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氷の記憶  作者: 華遊戯
一章
2/3

一話

時は遡り、文明が開化する前。


世に自然があふれ、自然と苦楽を共にするありふれた村の一つとして白里村は存在した。


村は50を上回らぬ世帯で成り立ち、規模は小さいながら豊かな自然に恵まれ 各家庭が子沢山なことから それなりの賑わいを見せていた。


「うーん…っ

おてんとう様が眩しいわ」

初夏の日差しが熱を伴って鋭く差し込み、顔を照らす。


民家から思いっきり伸びをしながら出てきた小柄な少女は数えで14歳になるこの家の三女、ゆきだ。

「ゆき姉ちゃん!日除けをかぶらないとまた痛くなるぞ!」


「あら、やすけ…。ちょっとお隣にお裾分けに行くだけだから大丈夫よ」

段々と背が高くなる弟の頭を撫でながら言い訳を口にしてみる。


「ゆき姉ちゃんは元が なまっちろいんで、すぐ赤くただれるんじゃないか」3つ下の弟、やすけは口を尖らせて日除けの編み笠を突き出してきた。


村娘らしく日焼けしているものの、我が家の者たちは母親の肌の色を受け継いだのか色が薄い。…とりわけ私は どうもうまく日焼けができないようだ。


「ありがとうね…わかってるのよ、だけれどもう少しくらい 日に焼けてもいいかなって」


やや垂れ目がちな可愛らしい顔立ちが弟妹たちよりも幼く映るせいか、はたまたそそっかしい性格のせいか、下の兄弟があれこれと口やかましいのが彼女の悩みの種である。


「ゆき?」にこにこと洗い桶を抱えた一つ上の姉、うめが戸口に出てきた。すらっとした大人っぽい健康美に恵まれている姉が持つ洗い桶を見たゆきはすぐに持っていた野菜籠を家に入れながら口を開いた。


「うめ姉さん。洗濯に行くの?なら私も手伝うわ」


「いいの、今日は少ないから。それよりその野菜籠は早くお隣に持っていってちょうだい。でないと弟妹たちがみんなかじってしまうわよ。それにゆきが遅れるとそう太の農作業が遅くなるのよ。さ、やすけの言う通り、日除けを被っていって。後が面倒なんだから……、と。」

一気に捲し立てた姉は ゆきの目線が萎れたようにやや下がったのを見て言葉を切った。


「………そりゃあね。村では働き者ほど焼けると言うし、大概はその通りだよ。でもね!あんたは我が家でも特に色が白めだけどそこそこ焼けてるし、怠け者だなんて誰も思っちゃいないんだからさ」ちゃきちゃきと話すうめも日除けを装着済みだ。


家族の中でも考え方の違う者がいるが、一人でも理解者がいてくれると心があたたまる。ふっと笑みが浮かんだゆきに うめも顔を和らげた。


「…それ逆だわ、うめ姉さん。私が行くとそう太はすぐ私をダシにしてサボるのよ。

ともあれ放置は危険ね…あるだけ食べちゃうもの。お隣の子供たちもそろそろ持ってくって言っちゃったから楽しみにしてくれてるだろうし…じゃあ届けてくるわね」


「ふふ…そうしてやんなさい。」

じゃり、と砂を踏みしめて各々足を前に出す。

日が暮れるまでにやることはいくらでもあるのだから。


右手に山、左手に村の田畑を一望できる道を進む。右手には途中けもの道や参道があり、途中から階段を上れば小さなお社があるが 今日の行き先は曲がらず真っ直ぐだ。朝一番なので鳥達も活発にさえずっている。木の葉のざわめきと元気な鳥達の声に自然と体がのびる。

雀の子が飛び交う田んぼの畦道を歩いていくと、そう太の家が見えてきた。周囲の畑にちらほら人影が見える中で大きいのがそう太と父親だろう。畦道には幼い頃にさんざん摘んで集めた野の花が風に揺れている。そういえば、そう太もよく摘んでくれたっけ。


ーーーほらよ 馬鹿ゆき!またちんまい野っ花集めてやがるんだろ。歩きがてら摘んできてやったから、今日はちまちま花摘なんかしねぇで川あそびにしようぜ!


んん…?いま馬鹿ゆきって言った?それに、私の希望なんて聞く気もないのか、もはや川行きは決定しているようで、川遊びの為の竹籠を抱えている。今日はうさぎを探しに行きたかった。昨日近所の子が赤ちゃんを見たと言っていたから羨ましかったのだ。ムッとして口を開く頃には可愛い花もとっくに存在が薄くなっている。

ーーーちょっと。その口の悪さなんとかなんないの?


ーーー文句あっかよ。……………いらねぇの?

不服そうな顔をした、今とは比べ物にならない小さな姿。


ーーーい…いるわよ!

花の中には私の気に入りの青い花も見えた。慌てて受け取ると 赤いほっぺたに擦り傷の付いた顔から邪気のない笑みがこぼれる。

あぁ…そういえばあの頃は今みたいに悪どい笑い方をしなかったな…


ざ…っと強い風が吹き砂埃が舞う。いたた…ちょっと目に入った…こするわけにもいかず、風ではためく袂で押さえた。涙目になりながら ぱしぱしと瞬きを繰り返す。これは早くそう太の家の水がめを借りなければ。



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