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第36話 風紀委員の鷹宮さんは、感情の変化に気付かない⑦


 三枝さえぐさの一言で、車内は重苦しい空気になってしまう。


 誰も、口を開けなくなってしまっている状態で、三枝もそれ以上は鷹宮たかみやさんに何も言わないまま黙ったままだ。


 鷹宮さんも、何か言おうと前のめりになるが、結局、何も言えずに身体を車のシートに埋めてしまう。


「……申し訳、ありません」


 そして、鷹宮さんは絞り出すような小さな声で、そう呟く。


 彼女の表情が、僕には息をするのも苦しそうなほど、歪んでいるようにみえた。


 そう思うと、僕もじっとしていることはできなかった。


「さ、三枝。鷹宮さんは、僕にもちゃんとあの場を離れるように言ってくれたんだ。でも、僕が勝手に残っちゃって……」


 そうだ、鷹宮さんは自分の身が危険なのにも関わらず、僕の身も終始案じてくれていた。


 それを無視して行動したのは僕で、鷹宮さんが悪いわけじゃない。


「だから、僕が怪我をしたのは自業自得というか……とにかく、鷹宮さんが悪いわけじゃないよ」


 僕は、なんとか自分が言いたいことを口にすると、前の席から盛大なため息が聞こえてくる。


「……はぁ。先輩って本当にお人よしですよね。でも、アタシは先輩ほど出来た人間じゃないんですよ」


 すると、三枝は不満を吐き出すように、僕たちに語り続ける。


「鷹宮先輩、アタシの友達を助けてくれたことには感謝します。ですけど、もっと穏便な方法があったんじゃないですか? わざわざ、あなたが男連中を諭すようなことを言わなければ、2人が襲われるようなこともなかったと思いますケド?」


「それは……」


 三枝からの発言に、鷹宮さんは言葉を詰まらせる。


「それなのに、あなたは自分から危険に身を投げるような行動を選択したんです」


 そして、はっきりとした冷たい口調で、三枝は彼女に告げる。


「あなたの正義感で、自分が危険な目に遭うのは結構です。ですが、その正義感で周りを巻き込むのだけは、止めてください」


 それを聞いた瞬間、鷹宮さんが膝の上に置いていた手を、ギュッと握りしめたのを見てしまった。


 鷹宮さんは、そのまま俯いて肩を震わせる。


 僕は情けないことに、これ以上何も口出しをすることができなかった。


「……すみません。ちょっと言い過ぎました」


 すると、場の空気を感じとったのか、それとも三枝自身が本当にそう思ったのか、彼女はぼそりと鷹宮先輩に対して、謝罪の言葉を述べる。


「…………」


 しかし、鷹宮さんは何も返事をせず、顔を俯かせたままだった。


 結局、そんな重苦しいままの空気で、車は夜の街を走り続け、目的地となる鷹宮さんの家に到着した。


 鷹宮さんの家は、いわゆる団地と呼ばれる建物で、窓から漏れる照明の光以外は、何も目立ったようなものがない場所だった。


「この辺りでいいんですか、鷹宮先輩?」


 そう質問する三枝の声は、もういつものような明るい声色へと戻っていて、さっきまでとはまるで別人のようであった。


「……ええ、大丈夫です」


 そして、鷹宮さんが返事すると、車は停車する。


「お疲れ様でした」


 そう一声かけられたのち、運転席にいた燕尾服の男性が、わざわざ車から降りて後部座席のドアを開けてくれた。なんだか、海外セレブになってしまったかのような対応だ。


 まぁ、三枝は話してくれなかったけれど、どうやら彼女は相当なお嬢様だったらしいことは今日で分かった。


 そういえば、僕がゲーム会社に応募したテキストデータを見て彼女が接触してきたというのが僕たちの出会いだったけれど、僕はてっきり、三枝の両親がゲーム会社で働いていて、たまたま彼女が僕のテキストを見るような機会があったのだと思っていたけれど(実際、三枝には真相を誤魔化されている)、もしかしてご両親は、僕が想像していた役職なんかより、もっと重鎮の人物だったのかもしれない。


 しかし、だからといって、僕たちの関係は変わらないと思うし、三枝だってそんなことを望まないだろう。


「ほら、先輩も降りてください。ちゃんと最後にお別れの言葉くらい言わないと、恰好がつきませんよ」


 実際、三枝はいつものように僕を茶化すようなことをいって、車から降りるように指示を出す。


 僕はそれに従って、冷やす為に貰っていた氷袋をひとまずポリ袋に戻して、鷹宮さんと一緒に車から降りた。


藤野ふじのくん。今日は……本当に申し訳ありませんでした。それに、三枝さんも……」


 鷹宮さんは、助手席の開いた窓から顔を覗かせる三枝と燕尾服の男性にも順番に頭を下げる。


 三枝からの反応はなかったものの、燕尾服の男性は鷹宮さんにお辞儀を返す。


「本当に、色々とありがとうございました」


 そういって、鷹宮さんは笑顔を作って、僕たちにお礼を告げる。



 ――ただ、そのときの鷹宮さんの笑顔が、偽物の笑顔ということだけは、僕にだって分かってしまうくらい、ぎこちないものだった。



 だから、きっと僕はそのせいで、彼女に余計なことを言ってしまったんだと思う。


「……鷹宮さん、大丈夫?」


「えっ?」


「だって、家に帰っても誰もいないんでしょ? お母さん、帰って来るのは朝だって言ってたような気がするんだけど……」


「……ああ、そうですね。ですが、いつものことなので、慣れています」


「……そっか。うん、そうだよね。ごめん……」


 僕は鷹宮さんに謝罪しつつ、不安を煽るようなことを言ってしまったことを後悔する。


「それじゃあ、鷹宮さん……」


 だから、最後はせめて、安心してくれるような言葉を投げかけようと、僕は彼女に告げる。



「明日また、学校で会おうね」



 そう言って、僕は振り返って再び車に乗ろうとした……そのときだった。



 僕の左袖から、何かに引っ張られるような感覚が伝わってきた。



 えっ? と思わず振り返って、僕が見た光景は……。



 自分の左手を伸ばして、僕の袖を握っている鷹宮さんの姿だった。



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