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第14話 風紀委員の鷹宮さんは、無理難題には屈しない②


鷹宮たかみやさんが、僕に、お弁当……?」


 目の前に置かれた巾着袋を見ながら、僕は呆然と呟く。


 ただ、どうして急に鷹宮さんがこんなことをしてくれるのだろう? 


「…………あっ」


 しかし、そう考えたところで、昨日の三枝からのメッセージを思い出した。


 昨日、三枝は僕にお弁当を持ってこないようにと、連絡をしてきた。


 つまり、僕にそんな指示を出した理由は、鷹宮さんが作るお弁当を用意していたからだ。


 でも、どうしてそんなことを……。


「……どうやら、これも恋人らしい振舞いの一つ……みたいです」


 すると、僕の様子をみて悟ったのか、三枝さんがそう呟いて話を続ける。


「……ただ、さすがに自分の教室などで渡すわけにもいきませんし、三枝さんの指示では2人で一緒に食べるようにとのことだったので、せめて人目につかない場所の用意はしていただきました」


「な、なるほど……」


 確かに、鷹宮さんに話しかけられるだけで、この僕ですら話題にされるのだから、2人で一緒にお昼ご飯を食べているのを見られるなんてことがあったら、大騒ぎになること間違いなしだ。


「ちなみに、三枝さんには最初、学校の屋上に行けとの命令が入りましたが、それは却下いたしました。あそこは立ち入り禁止の場所なので」


 そうなんだ……。


 確かに屋上で過ごすというのは、僕たちオタクの憧れではあるけれど、それを鷹宮さんが許さないのも致し方のない話ではあると思う。


 でも、やっぱり憧れるよね、学校の屋上って。


「ということで、藤野くんは私の作ったお弁当を食べてください」


 なんて、僕が想像を広げている間に、話は元に戻ってきたようだ。


 そして、相変わらず口調が機械的な鷹宮さん。


「……どうかしましたか?」


「い、いや、なんでもないよ……ただ、驚いただけで……」


 確かに、その言葉に嘘はないと思っているけれど、正直に言って、もう少しロマンティックというか、僕が想像していたシチュエーションとは違う感じがした。


 なんかこう……『私、今日頑張ってお弁当を作ってきたんだ!』的な、恥ずかしがりながらも手渡してくれるような、そんな感じだったんだけど……。


「では、どうぞ」


 しかし、現実の鷹宮さんは、席に着いた僕に、淡々とした口調で青色の巾着袋を渡してくれるだけだ。


 やっぱりどこか事務的で、僕は小学生の給食の配膳を思い出してしまった。


 それでも、妹以外の手料理、それも女の子からとなれば、どうしても期待はしてしまう。


 緊張した面持ちで、僕は渡された巾着袋からお弁当箱を取り出す。


 お弁当箱自体は、特に変わりのない、スーパーで売られているようなプラスティック製のものだ。


 一体、鷹宮さんはどんなお弁当を作ってきてくれたのか?


 僕がドキドキしながら蓋を開けてみたのだが……。


「……えっ?」


 思わず、声が漏れてしまった。


 というのも、お弁当の中身が……なんというか……。



 ――全体的に、黒かった。



 いや、正確にいえば、半分はちゃんとお米が詰められているので白いのだが、もう半分のおかずコーナーのところが、黒いのだ。


 おそらく、食材は卵やウィンナーといった定番のおかずなのだろうが、ギリギリ形は保ってはいるものの、殆どが真っ黒に焦げてしまっている。


 まさか、これは僕に対する宣戦布告というか……無言の報復だったりするのだろうか?


 ……なんて、最初は戦々恐々としていたものの、目の前で同じようにお弁当を広げた鷹宮さんのおかずも、僕と殆ど変わらなかった。


 ……ということは、別に僕に対する嫌がらせ、という訳ではなさそうだ。


「……いただきます」


 そして、鷹宮さんは僕の反応をあえて見ないようにしているのか、淡々とした調子でお弁当に手を伸ばす。


 えっと、これって突っ込んじゃいけないのかな?


 そう判断した僕は、鷹宮さんに倣って、用意してくれたお弁当に手を伸ばす。


 ただ、最初から真っ黒ゾーンに箸をつけることは躊躇ってしまい、まずはお米から口に運んだのだが、かなりパサパサした食感だった。


 多分、お米を炊くときに水が少なかったのだろう。


 そんなお米をしっかりと噛んで食べたのち、僕は恐る恐る、例の真っ黒ゾーンへと箸を伸ばす。


 おそらく卵焼きだと思われる黒い物体を持ち上げて、口を運ぶと……。


「……うっ!」


 思わず声を出してしまった。


 口に入れた瞬間、焦げ付いた苦みがあったかと思ったら、それを凌駕するほどの甘味が襲ってきて、角砂糖を丸ごとかじっているような味が襲ってきた。


 しかも、そのあとに醤油のような味も混じって、味覚が渋滞を起こしているのがよくわかった。


「……やっぱり、美味しくありませんよね」


 すると、ようやく僕の反応に突っ込むように、鷹宮さんは自分の箸を置く。


「すみません。決して、藤野くんにわざとこんなものを食べさせようとしたわけではないのです。ただ、普段からあまり料理は作らなくて……」


 そう呟く鷹宮さんは、酷く疲れたような顔をしていた。


「昨日、三枝さんから連絡があって、急いでスーパーで買い物をしたあと、自分なりに調べて作ってはみたのですが……とても食べて貰えるようなものにはなっていませんでしたね」


 はぁ、と深いため息を吐く鷹宮さん。


 普段の凛々しい姿や貫禄は消え、丸まってしまった背中からはどこか落胆の色がにじみ出ているようだった。


「藤野くん、残りは手を付けなくて構いません。私がちゃんと責任を持って食べますから。まだ食堂に行く時間はあるでしょうし、代金もきっちりお支払いします」


 そう言って、鷹宮さんは僕の前にあるお弁当を回収するために手を伸ばそうとしたのだが……。


「……ううん、それは駄目だよ」


 僕は首を横に振って、鷹宮さんの意見に反対した。


「このお弁当は、せっかく鷹宮さんが用意してくれたものなんだから」


「ですが……」


 確かに、お世辞にも「美味しかった」とは言えない出来栄えだったけれど。


 それでも、三枝からの指令とはいえ、僕の為に作ってきてくれたお弁当なのだ。


「……だから、ちゃんと全部食べるよ。ううん……僕が、全部、食べたいんだ。それに、女の子の手料理なんて、次、いつ食べられるか分からないからね」


 そんな風に誤魔化しながら、僕は鷹宮さんの返事を待たず、再びお弁当に箸を伸ばし、次々とおかずを口に運んでいく。


 途中から、自分が一体何を食べているのか分からないような、未知の味付けに遭遇したりもしたのだが、なんとか踏みとどまって、根性で飲み込み、その場を凌ぐ。


「……ごちそうさま、でした」


 結果、僕は鷹宮さんが作ってくれたお弁当を、ちゃんと完食することに成功する。



「…………本当に、変わった人ですね、あなたは」



 お弁当を食べ終わったあと、鷹宮さんは独り言のように、そう呟く。


 どこか呆れたような表情に交じって、僕には彼女が、ほんの少しだけ笑顔になってくれているような、そんな気がしたのだった。


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