずくさんだった。



「……藤野くんたちも、今から帰宅ですか?」


「う、うん……そうだけど……」


 そして、鷹宮さんは長い黒髪をかき分けるように触りながら僕にそう告げるが、僕は曖昧な返事をするだけだった。


「…………」


 そのせいなのか、僕たちの間に気まずい空気が流れてしまう。


「あーあー、なに二人でだんまりしちゃってるんですかぁ。板挟みになってるアタシの立場も考えてくださいよぉ~」


 そんな謎のクレームを口に出し、三枝はトコトコとどこかへ歩いて行ったかと思うと、上履きを履き替えて、そのまま校舎の出口のほうへと向かってしまった。


「先輩、やっぱりアタシ、今日は1人でスタバ寄って帰りますんで、これで失礼させて頂きます~♪」


「お、おい! 三枝!?」


 そして、そう告げると三枝は本当に僕たちを置いて、そそくさと帰って行ってしまった。


 流石に、本当に空気が重いからと1人で立ち去ったわけではないだろうけれど……。


 一体、僕はこれから、どうしたらいいのだろうか……。


「藤野くん」


 すると、呆然としている僕に、鷹宮さんのほうから声をかけて来てくれた。


「話したいことがあるので、一緒に帰りませんか?」


「え? えっと……」


「何か、都合が悪い事でも?」


 彼女の問いかけに、僕は全力で首を振る。


「そうですか。では、行きましょう」


 それだけ告げて、鷹宮さんは僕に背中を向けてしまう。


 なので、僕も慌てて靴を履き替えて鷹宮さんの後を追った。


 ただ、先ほどの鷹宮さんの声が、久しく聞いていなかった風紀委員モードのようだった気がする。


 多分……いや、間違いなく、鷹宮さんは怒っている。


「……鷹宮さんっ!」


 だったら、僕がやるべきことは1つしかない!


「さっきのことは、本当にごめんっ!」


 僕は、彼女の前に回り込んだのち、すばやく頭を下げた。


 こんなことで彼女の羞恥心を払拭できるとは思えないけれど、今の僕に出来る謝罪といえば、これくらいしか思いつかなかった。



 ――果たして、そんな姿を見た鷹宮さんはというと……。



「……本当ですよ、まったく」


 平坦な声で、彼女はそう呟く。


 やっぱり、怒っているのは間違いないみたいだ。


「私を呼び出したと思ったら、あんな姿を強要するなんて」


 そのときの光景を思い出したかのように、彼女の声が震えているのが分かった。


 だが、次に彼女が発した言葉は、僕の予想に反するものだった。


「私は……せっかく、久しぶりに藤野くんとお話できると思って会いに行ったのですよ?」


「……えっ?」


 思わず顔を上げると、彼女は僕から視線を外しながら、耳にかかった髪の毛をかきわけていた。


「だって、藤野くん。教室だと全然話しかけてくれないじゃないですか? 連絡だって、返信が返って来なかったですし……」


「……あっ!」


 そう言われて、僕は自分の失態にようやく気付いた。


 確かに、鷹宮さんからスマホでメッセージが届いていたのだが、確認をしたところで丁度テキストの調子が出てきて、後から返そうと思っていたら、そのまま忘れてしまっていたのだ。


「……藤野くんが部屋にこもって作業していることは、綾さんから聞いていましたので、私も催促はしなかったんです」


「そ、そうだったんだ……」


 どうやら、鷹宮さんに気を遣わせてしまっていたらしい。


「ご、ごめん……」


 思わず、僕がもう一度、謝罪の言葉を口にした。


「……いえ、私も少し、大人気なかったです」


 すると、僕があまりにも悲壮な感じになってしまっていたからなのか、鷹宮さんはそれ以上僕をお説教することはなかった。


「ですが、藤野くんの頼みだとしても、私はもう二度とメイド服なんて着ませんからね」


「そ、それは勿論です……」


 正確には僕が頼んだことではないけれど、藪蛇になりそうなので余計なことは言わないでおくことにした。


「では、今日のことも含めて、藤野くんのことは許してあげます」


 鷹宮さんはそう僕に告げて、少しだけ笑みを作る。


 その顔を見て、僕もようやく、胸をなで下ろしたのだが……。


「……但し、私から1つ、条件があります」


「じょ、条件?」


 突然、鷹宮さんから交渉を突きつけられ、戸惑う僕とは対照的に、彼女は僕に告げた。



「明日は、私が藤野くんのお弁当を作ってきますから、一緒に食べて下さいね」



 そして、鷹宮さんは夕日の光に包まれながら、にこやかな笑みを浮かべたのだった。



 END


2022/12/24 記入

これまで『クラスの真面目な風紀委員が、僕のカノジョになった理由』を拝読して頂き、本当にありがとうございました。

こちらの作品は、本日の更新を持ちまして最終回とさせて頂きます。


次回作の更新はまだ未定ですが、また新作を更新できるように頑張りますので、今後とも何卒宜しくお願い致します。

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