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たっちゃんの消えた日。娘の消えた日。

 たっちゃんが居なくなったのは、最高の夕暮れの日だった。太陽が林の間でまんまるに輝いてて、おれはそれを隠れながらずっと見ていた。同じものを見ていた桜にすぐに見付かっちゃったんだけど。


 でもたっちゃんは見付からなかった。おれ達全員が探しても、親に知らせても、警察が来ても。それからたっちゃんは、20年間ずっと、かくれんぼを続けている。



「スーパープールで良いじゃん。一日潰せるし」


「桜子が飽きちゃうかもって心配なのよ。毎週のプール教室もあるし」


 30歳になったおれ達は、まあ色々あって結婚して子供も居た。子供は桜子。10歳。・・・お互いの両親が健在でなんとかなった、とだけ言っておく。


「行きたい!」


 幸いにも子供はすくすくと育った。おれ達の子供の頃より元気かも知れない。特に水泳が好きで、オリンピック水泳もかじりついて見ていた。飛び込みを真似するのは、なんとか止めた。先生が居る時にね、と言い聞かせておいた。


「じゃあプールで良いのね?」


「うん!」


 休日の予定はどうやら決まった。自動車で5分のところにあるスーパープールだ。流れるプール、波打つプール、ウォータースライダー。一通りそろっている上、今は予約制なのでゆっくり楽しめるだろう。


 桜子が眠りについた後、ふと桜に聞いてみた。


「たっちゃんのこと。覚えてるか?」


「覚えてるも何も。忘れたことなんてないよ」


「だよな。・・・夢に見たんだ。もうたっちゃんの顔も覚えてないのに、夕日だけは覚えてる。綺麗で大きかった。桜も見ただろ」


「あたしはしんちゃんのことしか覚えてないな。しんちゃん、すごくびっくりしてたでしょ」


 しんちゃんとは、おれのことだ。荒川あらかわ 信乃助しんのすけ。子供時代はよくからかわれたものだ。


「それにたっちゃんの写真なら毎年見てるじゃない」


「写真は写真。おれの記憶のたっちゃんはああじゃない」


 たっちゃんのご家族とも毎年顔を合わせている。普通なら縁遠くなるものだろう。それが大人になるということだ。だがおれ達は面倒くさい生き方をしてしまったので、大学生のうちに桜を妊娠させ育児に入り、それぞれの両親から愛情深い応援を受け、おれ達は子供を育てられた。そしてその超忙しい時期にさえ、おれ達はずっとたっちゃんの家に通っていた。年に一度、帰ってないか確かめに。お墓もないたっちゃんに会いに。


 桜が一度消した電気をつけた。


「桜子を守ってよ。たっちゃんを誘拐した犯人から」


 変なことを言うやつだ。


「当たり前だろ」


 ご両親は、居なくなった。そして留守にしている。いつまでもそう言っているし、おれ達もそれに合わせている。


 だが実際には誘拐されたのだと思っている。犯人がまだ捕まっていないだけで。


 あの時、10歳の子供が隠れられそうな場所、落下しそうな水路、及び捜索可能な半径20キロ範囲内は全て捜索した。だがたっちゃんの持ち物すら発見できない。


 だからおれ達は、たっちゃんが1人で隠れているところを誘拐犯の車に乗せられて連れ去られたのだと考えている。現代ではよくある事例らしい。自動車を利用しての誘拐は。


 そして最も重要なポイントは、犯人がまだ生きているかも知れないということ。次の犯罪の可能性が、まだ生きている。


 桜子が狙われるという論理は存在しない。だが桜子だけは狙われない、ということもない。だから当たり前に桜子を守らなければならない。


 もちろん、スーパープールで誘拐が行われると本気で考えているわけではない。本気で思っているなら、行くはずがない。


 あくまで心構えの問題である。



 しかし実際に桜子は消えた。


「嘘・・・」


「いや・・・。目の錯覚だ。いくらなんでも・・・」


 おれ達はプールサイドで流れるプールを凝視ぎょうししていた。桜子はそこに居たはずなのだ。3人分の軽食を買って帰ってきたおれ。桜子から片時も離れなかった桜が視線を切ったのは、おれが戻った一瞬。次の瞬間に桜子は消えていた。


 犯人がどんな人間なのか知らないが、いくらなんでも早すぎる。子供を抱えて全速力で駆け抜けるガタイの良い男が目立たないわけがない。なのにどこにもその痕跡こんせきがない。プールサイドにも波打つ水面にも、どこにも。


 そもそも予約制で混雑していないプールで、桜子がどこに消えられると・・・。


「排水口か・・・?」


 昔あった事件だ。プールの排水口に体のいち部分が吸い込まれ、自力で脱出できなくなった人間が居た。今回桜子にも同じ事態が発生したのだろうか。


 とりあえず桜に地上に居るように言うと、おれはプールに入った。両方から見る。吸い込まれたとして、遠くじゃない。目視すれば必ず見付けられるはずだ。


 水深は1メートルそこそこ。子供の足がつくようになっている。水底もはっきり見える。子供が隠れたって、簡単に見付けられるはずだ。しかも他の家族もそこそこ居るのだから、浮かんでこない子供が居れば、誰かが救出してくれる可能性もある。気が付いてくれれば。


 全長200メートル。泳げば人を避けても、一周5分もかからない。桜子が助かる可能性はまだある。


 そして水底に誰も居なかった。そもそも死角など、流れるプールにあろうはずがないのだ。そんなものがあれば、必ず事故が起きる。


「考えろ」


 おれは自問自答した。桜が目を離した一瞬でワープしたのでなければ、大人の影に隠れてしまったのだろうか。しかし1人では行くなと言っておいたのに。友人が居たのか?子供同士で遊んでいる?


「もしかして友達と一緒か?」


 プールを出て桜に合流。桜は波打つプールを目を皿にして見つめていた。確かに桜子は動きのあるプールが好きだ。


「私もそう思った。だから子供達を探して・・・。でも誰も分からない」


 桜子の友人で思い当たる数人、家に来てくれる親しい友人らしか見分けられない。


「おれはコミュニケーションセンターに行ってくる。放送をしてもらう」


「分かった。私は他のプールにも行ってみる」


 友達と遊んでいるだけだったら人騒がせなことだが。許してもらおう。最悪よりはマシだ。



 しかし、桜子はこの世から消えていた。


 たっちゃんと同じように。

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