第38話 風紀委員の鷹宮さんは、感情の変化に気付かない⑨
「うん、事情は分かったし、お兄ちゃんたちが大変な目に遭ってたっていうのは理解した」
僕たちと向かい合う形で、黙って最後まで話を聞いていた妹は、眉間に皺を寄せながら心情を吐露する。
「だけど、そういうことなら、すぐに連絡してよね。お兄ちゃん、全然帰って来ないし電話も出ないから本当に心配したんだから」
そういって、綾は大きなため息を吐く。
「ごめんなさい、綾さん……。ご迷惑をおかけして……」
すると、僕の隣に座っていた鷹宮さんが綾に向かって、頭を下げる。
「いえ、雫さんは謝らなくてもいいですよ! 悪いのは全部お兄ちゃんなんですから」
慌てて訂正をする綾は、そのまま僕をジト目で僕を睨む。
いや、流石に全部僕が悪いわけじゃない気がするのだが……。
「でも、本当に良かったのでしょうか……。私がお邪魔してしまって……」
「いいんです、いいんです。丁度、今日は両親もいなくて私たちだけですから」
綾は満面の笑みを浮かべているのをみて、鷹宮さんもどこか安心したように表情が緩む。
そして、丁度そのタイミングで浴室から軽快なメロディーが鳴った。
「あっ、雫さん。お風呂も沸いたみたいですし、一緒に入りましょう~」
「え!? い、一緒に、ですか?」
「はい! 実は私、友達とお泊り会とかしたことがなくて。だから、ずっとやってみたかったんです」
ほら、行きましょう~、と綾は半ば強引に鷹宮さんをお風呂へと連れて行ってしまった。
やれやれ、と思いつつ、僕がほっと一息すると今度はポケットの中に入れていたスマホが震え始めたので、通話をオンにした。
『こんばんは~、先輩♪ ご無沙汰してまーす』
「ご無沙汰って……」
ついさっきまで会っていた後輩の顔を思い浮かべながら、僕は呆れた声を出してしまう。
『なんですか~。カワイイ後輩が夜中に電話してあげたんですから、もっと喜んでくださいよ~。そ、れ、と、も? もう鷹宮先輩とイチャイチャしちゃってます?』
「してないよ、そんなこと」
『ええ、ノリ悪ーい。せっかくアタシが先輩の願いを叶えてあげたのに~』
ブーブー文句をいう三枝だったが、冗談も程々に彼女から話を聞き出す。
「それで、電話をくれた本当の理由は?」
『いえ、先輩がイヤらしいこと考えてないかな~って心配になっただけです』
どうやら、電話をくれたのは本当に何か理由があったからではなかったらしい。
『まぁ、しいていうなら、先輩と鷹宮先輩が1つ屋根の下でイチャイチャするシーンを期待していた方々へのお詫びですかね』
そして、なんだかよく分からないことを言う三枝だった。
『でも、驚きましたよ。先輩が鷹宮先輩を自分の家にお持ち帰りしたいなんて言ったときは』
「そんな言い方してないよ」
このままだと、変な誤解を与えてしまうことになるので色々と訂正するためにも、つい数時間まで、時間を遡ることにしよう。
〇 〇 〇
僕が鷹宮さんを1人にしたくないと告白すると、三枝は鷹宮さんに僕を自宅に泊めるようにと命令したのだ。
当然、本来ならそんなことを了承するわけがない条件なのだが、鷹宮さんは三枝に弱みを握られてしまっている。
そんな状況の中、鷹宮さんが出した結論は……。
「……分かり、ました」
なんと、三枝の無茶ぶりを受け入れてしまったのだった!
「はい、決定~! じゃあ、先輩。アタシはこのままお暇させて頂きます~。後はお若い2人で、どうぞごゆっくり~」
そして、発案者である三枝はご機嫌なまま僕たちを置いて、車に戻って退散しようとする。
「待って待って待って待って!」
そんな三枝を、僕はなんとか引き留める。
「三枝! いくらなんでもそれは駄目だって!」
「えっ? どうして駄目なんですか?」
「どうしてって……」
「えー、なんですかぁ先輩~。ほらほら、今想像したことをアタシにも教えてくださいよ~」
この子、絶対にわざと言ってるな。
「とにかく、鷹宮先輩と一緒にいたいって言ったのは先輩じゃないですか。最後までちゃんと責任を取ってくださいよ」
「うっ……」
そう言われてしまうと、僕も強く言い返せない。
言い返せはしないのだが……やっぱり色々とマズい気がする!
「…………あっ!」
そのとき、僕の頭にあるアイデアが浮かび上がる。
しかも、この方法なら、ちゃんと僕の目的も達成することができるはずだ。
「た、鷹宮さん! 僕の家に泊まりに来ない!?」
「えっ!?」
鷹宮さんは驚くが、僕はその勢いのまま彼女に説明する。
「ほら! そうしたら鷹宮さんも1人でいることもないし、家だったら綾もいるから!」
「え、えっと……」
「あっ、もちろん、鷹宮さんが良ければ……なんだけど……」
恐る恐る僕がそう尋ねると、鷹宮さんはしばらく俯いた状態だったが、やがてゆっくりと顔を上げて、ぽつりと呟く。
「……ご、ご迷惑でなければ……」
こうして、急遽、鷹宮さんを再び僕の家へと招待することになったのだった。
〇 〇 〇
『……本当、余計な知恵を働かせてくれましたね、先輩』
「余計な知恵って……」
『……まぁ、綾ちゃんはいますけど、今回は特別に及第点にしてあげます』
時は戻って、僕の家のリビングでの会話だが、三枝は悔しがるように僕にそう言った。
「……あれ? 三枝って綾のこと知ってったっけ?」
なんだか、呼び方が随分と親しい感じがしたのだが、僕の気のせいだろうか?
『あー、まあ、会ってるといえば会ってますよ、別次元というか、特別編というか……』
「特別編?」
『あー、そっちは深堀りしなくていいですよ。それより、今回の借りは高くつきますからね』
「うん、わかってる」
『じゃ、先輩をからかうのは、今日はこれくらいにしておきますかね』
そして、三枝は満足したのか、僕との通話を終わらせようとする。
「あっ、三枝。あのさ……」
ただ、その前に、ちゃんと言っておかなければいけないことがあった。
三枝には、危ない所を助けてもらっただけでなく、家の送り迎えまでしてもらったのだ。
それに、三枝の使用人だと言っていたあの燕尾服の男性にも、後日改めてお礼をいいたい。
「三枝、今日は本当にありがとう」
だから、電話越しでも、僕はもう一度、三枝にお礼を告げた。
『……どーいたしまして』
すると、三枝らしい不貞腐れた返事が返ってきたかと思うと、そのまま通話は切られてしまった。
「……まぁ、怒ったわけじゃないんだろうな」
僕はそう呟いて、ぼぅーとしながら天井を見上げる。
「わぁ~、雫さん、本当に身体綺麗ですね! あの、ちょっと触ってもいいですか?」
「えっ!? あ、綾さん! そんな急に……!」
……浴室からは、何やら2人の和気あいあいとした声が聞こえてくる。
僕は自分の中の邪念を振り払う為に、普段は見ないような経済ニュースをアプリでチェックし始めるのだった。




