第42話 風紀委員の鷹宮さんは、僕に秘密のお願いをしたい③
――ピピピ、ピピピ、ピピピ。
「…………ん」
僕の耳元で、単調的な機械音が鳴り響く。
反射的に手を伸ばし、僕は目覚まし時計のスイッチを押して音を止めた。
ついでに時間を確認すると、時刻は午前7時。
目覚ましが鳴るということは、今日は平日ということだ。
なので、そろそろ起きないと妹が部屋に入ってきて布団を剥ぎ取られるわけだが……。
「……あれ?」
何か、大事なことを忘れているような気がする。
「……あっ!」
そして、勉強机に置かれた『エンロマ』の漫画を見た瞬間、思い出した。
昨日、僕は自分の部屋に鷹宮さんを招待して、彼女が読みたいといった『エンロマ』を貸してあげたのだ。
だけど、鷹宮さんが漫画を読んでいるのを邪魔しちゃいけないと思ってじっとしていたんだが、いつの間にか寝てしまっていたようだ。
どうやら、その間に鷹宮さんも妹の部屋へと戻ったらしい。
ただ、学習机には普段僕が使っているメモ帳に「ありがとうございました」と達筆な字で鷹宮さんからのメッセージがあった。
こういう律儀なところは、本当に鷹宮さんらしい。
僕は、自然と笑みを浮かべて、部屋から出て行く。
「そうです、そうです。上手ですよ、雫さん」
そして、そのままリビングに顔を出すと、綾と鷹宮さんがキッチンに立っていた。
丁度、目玉焼きを作っているところみたいで、上手くひっくり返すことが出来たのか、鷹宮さんが、ほっ、とした表情を浮かべていた。
「あっ、お兄ちゃん、おはよう」
まず、綾が僕に気付いて声をかける。
「おはようございます、藤野くん」
続けて、鷹宮さんからも挨拶が来て、僕も二人に対して「おはよう」と返す。
「っていうか、雫さんもいるんだから寝癖くらい直さないと恥ずかしいよ、お兄ちゃん」
妹にそう言われて、自分が普段通りのだらしない姿でいることに気が付く。
一方、エプロンを付けていたものの、よく見れば鷹宮さんは制服姿に着替えていて寝癖ひとつない。
多分、僕より遅く寝たはずなのに、朝から妹の手伝いをしてくれているところは、流石だなぁと感心してしまう。
いや、感心してるだけじゃなくて、僕もちゃんと見習わないと。
冷たい水で寝癖を直している間にそんなことを考えながら、身だしなみを整えて、僕も制服へと着替える。
そして、リビングに戻ると、鷹宮さんも綾もテーブル席について朝食の準備をしてくれていた。
「ほら、お兄ちゃん。一緒に食べよ」
テーブルには、焼き立ての食パンにサラダ、そして、鷹宮さんが作ってくれた目玉焼きが用意されていた。
「どうぞ、藤野くん」
そして、促すようにそう言ってくれた鷹宮さんたちと一緒に、僕は朝食を口にする。
もちろん、鷹宮さんが作ってくれた目玉焼きは、とても美味しかった。
「あ、ありがとうございます……」
なので、ちゃんと感想を伝えると、鷹宮さんは恥ずかしそうに顔を逸らしたが、何故かその横で綾が含みのある笑顔で僕を見てくる。
「な、なんだよ……綾」
「ううん、べっつに~、なんでもないよ」
綾はご機嫌な様子で食パンを齧って、僕にそう告げる。
その様子がちょっと三枝の姿と被ったけれど、僕はそれを追求することはなく、3人で談笑しながら朝食を終える。
そして、僕が食器を洗い終わったくらいで学校へと向かう時間になったところで、綾から素朴な疑問が告げられる。
「お兄ちゃんと雫さん、一緒に学校に行くんだよね?」
「……あっ」
そこで、僕と鷹宮さんが同時に顔を見合わせる。
多分、考えていることは同じことで、もし、僕たちが一緒に登校しているところを学校の誰かに見られたらどうしようかということだった。
別に、僕はそれでも構わないけれど、鷹宮さんは学校では有名人だ。
そんな鷹宮さんが、誰かと一緒に登校していて、その相手が同級生の男である僕だったとすれば、あらぬ噂が立ってしまうんじゃないか。
そんな心配が真っ先に思い浮かんだ僕だったが……。
「……はい、そうですね」
鷹宮さんは、僕と一緒に学校に行ってもいいということだった。
「別に、後ろめたいことはありませんから……」
うん……鷹宮さんがそう言うのなら、僕だって異論はない。
「行ってらっしゃい。雫さん、また絶対、遊びに来てくださいね」
こうして、僕と鷹宮さんは妹に見送られながら、2人で家をあとにしたのだった。




