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Side-A 三枝アリスは自分の話を語らない①

「アリス、学校は最近どうだ? 上手くやってるか?」


 ウェイトレスがワインをグラスに注いでいるのを見ながら、お父さんがそうアタシに質問をしてくる。


 アタシと同じ、ブロンド色の髪に青い瞳。


 そして、年齢を感じさせないその容姿は、とてもアタシくらいの年齢の子供がいるような人には見えないだろう。


「別に。普通」


 そんなお父さんに向かって、アタシは先ほど運んできてくれたローストビーフを口にしながら、仏頂面で返答する。


「アリス、何度言ったら分かるの。そんなはしたない食べ方しないで。それに、お父さんが折角、時間を作ってくれたのに、なんなの、その態度は」


 すると、案の定、母からの叱責が飛んでくるけど、アタシはそれを無視しながら、食事に意識を戻した。


「アリス、聞いてるの! ねえ、アリス!」


「いいんだよ、私のことは気にしなくて。それに、私にとっては、こうして君たちに会えるだけで幸せだからね」


「あなた……そうやってアリスを甘やかすのは……」


 不満そうにぼやく母を、お父さんは「まあまあ」と宥める。


 そして、話の中心であるアタシは、我関せずという態度を貫き、乱暴にフォークで刺した肉に喰らいつく。


 無駄に高い値段設定をしていることもあって、運ばれてくる料理はそれなりに美味しいけれど、何故かアタシは好きになれそうにない。


 高級タワーから見えるこの夜景だって、本当は綺麗なはずなのに、アタシの心は何一つ動かなかった。


 今日の為に母が用意してくれたドレスだって、わざわざこんな派手な服装を子供にさせるなんてと、呆れを通り越して、もはや何の感情も抱かなかった。


 それでも、アタシがこうしてお父さんや母と一緒に、月に一度の食事をする理由があった。


「ところで、アリス。また知り合いの伝手でアリスが興味を抱きそうなことがあったんだが、お父さんに力を貸してくれないか?」


「……どんな話?」


「今度、お父さんの会社で取り扱う事業の中で、テーマパークの大規模な改修をすることになってね。それで、そのテーマパークが若者向けのIPを使ったアトラクションを増やすらしい。だから、アリスにも資料に目を通しておいてほしいんだ。既に、娘にこの話をすることは先方側にも許可は取ってあるよ」


「…………考えとく」


「そうか、助かるよ。お父さんは、そういうのには疎いからね。もちろん、しっかりとしたデータ分析や企業からのプレゼンもあるけど、顧客側の意見として、またアリスの忌憚のない意見を参考にさせてくれ」


 お父さんはそう告げると、アタシとは違ってテーブルマナーをしっかりと守った気品のある態度で、料理を口にする。


 こうして、アタシがお父さんたちの食事の場に同席するのは、お父さんが持ってくる案件の話を聞く為だった。


 当然、社会人ではないどころか、未成年であるアタシなんて、本来ならばお父さんの会社の仕事に口出しをするなんて、論外だ。


 だが、数年前にお父さんが何気なく話したゲーム事業への出資について、自分の思うままのことを言ってみたことがある。


 お父さんにとっては、毎回退屈そうに食事をしている場を、せめて娘が興味を抱いてくれるような話で繋ごうとしただけかもしれない。


 だけど、結果的にアタシの助言を鵜呑みにしたお父さんは、そのまま会社の事業担当に伝えたところ、その出資先のゲーム事業は次々と大ヒット作を生み出し、今ではソーシャルゲームをやっている人たちなら必ず聞いたことがある会社にまで成長した。


 別に、アタシはそれを自分の手柄だなんて思っていない。


 だけど、それからお父さんは事あるごとに、アタシが興味を持ちそうな事業があると、助言を聞こうとするようになった。


「アリス、お父さんの為に、あなたも頑張るのよ」


 途中、母からそんな風に言われてしまったアタシは、舌打ちをするのを何とか堪えて、グラスにあった水を一気に飲み干した。


 それから、母がお父さんにアタシの話ばかり報告するので、聞こえない振りをして目の前の料理を片付けることだけに集中した。




 そして、デザートも食べ終わり、会計をしているお父さんを横目に、母が告げる。


「アリス、私とお父さんは、もう少し仕事の話をするから、あなたは先に帰ってなさい」


 いつも通りの命令に、アタシは返事をすることなく、席から立ち上がって店から出て行く。


 その際に、横を通り過ぎるたびにウェイトレスやお店の人たちがお辞儀をするので

「この人たちも大変だな」なんて思いながら、エレベーターの前までたどり着く。



「ご苦労様でした、お嬢様」



 すると、待ち構えていたように、エレベーター前にいた爺がアタシを迎えてくれる。


 爺は、アタシが生まれたときからずっと、アタシの世話係として付いている人だ。


 この『爺』という呼び方も、アタシが記憶に残っていないときから呼んでいる呼び方で、それがずっと続いてしまっているけれど、今更呼び名を変えるのがなんだか恥ずかしくて、そのままになってしまっている。


「爺、いつも言ってるけど、車の中で待っていてくれていいんだけど……」


「いえ、お嬢様に何かあったときに、それではすぐに対応できませんので」


 そういって、爺は、いつの間にか到着したエレベーターの中へアタシを誘導する。


 ちなみに、爺の言っている『何かあったとき』というのは、アタシの身に危険が及ぶのを想定しているとか、そういう類のものではなく、ただ単にアタシが機嫌を損ねて途中退席したときにも、ちゃんとお迎えができるようにしている為だった。


 一体、どれだけ短気だと思われているんだ、アタシは……。


 だけど、ガラス張りのエレベーターに映る自分の姿を見た瞬間、平気でそんなことをするような人間の顔が映っていたので、爺の判断は正しいのだろう。


 さすがは、お父さんや母なんかより、ずっとアタシのことを見てきた爺だ。



 もしかしたら、アタシより三枝アリスという人間のことを理解しているかもしれない。



 そして、そんなこんなで爺が運転してくれる車に乗り込んだアタシは、後部座席に座ってぼぉーと何も考えずに、窓から流れる景色を見続けたのだった。



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