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第11話 風紀委員の鷹宮さんは、品行方正を崩さない③


「へぇー、そんなことがあったんすねー。良かったですねー」


「……えっと、ちゃんと聞いてる?」


「聞いてます聞いてます。えっと、なんでしたっけ? 先輩がマリトッツォとシュークリームの違いが分からないって話でしたっけ?」


 全然違うよ。


 そんな話は1ミリもしていなかったんですけど。


 しかし、そんな反論を言ったところで、三枝さえぐさが僕に視線を向けることはないと思う。


 今、彼女を夢中にさせているのは、つい数時間前に鷹宮たかみやさんから返して貰った漫画『エンジェルロマンス』、通称『エンロマ』の最新刊だ。


 なので、僕がいくら話しかけたからといって、空返事されてしまうのは仕方ないところではある。


 放課後、僕たちはいつものように『文化研究同好会』に集まっており、先述した通り、三枝は漫画を読みながら、僕の話を聞き流していた。


 僕だって、大好きな漫画を読んでいるときに話しかけられたら、そういう態度を取ってしまうことがあるので、別に気にしてはいないのだけど……。


「いいのかな……これで……」


 鷹宮さん的には「校則はしっかり守ってくださいね」という意味を込めて返してくれた漫画なのだろうけど、放課後にこうして学校の中で堂々と漫画を読んでいることを許容しているこの状況は、鷹宮さんの意向に反しているような気もする。


「いや、気にしすぎでしょ先輩。どんだけ、あの頭でっかちな風紀委員サマにびびっちゃってるんですか?」


「別に、そういう訳じゃ……って、三枝。僕、いま声に出してた?」


「いいえ、なんとなく、先輩がまたアホなこと考えてるんだろうなぁ~って思っただけです」


 だから、そんな凄い能力をさも当たり前のように言わないで。


 色々と怖いから。


「ま、あの人がどんな気持ちなんてアタシは知りませんし、興味ないです」


「そんな冷たい言い方しなくても……」


「そ・れ・よ・り・も、です」


 すると、驚いたことに、三枝は読んでいた『エンロマ』を机の上に置いて、僕をじっと見つめる。


「先輩、あの風紀委員先輩と、何か進展ありました?」


「し、進展?」


「とぼけないでくださいよ。鍵を閉めた部屋で2人きりになったんでしょ? なんかエロいことしたのかって聞いてるんですよ」


「はあっ!?」


 思わず、大声を上げてしまう僕は、そのまま慌てたように反論をする。


「す、するわけないだろ、そんなこと!!」


「どんだけ慌ててんですか。こんな冗談が通じないなんて、先輩って本当に童貞丸出しですよねー」


 すると、にやっ、と悪い笑みを浮かべる三枝。


 いつものからかいモードになるときの表情だ。


「でも、実際のところ、ちょっと期待したりしたんじゃないですか?」


「し、してないよ! 鷹宮さんは……そういう人じゃないし……」


「え~、本当にそうですかねぇ~? あの人、アタシの見方では、相当なムッツリスケベですよ~」


 ふふふ~、と愉快な笑い声が教室の中を木霊する。


「だって先輩。鷹宮先輩が『エンロマ』をじっくり読んでたのは当然知ってますよね? アタシも読んでますけど、こ~んな過激なシーンをじっくり見てたってことは、そういうのに興味があったってことじゃないですかぁ~。ほらほら、こんなシーンとか~」


 そういって、三枝は『エンロマ』のページを開いて、僕にも見せてくる。

 丁度、そのシーンはヒロインのミカちゃんが、主人公の戸惑くんに身体を触れられて悶えているシーンだった。


 顔を赤らめ、彷彿とした表情からは、荒くなった息遣いさえ聞こえてきそうだ。


「先輩は知らないでしょうけど~、女の子だってこういうことに興味あるんですよ~」


 すると、三枝はゆっくりと自分の座っていた椅子から立ち上がって、なぜか僕の隣までやってきて、顔を近づけてくる。


「ねぇ、先輩……。アタシも、そういうのに興味があるっていったらどうします?」


 僕と目線を合わせるようにして、顔を覗き込む三枝。


 そのせいで、ボタンを空けているカッターシャツの隙間から、彼女の胸元あたりの肌が見えてしまう。


「なっ! 何言ってんだよ三枝!!」


 僕は、咄嗟に三枝から離れようと席から立ち上がろうとするが、それを予想していたかのように、僕の両肩に三枝の手が載った。


「せん、ぱい……」


「!!」


 そして、あろうことか、三枝はその手を僕の後頭部まで回す。


「さ、三枝!?」


 ふわっと揺れたブロンドヘアからは、どこか甘い香りが漂う。


「ねぇ、せんぱい」


 甘美な声で、僕の耳元で囁く。



「アタシが先に、先輩にエッチなことを教えてあげますね」



 三枝の左手が、そっと太ももあたりを撫でる。


「うっ……!」


「ふふっ、先輩、かわいい反応」


 そして、ずっと擦っていた手が、徐々に上へとあがっていき……。


「でも、もっと気持ちいいこと、したくないですか?」


「三枝! や、やめっ……!!」


 僕が、呼吸をするのも忘れて、ギュッと目を瞑った……。

そのときだった。



「――な~んて、先輩なんかにそんなことするわけないじゃないですか~♪」



 傍で感じていた体温が、すっ、と離れる。


 そして、目の前には満面の笑みを浮かべて、こちらを見る三枝の姿があった。


「さ、三枝!!」


「やだなぁ~先輩、そんなに怒らないでくださいよ」


「べ、別に怒ってない!」


「あっ、じゃあ、本当にアタシがエッチなことしてくれるって期待しちゃってました?」


「だから、そういうんじゃなくて……!」


 自分でも、まだ頭の中が混乱していて、上手く言葉にできないけど。


 多分、今の僕は恥ずかしさのあまり、顔が真っ赤になってしまっていると思う。


「ま、ここまでは要求しませんけど、先輩はあの人とそれなりに恋人らしいイベントを発生させてくださいよ」


「あの人って……鷹宮さんとのこと、だよね?」


「はい。本来は、先輩には鷹宮先輩とこういうドキドキイベントを経験してもらって、シナリオに反映して貰いたかったんですが、さっきの話からすると、全然そういう雰囲気にはならなかったみたいで、ガッカリです」


 いや、普通はあんなことにならないよ。


 ましてや、あの鷹宮さんが学校の敷地内で、そういうことをするなんて絶対にありえない。


「三枝……やっぱり鷹宮さんに協力してもらうのは止めないか? もう漫画だって返してもらったんだし……」


「却下です」


 早いよ、返事が。


「だから、何度も言ってるじゃないですか。あの人に協力してもらってるのは、先輩が面白いシナリオを書く為だって。それともなんですか? もう書けてるんですか、面白いシナリオ? だったらアタシに見せてくださいよ、ほらほら!」


 バンバン、とわざとらしく長机を叩く三枝。


 しかし、当然、新作のシナリオどころか、プロットさえも形になっていない僕には、ぐうの音も出ない。


「書けてないんですよね? だったら、先輩は余計な心配はしなくていいんですって。この敏腕プロデューサーのアタシに任せておけば心配いりません」


「敏腕プロデューサーって……」


 そういうこと、あんまり自分から発信する人いないよ?


「とにかく、仕方がないのでアタシが手をまわしておきますよ。楽しみにしておいてくださいね、先輩♪」


 そういって、三枝はまた『エンロマ』の漫画を読み始めてしまった。


 三枝が手を回すということは、また何か良からぬことを考えているような気もするのだが、精神的に疲れてしまった僕は、何も言わずに長机に対して顔をうつ伏せる。



 果たして、こんなことで本当に僕たちは自分たちだけでゲームを作成することなんて出来るのだろうか?


 僕の中で、不安だけがどんどんと膨らんでいくのだった。


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